空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken- 作:甘味RX
確かに、あの豪華なお屋敷へ入らないで済むなら、俺の心臓的にはありがたいんだけど。
「じゃ、じゃあそっちも頑張れよ! リック、ナタリア!」
ザレッホ火山とはまた違う、じりじりと皮膚を焼く暑さを全身に受けながら、俺は若干遠い目でアスターさんの屋敷に向かうみんなに手を振った。
その反対の手には、一番最初に手に入れていた怖い感じの触媒がひとつ。
「私達もまいりましょうか」
「あ、はい。そうです……そうだね」
反射的に敬語で返事をしかけて、すぐに自分で気付き言い直す。
すると隣に立っていたナタリアは一瞬険しくなりかけた表情を緩めて、何だかおかしそうに小さく笑った。
それから通りの一つを指さして、まずはあちらのほうへ行ってみましょう、と先導するように歩き出したナタリアの背中を見つめる。
ケセドニア到着後、俺たちは二手に分かれて触媒を探すことにした。
そのほうが効率がいいから、というのもあるけど。
「リック? どうしましたの?」
「ん、ううん。行こうか」
アスターさんの屋敷には、ナタリアの乳母だった人――血の繋がりで言えばおばあさん?――がいる。
ラルゴとのことを当人に伝えていない今、うっかり面会させてしまうことは避けたいのかもしれない。だから今回に限って言えば、これはナタリアを屋敷に近づけないための役割分担なんだろう。
本当のことを話すかどうかの判断はインゴベルト陛下に託してあるみたいだし、俺もあまり余計なことを言わないようにと、今は記憶にそっと蓋をした。
「それにしても、まさかリックが言い出すとは思いませんでしたわ」
「え?」
振り返ったナタリアが、突然 発した言葉に目を丸くする。
「触媒探し。元々あまり乗り気ではなかったのでしょう?」
口をウオントみたいに はくはくさせて足を止めた俺の横に、少し引き返してきたナタリアが並ぶ。
結局なんの音も出せないまま閉じた口に手を当てて、俺は隣からじっとこちらを見上げてくる深緑の瞳を伺った。
元より勝てると思ったことなんて無いけど、無言になっているときのナタリアには特に逆らえる気がしない。
ひとつ息をついて、俺は歩みを再開しながら今度こそ声を出す。
「わりとどうでもよかったっていうか」
惑星譜術の触媒探し。
それ自体に、さほどのこだわりはなかった。
ネビリムさんが関わってるという点では、むしろ探したくないくらいだったけど。
「でも、だからって嫌々だったわけじゃないんだ」
みんなが、ルークがあんなに頑張っているんだから、全部揃えばいいなぁと思う気持ちもあって、触媒が見つかれば嬉しかった。
どうでもよかった。探したくなかった。見つかると嬉しかった。
相反するような感情がどれも本心だなんて自分でも信じられないけど、人の心が良くも悪くもひとつの想いだけで出来ているわけじゃないことは、少し前にバチカルでアッシュが気付かせてくれたことだ。
絞り出すようにそれだけを話したあと、俺は未だ逸れない深緑色に向けて情けなく眉尻を下げた。
「ま、まだ喋らないとダメですか?」
「肝心のお話を聞いていませんもの。あと敬語」
「はっ」
そうだ、前にルークと喧嘩したときは男同士の喧嘩に口を挟むものじゃないっていう
ばあやさんの教えの上でなにも聞かずにいてくれたんだっけ。
今回はほぼ一から十まで俺の事情だし、知りたいと思ったならナタリアが引く理由はない。俺だって別に知られて困るような事情はないけど。あ、いや、ラルゴの件以外は。
「……ただのオレの話になっちゃうよ」
「私は、リックの話が聞きたいのです」
そうして王女様らしい凛とした声できっぱりと言い切られてしまえば、もはや選べる選択肢はひとつしかなかった。
触媒探しに乗り気でなかったこと自体はいつのまにかバレてたみたいだから、ナタリアが聞きたいのは、そんな俺がユリアシティで触媒探しをもう少し続けようと言った理由なのだろう。
んん、と唸りながら、胸の内にある漠然とした感情を言葉になおしていく。
「なんていうか……触媒探しが終わったら、みんなとこんなふうに過ごす時間も終わっちゃうんだなって、そう思ったら……終わらせたくなくて」
言っていて、おかしな話だと思う。
触媒探しが終わろうが何だろうが、空に浮かぶエルドラントは消えたりしない。現在進行形の世界の危機は、なかったことにはならない。
――そう遠くない未来、いつか来る、別れの予感も。
思わず黙り込んだ俺からようやく視線を外したナタリアが、真っ直ぐ前を見据えて目を細める。
「そうですわね。本格的に作戦が動き出せば、こんな余裕はなくなってしまうのでしょうけど」
そんな中で、一介の兵士である俺とは比べものにならないくらいたくさんのものを背負っているはずのナタリアは、深緑色に強い光を宿して言った。
「だからこそ。またこんなふうに過ごせる時が来るように、私達がやらなくては」
そのときもまたリックのカレーを食べたいものですわね、と微笑んだ彼女の姿に、うん、と小さく頷いて返す。
そしてじわりと熱くなりかけた目の奥をごまかすように、俺も笑った。
「それにしてもありませ、……ないねぇ触媒」
しばらく探してみたが、俺達が持っている触媒が干渉音を立てる気配はない。ルーク達のほうで何か進展があればいいんだけど。
それにしても、ケセドニアのバザーはこんな状況でも変わらず賑やかだ。もしかしていざってときに一番強いのは商人さん達なのかもしれない。
たまに露店をのぞいてナタリアと色々話しながら歩く途中、ふと目に入った店の前で足を止めた。
「ナタリア、ちょっとだけ待ってもらっていい?」
「ええ。構いませんわよ」
ごめんとナタリアに謝ってから、店に駆け寄る。
そこはたくさんの絵本が並ぶ露店だった。年老いた店主の男性に軽く挨拶をして、絵本を眺める。
色とりどり、形もさまざま。
つい最近出版されたらしい綺麗な装丁のものから、触れれば朽ちてしまいそうな古ぼけたものまで。
あ、そういえば。
ふと思い立って背表紙をざっと目でなぞり、いくつかそれらしい本を広げてみたが、昔ピオニーさんが聞かせてくれた鳥の話は見当たらなかった。
「やっぱり創作だったのかなぁ」
ていうか結構前のことだから、俺も話の内容自体ちょっとうろ覚えだしなぁ。
分からないものは仕方ない。
目的の一冊を購入し、急いでナタリアのところへ戻る。
「すみま、えーと、ごめん待ったー!?」
「いえ今来たところ……ではなくて。それは、絵本?」
「うん。アビスマンの絵本」
ダアトの教会で、レプリカのひとに読んであげたのと同じ内容のものだ。
旅では持ち物を最低限に抑えなきゃいけないことは分かってるけど、どうしても、これだけは手にしておきたかった。
絵本らしい厚めの装丁を一度手でなぞってから、自分の荷物袋に押し込む。
「誰かへの贈り物ですの?」
「いや自分用の、えぇと、お守りかな」
どちらかというと願掛けに近いものかもしれない。
ほんの少し、なんともいえない照れくささに顔をゆがめると、ナタリアは目を丸くした後になぜか小さく笑って、何も言わずにまた歩き出した。
そうして歩き続けるうちに立ち並ぶ露店は徐々に少なくなっていき、いよいよ町外れの空気を感じ始めたところで足を止める。
「このあたりで戻りましょうか」
「うん。じゃあルーク達といったん合流して、うわっ」
突然吹き抜けた強い風に、巻き上がった砂が皮膚を打ち付ける。
まぁケセドニアではわりとあることなので、目と口を閉ざしつつ治まるのを待つ。
風がマシになったところで、同じように砂から身を守っていたナタリアに声をかけた。
「大丈夫だった?」
「ええ。あら……リック、首飾りが」
「へ」
ナタリアの視線を追って、自分の首元を見てみる。
そこでは、かろうじて引っかかっていたオレンジのリボンだけが、ひらひらと風に揺れていた。
「えっ、あれ、歯車は!?」
とりあえずリボンまで飛んでいかないよう手に持ってから周囲を見回す。
すると少し先の地面を、流れるように転がっていく歯車の姿。
「ちょっ、待って! ごめん、ナタリアもちょっと待ってて!」
ナタリアに断ってから、どんどん遠ざかっていく歯車を追って走り出す。
止まりそうで止まらない歯車が、ころころと、路地裏に消えていく。
「まっ……!」
それを追って路地裏に飛び込んだ瞬間、謎の黒い影が、突如目の前に現れた。
「~~~ッ!!?」
俺は声にならない悲鳴をあげ、その場で腰を抜かしてへたりこむ。
「これぇ」
「うわー! すみませんすみません!!」
「もらっていいかぁ」
「もう例のアレはイヤです ごめんなさ……え?」
涙目をこらして、影をもう一度よく見てみる。
「これぇ、もらっていいかぁ」
「え、あ」
このケセドニアの暑さの中、顔も分からないくらい厚着をした人。
でも人と言い切ってしまうにはどこか違和感のある、不思議な雰囲気をした……誰か?何か?
ていうかこの格好、どこかで見たことある気がする。
「俺ぇ、ありじごくにん~」
「そうだ昔見た童話の……ってそれ! 歯車!」
その手の中で鈍く光っているのは、間違いなく俺が追いかけてきた歯車だ。
ありじごくにん(?)が、ゆらゆらと身を揺らしながら、再度問いかけてくる。
「これぇもらっていいかぁ」
「っだ、」
「おーいリックー?」
慌てて身を乗り出したとき、後方から響いた呼び声。
振り返ると、表の道からこの路地を覗き込むルークの姿があった。
「ルーク」
「おまえ、何こんなとこで座り込んでんだよ」
「いや、あの」
差し出されたルークの手を掴んで、立ち上がる。
どう説明したものかと考えながら服に付いた砂を払っていると、ルークの後ろからすぐに他のみんなもやってきた。
「見つかりましたの?」
ナタリアの問いにもなんとなく返しあぐねていると、最後に路地へ入ってきた大佐が、俺とありじごくにんの様子を見て小さく息をついた。なんか一瞬で現状を察したらしい。
「もらっていいかぁ」
答えが返るまで言うんだろうか。
ありじごくにんが、何度目ともしれない問いを繰り返す。
大佐の視線が背中に向けられているのを感じて、俺はぐっと息を飲んで彼(?)に向き直った。
「……ごめん、それはあげられないんだ」
だいじなものだから。
目(らしき場所)を真っ直ぐ見据えながら言うと、ありじごくにんは少し考えるように黙ってから、歯車を持つ手をこちらに向けた。
慌てて俺も手のひらを差し出せば、そこにすすけた歯車がぽとりと落ちてきて、ほっと息をつく。
「あ、ありがとう」
「けちんぼぅ」
「すみません……」
「いや何でリックが謝ってんの。ていうかそれ誰?」
ルークの横からこちらを覗き込んだアニスさんが、怪訝そうに眉根を寄せる。
「えーと」
「俺ぇ、ありじごくにん~」
「――だそうです」
オールドラント童話に出てくる妖精の?と明らかに信じていない茶色の瞳が告げるが、正直俺もよく分からないので「はぁ」とどっちつかずな相槌を返すにとどまった。
なんにせよ歯車が戻ってきてよかった。
改めて胸を撫で下ろしたところで、はたとみんなのほうに向き直る。
「そういえば、アスターさんのほうはどうだったんですか?」
尋ねると、ルークが少し肩を落として首を横に振った。
「いろいろ見せてもらったんだけどな。こっちの触媒も反応しなくてさ」
「ねえ。触媒、反応してない?」
「は? 何言ってんだよティア、反応なかっただろ?」
「いえ、あの……今」
「え」
ティアさんの言葉に、耳を澄ます。
すると風の音に紛れるようにして、確かに聞こえた、干渉音。
「オレが持ってるのとルークが持ってるのが、じゃなくてですか?」
触媒同士が近くにあると、干渉音を立てて共鳴する。
それを利用して今まで触媒を見つけてきたわけだが。
「や、俺のやつはさっきジェイドが
手持ちのもの同士で共鳴し合っていては何なので、広範囲を手分けするとき以外はひとつを残しに大佐が譜術封印をかけて音素の動きを止めている。だからルークのほうはナタリアと合流した段階でかけ直したらしい。
俺は荷物ぜんぶ持ったまま歯車を追いかけてきてしまったので、触媒もそのまま、ご健在だ。いつもどおり元気にうごめいている。ていうかやっぱりコレちょっとこわい。いや普通にすごくこわい。
「ということは」
みんなの視線が、ゆっくりとありじごくにんに向けられた。
相変わらず表情の読めない出で立ちでゆらゆら揺れるその人(?)に、ガイが慎重に話しかける。
「このへんで、不思議な感じのする武器みたいなものを見なかったか?」
俺達としてもそう訊くしかない漠然とした質問。
それに、ありじごくにんは「みたぁ」とあっさり頷いてみせた。
「見たぁ!?」
「いや無いだろ! さすがに!!」
「でも触媒の反応からして、本当なんじゃないかしら」
未だ鳴り続ける干渉音を聞きながら、色んな感情を込めてみんなが視線を交わしあう。
いや、でも、まさか、そんな。
「そちらを見せて頂くことは出来ますか?」
「いいよぉ」
大佐の言葉にまた頷いて、ありじごくにんがどこからともなく取り出したのは、一振りの杖。
今俺が持っている怖い剣とは反対に神聖そうな、でもやっぱり不思議な気配を放つ杖だった。
「間違いなさそうですね」
「本当に触媒なんですか!?」
あれだけ探し続けてきた惑星譜術の触媒、最後のひとつが、こんな路地裏にぽろっとあっていいのだろうか。
なんだか微妙に喜びそこねた空気はあるけど、とにかくこれで全部揃うんだ。
ルークが改めてありじごくにんに向き直る。
「その杖、俺達に貸してくれないか?」
「用が済んだら、必ずお返ししますわ」
「これぇ、やるぅ」
「え、くれるの? ただで?」
まさかの申し出にアニスさんが目を輝かせたのも束の間、ありじごくにんは突然すいと俺のほうを指さした。
「その剣とぉ、交換~」
「こ、この剣も触媒だからちょっと、」
「それじゃなくてぇ、そっちのぉ」
その言葉を聞いてよく見れば、ありじごくにんが示しているのは、俺が持っている触媒の怖い剣ではなくて。
「…………この剣ですか!?」
腰元に差してある、例のアレだったほうの怖い剣。
「それくれたらぁ、これやるぅ」
いやまぁそれは願ったり叶ったり、だったりなかったり、っていうか出来るならそうしたい、けど。
俺は無言のまま、ちらりとジェイドさんを見た。
それだけで何を言いたいのか察したらしいジェイドさんが肩をすくめる。
「捨てるよりはいいんじゃないですか? 譲渡されたくらいで祟りもしないでしょう」
多分、と流れるように付け足された一言が気にならないではないけれど、確かに火口に落として見なかったことにするより、欲しがっている人の手に渡るほうがずっと良いはずだ。うん、そういうことにしておこう。
「えーと、じゃあこれ」
剣を外して渡すと、ありじごくにんも触媒の杖をルークに渡す。
それに大佐が譜術封印をかければ、ずっと響いていた干渉音が止んだ。
軽くなった腰元にほんの少し寂しさを感じつつも、ようやく謎のプレッシャーから逃れた開放感を噛みしめる俺の前で、ありじごくにんは思いきりよく、剣を後ろのありじごくの中へ、――――放り投げた。
例のアレだった剣があっという間に砂に埋もれて消えていく。
「あ、あれで本当に祟られないと思いますか!?」
「まぁ多少は分割されるんじゃないですか祟りも」
「さっきと言ってることが違う!!」
涙目で騒ぐ俺をよそに、「またぁ、今度ぉ、遊ぼうぅ」とありじごくにんはのんびり手を振っていた。
そしていったんアルビオールに戻ってきた俺達の目の前には、ずらりと並べられた触媒が六つ。
惑星譜術の触媒はそろった。
あとはロニール雪山にあるという触媒に反応する譜陣のところへ行けばいい、んだけど。
ふと目があったルークと一緒にそろりと大佐を見た。
そのままふたりでユリアシティのときと同じく、祈るように眼鏡越しの赤色をじっと見つめていると、やがて大佐が深くため息を吐いた。
「……あるかも分からない触媒探しで、あてどもなく世界中をうろうろしていられるほどの時間は、ありませんでしたよ」
そして若干疲れた声で零された言葉に俺達が目を瞬かせていると、おかしそうに吹き出したガイが「目的地が決まってるなら大丈夫だってよ」と付け足す。
それってつまり。
「次の目的地はロニール雪山でよろしいですか?」
操縦席からこちらの様子を見ていたノエルが笑う。
その声を聞いて俺とルークはようやく我に返り、表情を明るくした。
「ジェイドさぁあああん!!」
「本当にいいのか?」
「いいも何も行く気なんでしょう? それくらいの時間ならまだありますよ、残念なことに」
飛びついた俺を片手で止めつつ、大佐がルークの問いに答えて息をつく。
「惑星譜術に関して、情報が出揃っていないことが不安ですが、必要ならば向かいましょう」
ようやく揃った触媒。きっと最後になる、この短い旅の目的地。
ドキドキしてきたと笑うアニスさんやナタリア、二人で話していたと思ったらなぜか赤面しているルークとティアさん。
そんなみんなを眺めながら、俺はさっき結び直してもらった歯車の首飾りにそっと触れた。
必要ならば。
必要、なのは。
アルビオールに戻ってくる前、マルクト領事館で調達してきた真新しい剣の柄に手を添える。
かちゃりと澄んだ金属の音を耳の端に、俺は小さく息を吐いた。
▼『聖杖ユニコーンホーン』を手に入れた!
避けようのない問題を先送りにするのはただの時間稼ぎでしかないかもしれないけど、その「時間」が必要なときだってある。誰かにも、自分にも。
偽スキット『リックの剣どうする?』
アニス「なくなっちゃったけど」
ルーク「じゃあちょっと武器屋寄ってくか」
リック「あ、いや、マルクト領事館で申請して新しいのもらってきます」
アニス「それフツーに軍の支給品じゃん。なんかこだわりとかないの?」
リック「えっ。でもオレいつも剣とか服とか支給されるやつしか……」
ジェイド「おや、あなたにもあるじゃありませんか。皇帝陛下から賜った一張羅が」
リック「あれはちょっと!」
イー!(By.アビスシャッカー)