空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

183 / 197
Act83.2 - 王女と黒獅子

 

 

 ルークの休養を兼ねてバチカルに滞在すること、早数日。

 

 キルマカレーに更なる改良を加えるべくキッチンを借りてルークと一緒に試行錯誤したり、中庭でピコハンの練習をして……盛大に失敗してルークに大笑いされてガイに慰められたり、ちょっと個人的な用事をこなすついでにこうして散歩をしたりと、驚くほど穏やかな毎日だ。

 

 それにしても、あのときはうまく出来たのになぁ、ピコハン。

 城下町にある大階段の端っこに腰を下ろして、俺はひとり溜息をつく。

 

 とにかくアッシュを止めようと必死だったせいで、発動したときの感覚もまるで覚えていない。それが逆に良かったんだろうけど、必死でなくても出来るようにならなきゃ脱走する陛下の足止めにはとても使えない。あの人の逃げ足は並ではないのだ。

 

 成功したときの状況を再現すれば何か掴めるかもしれないが、その場合まずアッシュを捕まえなければならないのだろうか。

 まぁ運良く出会えたとしても、ピコハンの練習に付き合ってほしいとか言ったらエクスプロードで消し炭にされそうだが。

 

「いや、でも、案外 手伝ってくれるかな」

 

 いつも不機嫌そうなあの緋色が、なんだかんだで面倒見が良いことを俺は知っている。

 心底気が乗らないって顔で協力してくれるアッシュの姿を、勝手に想像して小さく笑った。

 

 ああ、そういえば前アッシュに相談に乗ってもらったのも この大階段だったっけ。ルークとどう仲直りするか悩んでたら、たまたま見知った姿が横を通り過ぎたのだ。

 大階段を駆け下りていくナタリアの背中を眺めながら、「ああそう、こんな感じで」と頷く。

 

 ……ん? ナタリア?

 

 必死に走っていてもどこか優雅な後ろ姿は、間違いなくナタリアだ。

 通行人の間を縫うように港のほうへと向かっている。反射的に彼女が走ってきた方向を振り返るが、見える範囲にみんなの姿はなかった。

 

「え、ちょっ、ま、待ってナタリア!」

 

 慌てて立ち上がり、走り出す。

 だってどう見ても散歩とかいう雰囲気じゃなかったし、何かあったのかもしれない。

 

 ここで俺がついて行ったからって何の役に立つんだ、と訴えかけてくる自分は、やっぱり胸の中にいるけれど。

 

「……なかま、なんだっ」

 

 それ以上の理由がいるのかと、頼りないながらに言い返す自分も、あの雪山で確かに生まれていたから。

 

 転がるように大階段を駆け下りて、必死にナタリアの背を追った。

 

 

 そうして走って、走って、バチカルの港に出たところで、ナタリアはようやく足を止めた。

 追いついたことにほっとしたのも束の間、その先に立つ漆黒の巨体に気づいて、俺は身をすくめる。

 

 六神将、黒獅子ラルゴ。

 

 タルタロスで我を忘れて斬りかかったときミュウファイヤでもろとも燃やされかけたり、ロニール雪山で大佐のサンダーブレードのおとりにされたりとあまり良い思い出がない相手だった。……あれ、主原因ほとんどこっち側だ。

 

 そして最後に会ったのは、確か。

 

 『――死を覚悟しても遂げたい思いだったのだ。それを誰が止められる?』

 

 脳裏をかすめた桃色に思わず息を詰めた瞬間、流れるように弓を構えたナタリアの姿に、今度は違う意味で息が止まりかける。

 二対一とはいえナタリアはいつもと様子が違うし、もう片方は俺だ。自分で言うのもなんだが俺はラルゴに対抗出来るほどの戦力ではない。

 

 だけど。

 

 震える喉でひとつ息を飲んで、ナタリアより一歩前に出た。

 

「! リック……」

 

 そこで初めて俺の存在に気づいたらしいナタリアが、驚いたように目を見張る。

 いつものナタリアだったらそもそも大階段ですれ違った時点で気づいてくれていたと思うから、やっぱり何かおかしい。

 

 ナタリアをすぐ守れる位置で剣の柄を握りしめた俺を見て、ラルゴはその精悍な顔に微かな笑みを浮かべた。

 

「初めて会った時とは随分 顔つきが変わったな、坊主」

 

 馬鹿にするでなく、褒めるでなく。

 ただただ事実を述べただけという口振りのラルゴに、俺は隙あらば恐怖に暴れようとする心臓を浅い呼吸でなだめて、その目をまっすぐ見返した。

 

「……オレも、決めたんだ」

 

 “覚悟”を。

 

 音にしなかったその言葉まで察したように、ラルゴは静かに「そうか」と頷いて、今度はナタリアに視線を向けた。

 

「他のお仲間も来たようだぞ、姫」

 

「ナタリア!」

 

 ルークの声と複数の足音が耳に届き、俺の視界が安心感にじわりと滲む。

 

「大佐ぁ、ルークぅ、みんなぁ~……」

 

 それでも何とかラルゴから視線を外さないようにしながら情けない声を出すと、ルークが「はぁ!? リック!?」と驚愕の声を上げるのが聞こえた。

 

「おまえ何でいっつも肝心なときいないくせに気がついたら心臓に悪い状況のど真ん中にいんだよ!」

 

「ごめんなさい!!」

 

 俺だってなるべくなら心臓に優しい状況にいたいです。

 とにかくみんなが来てくれたことに安堵していると、後ろにいるナタリアの気配が小さく震えた。

 

「……おまえは、なぜ六神将に入ったのです」

 

 鋭い声。でもどこか不安げな響きを帯びた問いが、ラルゴに向けられる。

 

「そんなことを俺に聞いてどうする」

 

「答えなさい! バダック!!」

 

 その叫びを聞いて、ナタリアの様子がおかしい理由にやっと見当がついた。

 

 どういう状況だったかは分からないけど、きっと彼女は知ったんだ。

 ラルゴ――バダックが、血のつながった父親であるという事実を。

 

「…………。昔、妻は……シルヴィアはここから見る夕日が好きだった」

 

 同じくそれを悟ったらしいラルゴが、かつて起きた出来事を語り始める。

 

 シルヴィアさんは体が弱かった。

 子供を生むことは難しいと思われていたけれど、必ず生まれる、いや生まねばならないと預言士が言ったのだと。

 

 その預言通り、二人の間には娘が生まれた。

 しかしある日、護衛の仕事を終えたバダックが家に帰ると、そこにはシルヴィアさんも、生まれたばかりの赤ん坊もいなかった。

 

 ――彼らの子供は、“ナタリア殿下”になったのだ。

 

「……シルヴィアさんはどうしましたの?」

 

「数日後、この港に浮かんでいるのを発見された」

 

 娘を奪われた哀しみのあまり、自害したシルヴィアさん。

 預言が星の記憶ならば、彼女のむごい死も定められていたというのかと、ラルゴは言う。

 

「選んだ道も、選ばなかった道も、結局は同じ場所にたどり着くように出来ているのなら、そこに人の意志が働く意味はあるのか?」

 

 たとえ預言を詠むことを禁じても、星はその記憶の通りに進む。

 だからヴァンが目指すのは、ローレライ……星の記憶そのものを消し去ること。あらゆる命が自由な未来を生み出す権利を得ること。

 

 俺たちのやり方では手ぬるいのだと吐き捨てて、ラルゴは身をひるがえす。

 

「お待ちなさい! あなたは、……私の、」

 

「ナタリア姫。私の最愛の娘はもうこの世にはいないのだ」

 

 そう言って振り返ることなく去っていくラルゴにもはやかける言葉もなく、ナタリアは黙ってその背中を見送った。

 

「今の話が本当なら、星の記憶がある限り、俺たちの選ぶ未来はどれもたった一つの結末にしか辿り着かないってのか」

 

「だから兄さんは、被験者を消そうとしている? 星の記憶を持たない、新しい『レプリカ』という人類に未来を託すために……」

 

 いつも凛としているナタリアの横顔が、今はまるで道に迷った子供のように見えて、俺は釣られて泣きだす子供みたいな気持ちで眉尻を下げた。

 

「だとしても! 結局 被験者は消滅するんだよ? 総長の計画じゃ、この世界の人は救われない!」

 

「まあまあ、落ち着いて下さい」

 

 何か声をかけたいと、伝えたい大事な思いがあると心が言うのに、早く早くと急かす頭が言葉を詰まらせる。

 

「ナ、ナタリ……っ!」

 

「貴方も。頭を冷やしなさい」

 

「ぁいたっ」

 

 気持ちが纏まらないままにナタリアへ話しかけようとした俺の後頭部が、ぱしんと軽い音ではたかれる。相変わらず音と反比例で痛い。

 

「ジェ、ジェイドさん?」

 

 頭を押さえながら振り返ると、いつの間にか後ろにいた大佐がなぜか少し呆れたような顔で俺を見ていた。

 

「おそらく貴方だけ気にしてる事が違うと思いますが、何にせよ今一番 混乱しているのは彼女のはずですよ」

 

 なにが俺だけ違うのかはよく分からなかったが、その言葉にハッとして口をつぐむ。

 

 そうだ。自分の気持ちばっかり纏めようとしてる場合じゃなかった。

 今、誰よりも感情がぐちゃぐちゃに絡まっているのは、きっとナタリアだ。

 

 ルークが「一度城に帰ろう、陛下が心配してる」とナタリアに声をかけてあげているのを確認してから俺は深く息をついて、言われた通りいったん頭を冷やそうと、その場で改めて大佐に向き直った。

 

「あの……すみませんでした。オレ、何か伝えたい、伝えなきゃってことばっかり考えてて……ナタリアの気持ちが一番大事なのに、」

 

「まるで気にしていないというのも問題ですかねぇ」

 

「へ?」

 

「いえ。基本的にひとつのことしか考えられないというのは、ある意味 長所かもしれないと思っただけです」

 

「? ありがとうございます!」

 

 このときすっかり星の記憶云々が頭になかった俺は、とりあえずジェイドさんに褒めてもらえた、というところだけを認識して背筋を伸ばす。

 

 そんな俺に大佐はまた呆れと苦笑の混じった表情を浮かべつつ、先ほどよりずっと軽く俺の頭をこづいたのだった。

 

 

 






偽スキット『ナタリア追跡中』
リック「ぜ、ぜんぜん距離が縮まらない! ピオニーさんといいナタリアといい何で王族の方々はこうも健脚なんだ! そうだピコハン! ピコハーン! あっ、すみませんありがとうございます! 拍手ありがとうございます! でも違うんです! 一瞬だけ降ってくる眼鏡とカレーの幻とか一発芸にしか見えないだろうけどこれピコハン(仮)なんです!!」

街の人から おひねり(お菓子)もらいました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告