空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken- 作:甘味RX
「うーん……」
「…………」
「あー……」
「…………」
「うあー……!」
「………………」
「ジェイドさんナタリア大丈夫だと思いますか!!?」
「知りませんよ」
隣で頭を抱えて唸るリックの問いかけに、ジェイドは頭痛をこらえるようにこめかみに指を添えて、にべもなく言い返した。
新生ローレライ教団の使者であるラルゴにキムラスカが事実上の宣戦布告を突きつけた後、一行はいよいよプラネットストームの停止作業に移るべく、ユリアシティに来ていた。
現在は必要な情報をテオドーロが解析する間、各々どこかで自由時間を過ごしている。
ユリアシティは観光客や旅人などを受け入れることを前提とした街ではないため時間を潰せる場所はほとんどないが、まぁさほど長くもかからないだろうと、ジェイドは会議室のあるフロア降りてすぐのところにある柱に背を預けた。
するとその隣に当然のような顔で座り込んだのが、今涙目で騒いでいるリックだ。ちなみになぜかミュウを頭に乗せている。
普段リックとミュウの間にあまり会話はなく、どちらかといえば素っ気ないほどの距離感を保っている二匹……もとい一人と一匹なのだが、その実 気は合うようでふとした瞬間にこうして一緒にいるのを見る。動物同士なにか感じるところがあるのかもしれない。
「心配なら様子でも何でも見に行けばいいじゃないですか」
「うう……そうしたいですけど、オレが行くとたぶん、ナタリアに気使わせちゃうと思うんで……」
やめときます、と消え入りそうな声で肩を落としたリックを、ジェイドは静かに見やった。
ただ傍にいることに何の意味もないとは言わないが、今回のナタリアの件に関しては、事実リックに出来ることはおそらく無い。
本人もそれが分かっているからこそ、尽きない心配に呻きつつも、どことなく腹を据えた様子でここにいるのだろう。
頭を冷やせというジェイドの言葉を、なるほど正しく受け取ったらしいが。
「待つと決めたのならもう少し落ち着いて待ちなさい鬱陶しい」
「はいぃ~……あ、そういえばジェイドさん」
情けない声で返事をしたリックは、どうにかナタリアの心配から自分の意識をそらそうと思ったのか、唐突に話題を切り替える。
「今回の件で生まれたレプリカの人で、もうはっきりスラスラ喋れてる人と、まだあんまり喋れなくてぼんやりしてる人とでは、どんな違いがあるんですか?」
「そうですねぇ。全員に同程度の刷り込み教育が為されたと仮定して、彼らの場合ほぼ同時期に作り出されていますから、時間の長短ではなく単純に個体差だと思いますよ」
その後にどういった環境を生き延びたかにもよるが、現状では個人の資質によるところが大きいはずだ。
リックの場合は確か、言語能力より身体能力の発達のほうが早かっただろうか。
じぇーど、と舌っ足らずに名を呼びながら全速力で駆け寄ってくる子供の姿が脳裏に浮かぶ。
「それで、どうしてそんな質問を?」
ジェイドは静かに眼鏡を押し上げて、そのかつての子供を見下ろした。
「えっ。いや、えーとぉ」
リックは言葉を探すように目を泳がせながら、頭上にいたミュウを胸の前で抱え直す。
「……もっと……ちゃんと知っていきたいと思ったんです」
それからやや気恥ずかしげに紡がれた音が、ことのほか大人びた――真剣な色を帯びていて。
ジェイドはふいに、自分が伝えそびれている話のことを思い出した。
ホド崩落の真相。
フォミクリー開発者である己の罪のひとつともいえるそれを、旅の同行者の中でリックだけが知らないのは、単になりゆき上のことだ。
だが知らせぬままにしておいたのは、果たしてなりゆきだったのか。
「……知る権利、ですか」
もしもそんなものが存在するなら、ルークやリックにはそれがあるのだろう、と。
いつかのケテルブルクでそう口にしたのは他ならぬジェイド自身だった。
「ジェイドさん?」
不思議そうに首を傾げたリックの目を、ジェイドは真っ直ぐに見返す。
いつもと違う空気を感じてか、リックがわずかに息を飲んだのが分かった。
「――ホドの、」
「あっ! ご主人様ですの!!」
ミュウがリックの腕から飛び出し一目散に駆けていく。
「…………」
「…………」
ジェイドが深く溜息をつき、リックがそれをおろおろと見つめた。
分かっている。あのチーグルに会話を遮った自覚は、確実に無いだろう。
だがジェイドは、足下にミュウをひっつけながらこちらに歩いてきた赤毛の飼い主に向かって一言吐き捨てる。
「主従そろって本っ当に空気が読めませんねぇ」
「なんだよいきなり!!」
顔を合わせるなりバカにされ、「意味わかんねぇ!」と至極もっともな反応をみせたルークに、リックが困った顔で苦笑を浮かべていた。
*
解析の結果、ローレライの宝珠に第七音素を込めれば、宝珠の拡散作用と同時に譜術が機能し、ゲートの譜陣を停止させることが――プラネットストームを止めることが出来るとのことだった。
プラネットストームは第一セフィロトのラジエイトゲートから噴出して、第二セフィロトのアブソーブゲートに帰結している。
後者から閉じるほうが理に適っているだろう、というテオドーロの言葉に従い、一同はすぐにアブソーブゲートへ向かった。
外殻大地降下作戦のとき以来となるその地には、すでに神託の盾(オラクル)の船が停まっていた。先に進めば、まず間違いなく六神将と出くわすだろう。
「こんなに動揺するなんて、自分が情けないですわ。……でも大丈夫です、参りましょう」
青い顔をしながら、それでも前に足を踏み出すナタリア。
リックはそれを心配そうに見つめながらも、待つと決めたゆえか、言葉をかけることなく黙ってその後に続いた。
人の心配はいいが、己がこの場所でヴァンに刺されたことは忘れているのだろうか。
いや、おそらくナタリアの件で頭がいっぱいで気づいていないだけに違いない。
何にせよ本人が気にしていないなら自分が気にすることでもないか、とジェイドはひとつ息をつく。
その様子を見たガイが微笑ましげににやにやと笑うのには、気付かなかったことにした。
そしてアブソーブゲートの最深部を目指す途中、かつてヴァンと対峙したあの場所で、予想通りに六神将達と出くわすこととなる。
リグレット。シンク。
ラルゴ。
「レプリカ! 何故ここに来た!」
そのラルゴと剣を交えているアッシュ。
あとは第七音素を取り込んだ影響で魔物のように姿を変えたモースと、シンクとは別に、導師イオンと同じ顔をした少年がひとり。
それから、突如放たれた光の中から現れた男。
「……ようやく形を保てるようになったか」
ヴァン。
彼が持ち帰った第七譜石の欠片を受け取ったモースは壊れた笑い声を上げながら、導師イオンに似た少年をつれて、シンクと共に外へ向かう譜陣の中に姿を消す。
「私を倒すとは、レプリカとはいえ見事であった」
あのときプラネットストームの中で乖離しかかっていたヴァンの体は、ユリアの譜歌によりローレライを取り込んだことで再構築されたのだという。
おとなしく消滅していればよかったものを、とジェイドは心の中で独りごちる。
「アッシュ、私と共に来い。お前の超振動があれば、定められた滅亡という未来の記憶を消すことが出来る」
「……断る!」
「ではルーク、お前はどうだ?」
「俺は」
ルークが、ゆっくりと息を吸った。
「……お断りします」
二人の弟子に誘いをはねつけられたにも関わらず、ヴァンはどこか満足そうに「そうでなくてはな」と小さく笑って、リグレットと譜陣の中に消えていく。
後を追おうとしたルークの行く手をラルゴが阻んだ。
「アッシュ!
ならばこの隙にとルークが上げた声にすぐさま反応したアッシュが譜陣に走り込み、姿を消す。
「寝ても覚めても預言、預言。そのためにどれだけの命が見殺しにされてきたか」
「あなた達がやろうとしていることも結局は同じですわ!」
ラルゴとの戦闘は、もはや避けられないだろう。
ナタリアが意を決したように弓を引き絞った。
「俺はレプリカの命を喰らって、被験者の世界を存続させる道を選んだんだっ!」
「よく言った。それでこそ倒しがいがあるというものだ。……行くぞ!」
それぞれの武器を手に全員が動き出す、その瞬間。
「ぅわ!!」
その最初の一歩で、リックの足が盛大にもつれたのをジェイドは見た。
一連の会話の間いつになく静かだったリックは、やはり、おそらく、相変わらず、ヴァンのプレッシャーが苦手だったのだろう。
それはもう足が固まるほどに。
「う、わ、わ、わ」
崩れた体勢を立て直そうとリックは一歩、また一歩と前のめりに足を踏み出して。
「あ」
そしてリック本人もそんなことは意図していなかったゆえか、あのラルゴでさえ ふいをつかれ、誰もが身動きする間もなく。
先ほど自分達が降りてきて、つい今しがたヴァン達やアッシュが昇っていった譜陣の光の中へ。
――リックの姿が吸い込まれて、消えた。
「たまに大人しいと大概ろくなことしませんねぇ」
「えっちょっリックーーーーーー!!!!」
そして緊張感に満ちたアブソーブゲートの最下層には、我に返ったルークのいろんな意味で悲痛な叫び声が響き渡ったのだった。