空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken- 作:甘味RX
「……うまい」
「へ?」
ぽつりと聞こえたその言葉に、俺は口直し用に作った普通のカレーを皿に盛ろうとする動きを止めて、隣でリビングから持ち込んだ椅子に座って別のカレーを食べていたルークを見た。
あの後ひとしきりユリアシティの中を歩いたものの触媒は見つからず、家に戻ってきたルークと俺は台所を借りて、ここのところ日課となりつつあるキルマカレーの試食会を開いていた。
ちなみにジェイドさんは入れ替わりでどこかへ行ってしまったため、今のところ家にいるのは俺達だけだ。
もう一度、確認するようにおそるおそる試作キルマカレーを口に運んだルークが、奇跡でも見たような顔でゆっくりと頷いてみせる。
「リック、これ、食える」
「ほ、本当に?」
「いや美味いっつーか、いつもお前が作る料理の味なんだけど!」
ああ、不味くはないけど特に美味しいってわけでもなく後一歩何かが足りないと評されるいつも俺が作る料理の味ですね。それでも有無を言わさず「まずい」一択だったこれまでを思えばすごい進歩だ。
「ザレッホ火山でお前が言ってたコツ、合ってたんだな」
「え? あー、うん、まぁ」
用意しておいたもうひとつの椅子をルークの隣に並べて、腰を下ろす。
そして自分も試作キルマカレーを食べてみると、確かに今までのものよりカレーらしくなっているような気がした。
いや、途中でちゃんと味見はしてるんだけど、試食のしすぎで段々よく分からなくなってきたというか、成功していないことは分かっても不味いと認識できなくなってきたというか。
その点ルークはさすがの公爵子息だ。
ピオニーさんもそうだけど、しっかりした味覚で的確な感想をくれるのであまり繊細な舌を持っていない俺としてはすごく助かる。
「この調子なら、あと少しで完成するんじゃね?」
キルマカレーを食べながら、そう言って自分のことみたいに嬉しげに笑ったルーク。
俺は「んん」と肯定とも否定ともつかない曖昧な声を返しながら、自分の皿に視線を戻した。
試行錯誤を繰り返して、ちょっとずつ前に進んできたキルマカレー。
ルークの言葉通り、これならばあと何回か味を調えれば食卓に乗せられるものになるだろう。
ということはこんなふうに過ごす時間も、あと少しなんだろうか。
「リック」
「……うん?」
呼び声に顔を上げれば、ルークは真剣な顔で、先ほどまでの俺みたいにカレーを見つめていた。
膝の上に置かれたその左手が、ぐっと拳を作る。
「あのさ、俺っ、」
「おーい。ルーク、リック、いるのか? 今ちょうどみんな帰ってきたから一緒に――」
そんな声と共に台所の扉を開けたガイは、俺達を見てはたと動きを止めたかと思うと、
何か一番やらかしてはいけないタイミングで
一番やらかしたくなかったことを
思い切りやらかしてしまったときの俺みたいな様子で、
「やっちまった」とでもいうように、勢いよく顔を手で覆ったのだった。
そしてなぜか微妙に落ち込んだガイと一緒に台所から出てみると、各々の用事が終わって帰ってきたところだったらしく、リビングにみんなが勢ぞろいしていた。
とりあえず夕飯がてら先ほど口直し用に作ったほうのカレーを全員で食べた後、落ち着いたところで次の目的地についての話し合い、かと思いきやまず大佐が口にしたのは“もうあまり時間がない”ということだった。
話を継ぐようにしてティアさんが、各国とも進軍の準備が整いつつあるらしいという現状を伝えてくれた。
マルクト、キムラスカ、ダアトの用意が済んだなら、ルーク達はいよいよプラネットストームを止めるための作業に移る事になる。
そうなれば、惑星譜術の触媒探しは終了だ。
「いつでも動けるように、そろそろバチカルで待機しておいたほうがいいでしょう」
「休養も兼ねて」と付け足した大佐から視線を向けられたルークが、少し焦ったように身を乗り出す。
「でも、あとひとつで触媒が全部揃うのに!」
「悔しいのは分かりますが、限界だと思いますよ」
「いざという時に連絡がとれなくては大変ですものね……」
そう言いつつも何だか悔しそうなナタリアが頬に手を添える。
「まーちょっと消化不良な感じではあるけど」
仕方ないんじゃない、と肩をすくめたアニスさんに、ガイも何とも言えない様子で小さく唸った。
ようやくここまで集めた惑星譜術の触媒。
やむを得ないと感じながらも、やっぱり、どこか惜しいのだろう。俺はなぜか、完成の近づいたキルマカレーの味を思い出した。
もう少し。
あと、少しで。
胸の内に過ぎった感情を言葉にしようとして、すぐ止める。
そのかわりに思いきり息を吸った。そして。
「あのっ!」
意を決して発した第一声に、みんなの視線が集まる。
そのことに緊張しつつも、今言わなくてはという思いに背を押されるようにして言葉を続けた。
「じゃあ、あと一カ所……もう一カ所だけ! 触媒探しに行きませんか?」
俺のようなただの兵士が、みんなの針路に口を挟むべきじゃないって事は分かってる。もう自分で言ってて冷や汗が浮かぶほどに。
「お、お願い、します」
それでも。半ば祈るようにみんなを見つめた。
すると短い沈黙の末に小さく笑ったガイが、ちらりと大佐を見やる。
「今日明日に事が動くってわけじゃないんだろ、旦那」
「そんな状況ならもうここには居ませんよ」
溜息まじりに返された大佐の言葉を聞いて、翠の目をきらりと輝かせたルークは「それじゃあ!」と明るく声をあげた。
「次の場所で触媒が見つからなかったときは、今度こそ諦めてもらうことになりますが」
「ああ! ……やったなリック!」
「う、うん!」
向けられた笑顔に頷きながら、そっとジェイドさんの様子を伺う。
眼鏡を押し上げる仕草からこれといった感情を読みとることは出来なかったけど、とりあえずあまり怒ってはいなさそうだと胸を撫で下ろした。
「ねぇねぇ。それならさ、ケセドニアに行ってみようよ」
話のなりゆきを見守っていたアニスさんが、人差し指をぴんと立てて提案する。
「アスターさんお金持ちでしょ? 宝物庫とかに触媒の一本や二本あるかもっ」
宝物庫のところを一際うっとりと口にしたアニスさんに、ガイが「そこかよ」と何やら他人事のように苦笑を返しているが、確かシェリダンに行く話をしていたときのガイも同じような感じだった気がした。いや、俺も人のこと言えないんだけど。
「でも、いいかもしれませんわね」
「そうだな。色んな情報も集まるだろうし」
あと一か所だけ、とは言ったものの具体的にどこと考えていたわけではなかったので、早々と目的地が決まりそうな気配にほっと息を吐く。
ケセドニアかぁ。
俺はいたたまれなくなるほど豪華なアスターさんのお屋敷を思い出し、すでに若干の緊張を感じながら、賑やかな会話を続けるみんなを見ていた。
ガイ。まさか自分が会話キャンセルしてしまうとは思ってもみなかった。会話自体は全然聞こえてなかったんだけど、空気で察した二十一歳。
大佐。本気で時間がなければもちろん問答無用で却下する。