空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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Act80 - それゆけ?メガロフレデリカ!

 

 

 一面の銀世界。頬を打つ冷たい風。

 ここは惑星譜術を巡る旅 最後の目的地、ロニール雪山。

 

「や、やっぱりここに泊まるんですかぁ?」

 

 ――――ではなく。

 

「えぇえリックまたそれぇ? 今までにも何回か泊まったじゃん!」

 

「何回か泊まったからこそですよ!!」

 

 雪の街ケテルブルク。

 その中でもとびきり立派なホテルの前に、俺達は立っていた。

 

 ロニール雪山に向かうことは決まったわけだけど、だてに雪山ではないので、よし今すぐ行くぞ さぁ行くぞというわけにはいかない。前回登ったときも結構つらかった。

 ということで目的地に向かう前に、一番近いケテルブルクで準備を整えつつ一泊していこうという話になった。

 

 まぁそれは当然の流れとしても、ケテルブルクホテルに泊まることまで当然だと思えるほど、俺の心臓は上等ではなかった。いっそ自分だけでも安宿に泊まろうかと毎回迷う程度には。

 

 だが高級ホテルで怖じ気づく俺にもみんな慣れたもので、横に並んだアニスさんにてきぱきと腕を引かれる。

 

「ほら寒いんだから早く入ろ! せっかく陛下からスパの会員証もらったんだしさー」

 

「え? スパ?」

 

 グランコクマでブウサギ探しを手伝ったお礼にと陛下がくれたのは、確かにメガロフレデリカという何かすごいスパの会員証だったらしいけど。それとこの状況に何の関係があるんだろう。

 

 目を丸くしていると、ガイが「ああ」と笑って説明してくれた。

 

「ケテルブルクホテルの中にスパがある、って感じだな。最上階に会員専用の客室があって、そこがスパでもあるっていう……」

 

「えぇええと、つまり、ケテルブルクホテルがスパ!?」

 

「ケテルブルクホテルがスパです」

 

 理解力の限界に到達しかけている俺に、大佐が適当な感じで断言する。そろそろ面倒くさくなってきたらしい。

 なんか微妙に違うらしいけど、うん、でも、とりあえずそういうことにしておこう。

 

 ケテルブルクホテルの中は、アスターさんの屋敷のようにピカピカしているわけじゃない。

 だけど俺でも分かるほど質の良い調度品と、隅々まで手入れの行き届いた清潔感が、高級さをひしひしとこちらに伝えてくる。

 

「相変わらず、こういうところは居心地悪そうだな」

 

 みんなが受付に行っている間、荷物と共に少し離れたところで待機していると、ひとり戻ってきたガイが隣に並んだ。

 

「いやぁ、なんか、オレだけ場違いでさ」

 

 天井を彩る豪華な音素灯を仰いで、小さく笑う。

 そもそもこの錚々たる面々の中に俺が混じっていることのほうが場違いといえばそうなんだけど。

 

「スパとかさ、普通だったら絶対来られなかっただろうし」

 

「まぁ、このクラスのスパになると大抵の人は機会がないだろうな」

 

「だろ? なんか、本当にオレまで入っちゃっていいのかなって感じだよ」

 

 今更不安になってきた。飽きることなく逃げ腰になっていると、ガイは空色の瞳をこちらに向けてほんの少しの間黙っていたが、やがてゆっくりと口の端をあげた。

 

「でも、楽しみにしてたんだろ」

 

 ぐっと言葉に詰まって、顔を俯ける。

 

「……うん」

 

 本来ならあり得なかったはずの機会に恵まれたことを、俺は喜んでもいいんだろうか。胸の内をくすぐりかけた嬉しさをごまかすように、眉尻を下げた。

 

「だけどやっぱり恐れ多いよなー」

 

「なら残ればいいじゃないですか」

 

「うわぁ!!」

 

 いつのまにか戻ってきていた大佐が、いつもの笑顔で言葉を続ける。

 

「別にどうしても泊まってほしいとは言ってませんから、何ならホテルの方に頼んで貴方だけロビーの片隅にでも」

 

「こ、ここまで来てそういうちっちゃなイジワルは止めましょうよ!」

 

「いや、ちっちゃいか?」

 

 普通にハブられそうになってるわけだが、というガイの呟きを遠く聞きながら、「ごめんなさいオレもスパ入りたいです泊まりたいです」と涙目で大佐にすがりついた。

 

 すぐに俺をべりっと引きはがした大佐が、身をひるがえして歩き出す。

 

「それなら、初めからそう言えばいいんですよ」

 

 ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ柔らかい響きを帯びた声が耳に届く。

 離れていく青色の軍服をぼけっと眺めていた俺の背を、ガイが軽く叩いてからその後に続いて行った。

 

「リック」

 

 受付から戻ってきたルークが、立ち尽くしている俺と、その視線の先を見比べて首を傾げる。

 

「なんか話してたのか?」

 

 問われて、ついさっき交わしたいくつかのやりとりを思い返す。

 

「……ここの話、かなぁ」

 

「何でそんな自信なさそうなんだよ。ここって、ケテルブルクホテルの話か?」

 

「うん。……うぅん?」

 

「いや、どっちだって」

 

「うーん」

 

「お前またそれかよ!」

 

 ああ、そういえばユリアシティでもこんなやりとりしたっけ。

 やっぱり結論を口に出来ずに唸るだけの俺を、ルークが「あーもう行くぞ!」と引きずるようにして進み始める。

 

 おかげで高級スパへの緊張を感じる間もなく客室まで上がれたのは、まぁ良かったのかもしれない。

 

 

 

 部屋で荷物の整理をしてから、ひとり遅れてスパに入る。

 直前で飽きずに怖じ気付いていたわけではない。ないんです。

 

「よし。リック一等兵はいりまー、」

 

「このスケベ大魔王!」

 

「うわぁすみません!!」

 

 足を踏み入れた瞬間の怒声にびくりと身をすくめる。

 

 だが涙目で伺い見た浴室内で、女性陣に怒られていたのはガイだった。

 自分でなかったことに ほっとしつつも、意外な渦中の人物に目を丸くする。

 

「ど、どうかした?」

 

「いや、聞かないでくれ……」

 

 げっそりと肩を落として「口は災いの元か」と独りごちるガイと、ご立腹らしい女性陣。

 そしていたずらっ子みたいな悪い笑みのルークと素知らぬ顔の大佐は、たぶん無関係ではないのだろうなぁと思いつつも、これ以上 藪をつついてライガを出すような勇気は俺にはなかった。

 

 そんなわけで控えめにガイの横を通り抜けようとした俺の姿を見たアニスさんが、ふと不思議そうに小首を傾げる。

 

「あれ、リックの水着けっこう地味だね。ピオニー陛下のことだから面白がって変なの用意すると思ったのに」

 

「え? ピオニー陛下?」

 

 きょとんと目を丸くすると、ルークが「さっき言ったろ!」と眉根を寄せつつも今一度説明してくれたところによれば、陛下が全員分の水着を用意してくれていたらしい。

 そういえば上に来る途中で言われた、かもしれない。考え事してて上の空だったからなぁ。

 

「でもオレ、このスパの水着借りましたけど」

 

「ふえ? じゃあピオニー陛下、リックの分は用意しなかったのかなぁ」

 

「いやそういえば……これどういう人が着るんだろうみたいな、すごい、なんというか、冗談みたいな水着なら置いてありました」

 

「それだねきっと」

 

 そういう事情とはつゆ知らず、というか聞いてなかったので別のお客さんのだろうと思いこんでいたが、まさか。いや知っていたとしてもあれを着てくる度胸はなかったけど。

 

 ふと視界をずらせば、すっかりバスローブを着込んだ大佐の姿。

 湯気が立ちこめる室内でも相変わらず外されない眼鏡の奥、赤色がこちらを見てにこりと笑う。

 

「何か?」

 

「いえっ」

 

 なんかそれ怖いくらい似合ってます、ジェイドさん。

 

 

 そうしてひとしきり騒いだ後は、それぞれ好きなようにスパを堪能していた。

 俺が来るよりも前に堪能し終えていたらしいジェイドさんはもう出て行ってしまったけど、他のみんなはまだ残っている。

 

 楽しげにお喋りをするアニスさんとナタリア。

 ゆっくりとお湯につかっているティアさんやガイ。

 

 ルークと俺は足だけをお湯につけて、のんびりと過ごしていた。

 いや、さっきまでは大はしゃぎしていたのだけど、はしゃぎすぎてアニスさんに怒られたので今は休憩中だ。

 

「スパって楽しいんだなぁ」

 

「へへ、来てよかっただろ?」

 

 じんわりと肌にしみこむ温かさに息をつきながら呟くと、隣に座るルークがこちらを向いて嬉しそうに笑う。

 うん、と頷いて返してから、俺は揺れる水面を眺めた。

 

 真っ白い湯気を吸い込んで目を細める。

 

「ル、」

 

「なぁリック」

 

「ぅへぇい!?」

 

「……なに驚いてんだよ」

 

 何でもないと首を横に振れば、ルークはちょっと言いづらそうな様子を見せつつも、意を決したように口を開いた。

 

「その傷跡って、もしかしてあのときのやつか?」

 

「え? あ、これ?」

 

 視線を追って、たどり着いた場所に手を添える。

 

 腹部に浮かぶ大きな裂傷の跡は、外殻降下作戦のときにアブソーブゲートでついたやつだ。一応これでも兵士だし、傷跡のひとつやふたつは珍しくないけど。

 

「うん、そうだよ。もとの傷が傷だからさすがに他より目立つなぁ」

 

 すっかり塞がって薄くなってはいるけれど、たぶん傷跡はこのまま残るだろう。

 まぁ女の子ってわけでもなし、別に困ることはない。そもそもあの剣の前に飛び出して生きてるだけでもう、なんていうか、うん。温かいお湯に浸かっているにも関わらず若干の寒気を覚えて腕をさする。

 

 ふと無言の空間に気づいて隣を見ると、ルークはなんともいえない顔で眉間に皺を刻んでいた。

 ちょっとだけ泣きそうにも見えるその様子に、俺は少し考えて、あっと声を上げる。

 

「ごめん! そんな見てて気持ちいいものじゃないよな」

 

「え」

 

 なんか隠せるものあるかなぁ。

 いや、お湯に浸かってしまえばいいのか。

 

「――っの、」

 

 ひとまずの解決策を探してきょろきょろと辺りを見回していた俺の耳に届いた小さな声。

 

「……ルーク?」

 

 振り返ってそろりと名を呼ぶと、俯いていたルークが、鋭い視線と共に勢いよく顔を上げる。その迫力に思わず半身を仰け反らせた。

 

「お前っ、この、なん、~~……ばぁか! リックのばーーか!!」

 

「はっ!? ちょっ、ルーク!?」

 

 俺を罵ったが早いか引き留める間もなく立ち上がり、走って出て行ってしまったルークの背が消えたほうを呆然と眺める。

 

「見事なほど感情に言葉が追いついてなかったな」

 

「ルークとリックって喧嘩のとき大体そんな感じだよね」

 

 後方で何やら冷静に分析される声を聞きながら、俺はがくりと肩を落として息をついた。

 

「怒らせちゃったなぁ……」

 

 あとで謝らなきゃと小さく呟けば、ずっと黙っていたティアさんが、「ルークは」と静かに声を発した。

 

「あなたに謝ってほしくて怒ったわけでは、ないと思うわ」

 

 振り返ると、こちらを見据える真剣な青い瞳。

 どう言葉を返していいか分からず口を閉ざす俺を、陛下とはまた違う深い青色が捉える。きびしくて優しい色。その奥に、何故だかさっきのルークがちらついた。

 

 苛立たしげで、泣きそうで、もどかしげな翠の瞳。

 

 思い出して同じように表情をゆがめた俺を見てか、ティアさんはふと雰囲気を柔らかくして苦笑したけれど、それ以上は何も言わなかった。

 

 

 




▼リックは水着称号『レンタル野郎』を手に入れた!
▼ガイは称号『スケベ大魔王』を手に入れた!

リックに自分で気付いてほしいっていうか分かってほしいルークと、別に言葉で説明してもいいんだけどまぁルークが頑張ってるしせっかくだから自分で気付いてみたら?っていうスタンスな皆。
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