空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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Act78.2 - 言いたくて言えなくて(後)

 

 

 ユリアシティ独特の不思議な仕組みをしたテオドーロさん宅の入り口を前に、ひとつ息を吐く。

 

「……またティアさんに行ってもらっちゃったよ」

 

 ピコハン練習を終えたあと、本来なら俺は買い出しに行く予定だった。

 

 ずっと魔界にあったユリアシティには、外から来た人に何かを提供するための「店」はない。外殻大地と一緒になってからは少しずつ他の街との交流も増えてきたみたいだけど、まだ宿だ店だという段階ではないみたいだった。

 そんなわけでとりあえず今まで通り、いつもお店の代わりに俺達に道具やら何やらを売ってくれていた人のところに行こうと思っていたのだけど。

 

 そこで、顔見知りだから挨拶がてら自分が、と買い物メモを受け取ったティアさんは、たぶん俺のことも気遣ってくれたんだろうと思う。

 成功失敗に関わらず、術式を構成する負担っていうのは使い手に蓄積するらしい。実際、剣を扱っているときには感じない独特の疲労感を意識の端に自覚しながら、俺は今一度 服の袖で目元をこすった。

 

「ていうか、泣いたのバレるかなぁ」

 

 特に用もないのでと今回 留守番役を買って出た上司の姿を脳裏に思い描きながら、建物を仰ぐ。

 

 いや別に泣いたこと自体はバレたって問題ないんだけど、その理由を訊かれたとき、グランドダッシャーが未だ形になってないのに新たな譜術を覚えようとしてるとは言いづらいし、かといって大佐相手にしらを切るなんて芸当が俺に出来るとも思えない。

 

 となると――。

 

 『もしも大佐が、敵に、なってしまったとしたら……貴方だったら、どうしていた?』

 

「……、んん」

 

 どこへ向けたものとも分からない相づちをひとつ零して、頭をかく。

 

 まぁ、そもそも大佐はそういうこと訊かないか。きっといらない心配だろう。

 だってまったくもって自慢にはならないけど、俺の涙腺は緩い。ビビって泣き、譜術をくらって泣き、褒められて泣き、何かもうワケもなく泣き。

 

 道行く子供にも慰められるほど事あるごとに泣いている俺が、今更泣いて帰ってきたくらいで理由を問うたりはしないはずだ。

 そんなありがたくも情けない結論にちょっと肩を下げながら、入り口を通る。

 

「ただいま戻りましたー……あれ?」

 

 だが、声をかけながら入った室内は無人だった。

 ちょっと考えたあと、テオドーロさんの私室を控えめにノックしてみる。

 

 すると中から「どうぞ」と聞き慣れた声が響いてきた。

 

 失礼しますと告げて扉を開き、中をのぞき込むと、入ってすぐのところにある机で本を読んでいる大佐の姿を見つけた。

 その赤色は今、目の前の本に釘付けで、こちらに向けられる様子はない。どうやら興味深い内容らしい。ちらりと見えた紙面に羅列する文字は、古代イスパニア語だろうか。

 

 読書の邪魔をしないよう、部屋に入って後ろ手にそっと扉を閉めてから、なにくれとなく室内を見渡した。

 ジェイドさんが本を読んでいる机の奥にはいかにも市長のものらしいもっと大きな机があって、その裏には古そうな書物がずらりと並んでいる。

 

 そういえばユリアシティではいつも何かといっぱいいっぱいだったから(俺が)、こんなふうにゆっくりとこの部屋に居るのは初めてかもしれない。

 まぁ触媒探しの件もあるし、今が余裕かっていわれるとそういうわけでもないけど、とりあえず内装にすら気を向けられないほどじゃなかった。

 

 本棚の前に移動して、歴史を感じさせるたくさんの本を眺める。

 やっぱり古代イスパニア語で書かれているらしいそれはどれもボロボロで、俺には触ることすら怖い代物ばかりだ。いや、なんか、壊しそうで。

 

(ティアさんはここで育ったんだよなぁ)

 

 小さなころ絵本を読んでもらったりはしたのかなと、目の前に並ぶ難しそうな本を見ながら考える。

 だとしたら、読んであげたのはヴァンだろうか。

 

「…………」

 

 思うとまた涙がぶり返しそうになり、はっとして考え事をむりやり切り替える。

 

 絵本。そうだ絵本っていえば昔、陛下に聞かせてもらったことがある話なんていったっけ。

 めずらしくヒーローものじゃなかったことは覚えているけど。あれ、絵本じゃなかったっけかなぁ。陛下のは創作物語も多かったから、正直よく分からない。

 

「確かなんか、鳥の話だったような……」

 

「リック」

 

「はい!? すみません!」

 

 呼ばれた名前に、うるさかったですかと慌てて振り返った先には、本から顔を上げてこちらを映す赤色の目。

 

 怒られるかとドキドキしながら続く言葉を待つが、一向に何もない。

 本もタービュランスも、罵倒さえ飛んでこない現状に首を傾げる。

 

「ジェイドさん?」

 

 しかしまだ向けられたままの赤に、これは俺が何か言うべきなのかとちょっと混乱した頭で答えを探す。

 

「えーとぉ、そういえば、ジェイドさん覚えてますか?」

 

 結果、とりあえず直前の考え事とつながる話題を口にしてみることにした。

 

「昔 陛下が読んでくれた絵本の話で、たぶん、鳥の……あの、」

 

 だが喋る端からじわじわと背を伝う「これきっと違う」感が己の目を泳がせる。

 並行して、脳内では求められている(のかもしれない)対応を探り続けていたが、悲しいほどに何も出てこなかった。

 

「え、絵本じゃ、なかったかも……」

 

 そして語尾が頼りなく消えていき、なんともいえない静寂が室内に落ちる。

 

 泳いだ末に地に落ちた視線をそろりと戻してみると、そこにはいつになく真剣で、なぜか少しだけ苦みを帯びた赤。

 困惑する俺を真正面に映したジェイドさんが、やがて、ゆっくりと口を開く。

 

「――ホドの、」

 

「リックいるか!? あのさ、俺っ……!」

 

 そのとき。

 勢いよく開いた扉と、飛び込んできた影。

 

 同時にそちらを向いた俺とジェイドさんの視線を受けて、影はぴたっと動きを止めた。

 

「ルーク? ど、どうしたの」

 

 走ってきたのか、ちょっと乱れた赤色の髪もそのままに固まっていたルークは、翠の瞳を一度ちらりとジェイドさんのほうに向けたあと、なんだか居心地悪そうに髪をかきあげた。

 

「や、……えっと、そうだ、触媒探し」

 

 呟くように零された言葉に対して、「惑星譜術の?」なんて怒られそうなほど当たり前の問いを返した俺に、ルークは黙ってこくりと頷く。

 それから深く息をついてがしがしと頭をかくと、気を取り直すように口元に笑みを乗せた。

 

「ほら、ダアトで見つけたやつみたいにさ、誰にも気付かれないままどっかに紛れてるかもしれないだろ?」

 

 ユリアシティの人しか入れない地区はしょうがないとして、一応自分たちが立ち入れる範囲だけでも調べてこようかと思ったのだという。

 

「それで、一緒に探しに行こうかと思ってさ」

 

「あぁジェイドさんと、」

 

「お前とだよ!!」

 

「……オレと?」

 

 今度動きを止めたのは、俺のほうだった。

 とはいえそれは大した時間ではなかったと思うのだが、焦れったそうに「あーもう」と声を上げたルークが足早に目の前までやってくる。

 

「ほら、いくぞ!」

 

「は、はい!!」

 

「敬語で返事すんな!」

 

「はっ、あ、うん!!」

 

 勢いに押されるようにして頷くが早いか、がしりと俺の腕をつかんだルークが扉のほうへとって返す。

 半ば引きずられるみたいに歩きながらジェイドさんを伺い見ると、まるで他人事というか明らかに関わりたくないと語る例のきれいな笑顔で手を振っていた。

 

 「いってらっしゃーい」と軽い調子の声に見送られながら、俺とルークを吐き出した部屋の扉が、ぱたんと閉じる。

 

 

 そうして家から出たところで俺の腕を離したルークが突然足を止めた。

 心なしか俯きがちになって沈黙を保つ背中に、「ルーク?」と呼びかける。

 

「……イヤ、だったか?」

 

 すると返ってきた小さな声はどことなく不安げな響きを帯びていて、なんのことかと一瞬考えた後に、全力でそれを否定した。

 

「そんなのオレは嬉しいに決まってるだろ! いや、むしろ、ルークはオレと一緒でいいのかなって」

 

 干渉音で触媒を探すにしたって、あまり譜術に明るくない俺よりも他の誰かと行ったほうが見つけやすいかもしれないのに。

 そんなことを苦笑混じりに伝えると、肩越しに振り返ったルークはちょっと困ったように眉間にしわを寄せて、頬をかいた。

 

「だから、いいんだって。……じゃあ行こうぜ」

 

「あ、うん」

 

 先に歩き出したルークを追いかけて、隣に並ぶ。

 そしてなんとなくお互い黙ったまま、ユリアシティの厳かな街並みの中を歩いていく。

 

 旅の間ずっと喋り続けているわけでなし、会話がとぎれることもある。

 それでもルークとのこういう沈黙は、何だかとても落ち着くものだった。

 

 懐かしい、とイオンさまが口にしていたという話を思い出す。アニスさんから伝え聞いたその言葉は、俺の中にもしっくりと落ち着いた。

 まるでずっと昔から知り合いだったみたいな、そこにいることが当たり前みたいに感じる不思議な沈黙はしかし今日に限っていえば、ほんの少しだけ緊張感みたいなものをはらんでいるような気がした。

 

 例えば、ブウサギのジェイドさまとの追いかけっこが始まる直前に、見つめ合ったまま相手の出方を待つような。

 いつだ、まだか、今だと襟足をくすぐる奇妙な感覚に促されるみたいにして、俺は小さく息を吸った。

 

「あのっ」

 

「あのさ」

 

 その瞬間、きれいに被った第一声に目を丸くして隣を見る。

 するとそこで同じく翠を真ん丸にしたルークと目が合って、二人で思わず立ち止まった。

 

「……ルーク、先に」

 

「……いや、お前から言えよ」

 

「オレのは、まぁ、なんていうか……ルークからで大丈夫だよ」

 

「あー、だから、ほら……俺もなんつーか、」

 

 しばらく譲り合った末、「んー」と難しい顔でうなりながら歩き出したルークに続いて、俺も歩みを再開する。

 

 視界の端を流れていく風景の中に映る人の数は、保護されたレプリカ達も混ざっているのか前よりもだいぶ増えたように思えるけど、それでもすれ違う人は他の街と比べるとまばらだった。

 俺達が立ち入れる限られた区域の様子しか知らないが、人の気配を感じさせながらもどこか静けさのある街中はなんとなくダアトの図書室を彷彿とさせる。

 

 そんな街を眺めながら少し進んだところで、ルークが「そういえば」と口を開いた。

 

「ジェイドと何の話してたんだ?」

 

「え?」

 

 突然の問いに、一瞬 思考が止まる。

 

 何の。何のって。

 真っ白な頭から、ルークが部屋に飛び込んでくる直前の出来事を引っ張り出す。

 

「――絵本の、話」

 

 そうだった、はずだ。

 少なくとも俺はそうだった。けど。

 

「は? 絵本?」

 

 困惑気味に復唱したルークに「うん」と頷いて返したものの、すぐに首を傾げる。

 

「うぅん?」

 

「いや、どっちだよ」

 

 それにまた「うーん」と煮え切らない声を発しながら考え込んでいると、やがてルークが小さく噴き出すようにして笑った。

 

「そんなに分かんねぇならいいよ、別に。なぁ今度はあっち行ってみようぜ!」

 

 その笑顔につられて俺も口元を緩める。

 うん、と今度返した肯定は、弾むように明るく街に響いた。

 

 

 

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