空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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Act84.2 - 平行線上のピコハニスト

 

 

 譜陣での移動特有の、体中の音素が空気と混じって浮かび上がるような感覚に思わず目を閉じる。

 

 そして次に瞼を押し上げたときには、視界に映る景色はすっかり様変わりしていた。

 今にも戦闘が始まろうとしていた緊迫の場所ではなく、誰もいない別階層にある譜陣の上に俺はいる。

 

 しばし呆然と立ち尽くしたあと、剣を持っていないほうの手で盛大に頭を抱えた。

 

「うわぁやってしまった!! あれ、いや違う、えーと……や、やった!!?」

 

 まったくもって予期しない形ではあったし、「ラルゴとの戦闘」という意味では大失態だったけど、「ヴァンの追跡」という点では大成功と言えなくもなかった。

 しかし、俺だけがヴァンに追いついたからって何が出来るのか。

 

「い、いったん戻っ……」

 

 反射的に譜陣の中へ戻りかけた体を、途中でグッと引き留め、剣の柄を強く握った。

 

 ちがう、考えろ。今俺にできることは何だ。

 怖いからって、寂しいからって、何も考えずにみんなのところに戻るんじゃない。自分の頭で考えて動くんだ。

 

 アブソーブゲートの停止は、ルークや大佐たちが何とかしてくれる。

 ラルゴのことも、ナタリアはきっと自分で決着をつけるだろう。

 

 それなら俺は。

 

「ヴァンを、追いかけよう」

 

 たとえやらかした感しかない偶然の産物でも、せっかく掴んだ機会だ。ろくに出来ることはないと思うが行くだけ行ってみよう。

 真剣に考えて出した結論がやっぱりどこか情けない点については、どうか許してもらいたいところだった。

 

 だってヴァンだけでも勝てる可能性とか、そんな言葉を使うこと自体おかしいくらい皆無なのに、その脇をシンクやリグレットが固めて、あの魔物みたいなモースまでいる。どう考えても無理だ。ベヒモスの集団にオタオタが一匹で挑むようなものだ。

 

 ……ん? いや、待った。

 

「そうだアッシュ!」

 

 先にヴァンを追いかけたアッシュがいるんだった。

 途中で合流すれば、少なくとも一人で追うよりは怖くないはずだ。

 

「よし。まずはアッシュに追いつこう」

 

 剣をひとまず鞘に収め、ぐっと拳を握って、俺はアブソーブゲートの通路を駆けだした。

 

 

 

 

「…………おまえが一人で追ってきた理由と、合流しようとした事は分かった、が」

 

 隣を走るアッシュが、鋭くこちらを睨む。

 

「なんっっっで普通に呼び止められねぇんだこの滓がぁ!!」

 

「カスって言うなよもう! オレだってまさかピコハン成功するとは思わなくてだから何ていうかホントすみませんでした!!!」

 

 追いついた時にちょうど譜陣で別階層に移動しようとしていたアッシュをまたしてもピコハンで止めてしまった俺は今、怒髪天な緋色と併走しながら平謝りしていた。

 

 いや、空から一瞬だけ降ってくる眼鏡の幻に驚いてちょっと足を止めてくれたらいいなという、当てるつもりどころか成功させる気さえゼロの発動だったのだが、なぜそんなときばかり成功するのか。

 

 ケテルブルクの時といい俺のピコハンは対アッシュでしか成功しないのか。

 だとしたら使いどころが限定されすぎな上にいつかアッシュにはエクスプロードで灰にされる気がする。アッシュだけに。

 ちなみに普通に声をかけるという選択肢は、置いていかれたくないという焦りのあまり欠片も浮かばなかった。

 

「くそっ、だいぶ離されたな」

 

「すみません……」

 

「謝ってる暇があるなら急げ! ただでさえシンクのやつに邪魔されて時間くってんだ」

 

 先にヴァンを追ったアッシュと俺の間にはそれなりの時間差があったのに意外と早く追いついたと思ったら、シンクに足止めされていたらしい。

 そして戦闘の途中でシンクが譜陣に飛び込み、すぐさま後を追おうとしたアッシュを止めたのが俺のピコハンだ。重ね重ね申し訳ありませんでした。

 

 この隙に逃げ切られていたらアッシュにどう謝ろうか戦々恐々としていたのだが、幸か不幸か、出口のある階層にたどり着いた俺達の前に立ちはだかったのはシンクだった。

 

「意外と遅かったね。あんまり来ないから迷子にでもなったのかと思ったよ」

 

「うるせえ!!」

 

 アッシュが青筋を浮かべて怒鳴り返す。元凶は俺ですごめんなさい。

 だがシンクが足止めに残っているということは、ヴァンはまだ外にいるのだろう。俺のピコハンのせいで全てを逃すという最悪の事態は避けられたようだ。

 

「ヴァンなら表で第七譜石の預言の詠み上げに立ち会ってるよ。今更モースの茶番に付き合うこと無いのにさ」

 

「……そこをどけ」

 

「さっき言っただろう? 今おまえをヴァンに近づけるわけにはいかない。そっちこそ鍵を渡し、」

 

「シンク! オレ達を通したらヴァンに怒られるっていうなら、オレもヴァン怖いけど、ものすごく怖いけど! でも一緒に謝るから!」

 

「いやだから何!! 通せって!? アンタが混ざると話進まないからちょっと黙って……っていうか、そもそもなんでいるわけ?」

 

「それは……えぇと、やったというか、やらかしたというか」

 

 追ってきたのは自分の意志だが、その発端については俺のほうこそ何故と問いたかった。いや、ヴァンにビビリすぎて足がもつれただけの話なのだが。

 

「おい、戦う気がないなら下がってろ。邪魔だ」

 

 その間にも剣を抜ききったアッシュが、シンクを鋭く睨みつけたまま俺に言う。

 出来ることならそうしたい。だって俺はやっぱり死ぬのが怖くて、戦うのも怖い、根っからの臆病者だ。

 

 生まれ持った性分は覚悟ひとつじゃ変わらない。

 それでも、生きるために戦うと決めたから。

 

 俺は静かに剣の柄に手を添える。

 

「……シンク。オレたち、本当に戦うしかないのかな」

 

 しかし最後にそう問いかけてしまうのは、やはりどうしても彼を嫌いだと思えないからだろうか。

 敵対する立場としてあれだけ大変な目に合わされてきたのに、こうして会えばわき上がるふわりとした感覚を、懐かしさと表したのはイオンさまだったけど。

 

「リック!」

 

「え、ぅわっ!!」

 

 アッシュの声にはっと意識を引き戻すと、一気に距離を詰めたシンクの蹴りが眼前に迫っていた。ほとんど反射的に剣を抜いて、なんとか攻撃の軌道をそらす。

 

 反動でよろけた俺が体勢を立て直している間に、アッシュがシンクに向けて剣を真横に振り切った。

 シンクは後方に跳んでそれをかわし、またある程度の距離をとって足を止める。

 

 そして嘲るような笑みを浮かべて、イオンさまと同じ色の髪をかきあげた。

 

「……アンタ、最初からやたらとボクに馴れ馴れしかったよね」

 

「そ、そうだったっけ」

 

 自覚は無かったが、言われてみればめずらしく最初からビビらず話せていたような気もする。

 

「でもそれは、自分と同じ不完全なモノに対する歪んだ親近感さ。確かアンタも“代用品”にさえなれなかったレプリカなんだろ?」

 

 俺は複数の実験体のうちの単なるひとつであり、シンクの言うとおり“代用品”ではなかった。

 だが、そもそも誰かの代わりとして作り出されたわけでもない。どちらかというとフェレス島のレプリカ達に近い立場だ。

 

「ゴミがゴミを見て安心するようなものだよ。そんなくだらない傷の舐めあい、ボクはごめんだね」

 

 だから“代用品”として生み出されて、けれど“代用品”に選ばれなかったその思いは、彼が“同じ”と言う俺にさえ、想像することしか出来ない。

 

 それでも――

 

「……シンク、」

 

「ごちゃごちゃとうるせぇんだよ!!」

 

 俺の言葉に被って、いつの間にかシンクの後ろに回り込んでいたアッシュが剣を振るう。

 放たれた衝撃波をシンクが飛び退いてかわせば、それは真っ直ぐ俺のほうに向かってきた。えっちょっ。

 

「うわあ!」

 

 涙目になりつつ地べたに転がるようにして避けると、アッシュの技が俺の体すれすれのところを通り過ぎていく。ていうか少しかすった。

 

「な、なにすんだよアッシュ!」

 

「俺には時間がないんだよ! さっさとここを通るぞ!」

 

 ああそうだ、俺達はヴァンを追いかけて来たんだっけ。少し忘れかけていた。

 口にしたら一刀両断されそうなことを考える俺をよそに、アッシュは苛立たしげな舌打ちをひとつ零して、切っ先をシンクに向ける。

 

「おまえも、本気でこいつがそんなこと考えてお前に接してたと思うのか?」

 

「アッシュ……」

 

「この会うたび人の地雷を踏み抜きまくるような滓が!」

 

「あっこれフォローじゃない苦情だ!!?」

 

 むしろそんなややこしいことを考えていられる頭があるなら話題を選ぶ脳もあっただろうに、とアッシュが眉間にしわを寄せて嘆いた。返す言葉もない。ホントすみません。本日もう何度目になるか分からないアッシュへの謝罪を心の中で呟く。

 

「…………」

 

 そしてシンクは、ものすごく疲れた顔で息を吐いていた。

 どこか呆れ果てた雰囲気を漂わせつつ、俺を見る。

 

「……本当に戦うしかないのか、だっけ?」

 

「えっ、あ、うん」

 

「それじゃあ逆に聞くよ。アンタはもしボクやヴァンが言ったら、あの死霊使いを裏切れるわけ?」

 

「無理!」

 

 想像してみるまでもなく弾き出された結論におもわず即答すると、シンクは少し目を丸くしたあと、なんだか愉快そうに笑った。

 

「――つまり、そういうことさ」

 

 言うが早いか地を蹴ったシンクがこちらに向かってくる。

 

 今度は俺も心の準備が出来ていたため、さっきよりは落ち着いた動きで(それでも必死だったが)繰り出された技をアッシュと左右に分かれるように避けた。

 

 そこからすぐ攻撃に転じたアッシュとシンクが攻防を繰り広げるのを見ながら、俺は術式を展開する。味方識別がついていないアッシュを巻き込みかねないので直接は狙えないが、ふいをつくくらいなら出来るだろう。

 

 意識を集中させる。

 

「……大地の咆哮、其は怒れる地竜の爪牙……」

 

 ピコハンもまた出来たんだ。あの術だって、きっと。

 

「グランドダッシャー!」

 

 ぽふん。

 集めた音素が哀しい音を立てて散る。

 

「……出来なかったぁー!!」

 

「何がしたいんだお前」

 

「ほんとだよ」

 

 激しい攻防を繰り広げながら、アッシュとシンクが揃って呆れた声を上げる。

 うう、おとなしく成功率の高いロックブレイクにしておけばよかった。

 

 ――うなだれる俺の横を、誰かが駆け抜けていく気配がする。

 はっとして顔を上げると、そこには鋭くナイフを振るうティアさんの背中があった。

 

 ナイフをかわしたシンクが着地した地点を狙って、弾けるエナジーブラスト。

 それも紙一重でかわされてしまったが、その完璧な術式にとても覚えのある俺は、自己最大の反応速度で振り向いた。

 

 そこには予想通りの赤い瞳。

 他のみんなの無事な姿もあり、俺は泣きそうになりながらわなわなと身を震わせた。

 

「ジェイドさぁん、ルーク、みんなぁ……!」

 

 潮時と見たらしいシンクがこの場から引いたのを確認して、ガイが「遅くなったな」と笑う。その様子を見るに、アブソーブゲートの停止には成功したようだ。

 

 ヴァンがまだ表にいることをアッシュに聞いたみんなが外へ急ぐ。

 俺は大佐の隣を走りながら、少し肩を落とした。

 

「……すみません大佐。ただでさえこれから戦闘ってときに抜けちゃったのに、結局何も出来ませんでした」

 

 やったことと言えば、ピコハンでアッシュの足止めと、グランドダッシャーの大失敗くらいだ。むしろ邪魔しかしてない。我ながらひどい結果だ。

 

 眼鏡越しの赤色がちらりと俺を見て、また前を向く。

 

「相手が相手ですから、宝珠を持ったルークがこちらにいた以上、あそこで誰が追いかけていたとしても出来る事はたかがしれていたでしょうね」

 

「そ、その心は?」

 

「あなたが役に立たないのは想定内です」

 

「ですよね!」

 

 いつもの笑顔で告げられた言葉に、俺も目頭を押さえつつ笑顔を返した。

 そしてお互いそれなりの速度で走っているにも関わらず、大佐が的確に俺の頬をつねりあげる。

 

「いたははは! いたいでふジェイドさん!!」

 

「痛いようにしてますからねぇ」

 

「ええ!?」

 

「……追わずに、戻ってくる可能性のほうが高いかとも思いましたが」

 

 やがて大佐は小さく笑ってつねっていた指を離すと、解放された頬を涙目でさする俺の頭に、一瞬だけポンと手をおいた。

 

「え」

 

 突然のことに思わずもつれた足を立て直している間に、青い軍服は先へ行ってしまう。

 

「いま、もしかして褒め、……っジェイドさぁあん!」

 

 衝撃と喜びでヴァンへの恐怖も何もかもぶっ飛んだ俺は、ついでにその勢いのまま飛びつこうとして、大佐にタービュランスでぶっ飛ばされたのだった。

 

 

 





偽スキット『そのとき彼らは(最深部へ移動中)』
ルーク「リックのやつ戻ってこなかったな」
ティア「やっぱり、兄さんを追っていったのかしら……」
アニス「大丈夫かなぁ」
ジェイド「ヴァンより先にアッシュと行き会うはずですから大丈夫でしょう。たぶん面倒見てくれると思いますよ、アッシュが」
ルーク「アッシュが」
ジェイド「ええアッシュが」

何だかんだほだされてたっぽいし地味に世話焼きだし、任せとけばとりあえず死にはしないだろうと鮮血さまに十歳児を丸投げネクロマンサー。
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