空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken- 作:甘味RX
ダアトでフローリアンを預けた後、俺達はラジエイトゲートに向かった。
ここを停止させれば現在エルドラントを守っているプラネットストームが消えるのだが、ヴァン達だってそう易々と大事な防壁を手放すわけがない。
ゲートの上空にさしかかったところで、エルドラントからの対空砲火がアルビオールを襲った。
「強行着陸します!」
ミュウと抱き合いながら意識が軽くお花畑に行きかけた俺だったが、ノエルの操縦技術のおかげで、どうにか無事に目的地へ降り立つことが出来た。
「お空でぐるぐるして、フラフラですのぉ~……」
「こんにちはユリアさまネビリムさん……今度、そのカレーのレシピ教えてくださ……」
「ミ、ミュウ! リック! しっかり!!」
ティアさんに肩をゆさぶられ、大佐に「早くしないと置いていきますよぉ?」と輝く笑顔を向けられたところで我に返りました。
巨大な魔物の骨みたいなもので出来た足場を伝って、ラジエイトゲートの内部へ入る。
創世歴時代の建造物ならではの空気感の中を進むことしばらくすると、この旅でずいぶん見慣れたものとなった音機関が目の前に現れた。
「これってパッセージリングだよね? やっぱりここにもあるんだね」
アニスさんの問いかけに、まぁ当然ですね、と大佐が相づちを打つ。
えーと確か、当初はラジエイトゲートの起動と同時に外殻を降下させる手はずだったけど、いろいろあって時間が足りなくなったから全部アブソーブゲートでやることにした……んだっけ。
「ここでアッシュが助けてくれましたのよね」
何故かあやふやな記憶に首を傾げていると、ナタリアが感慨深げに口にした言葉に、俺は目を丸くした。
「へ? アッシュが?」
「そうだけど……あーそっか。お前そのとき意識なかったもんな、覚えてるわけないか」
それからみんなが教えてくれたところによると、大地を降ろすために必要だった超振動の力の不足分を、アッシュがこのラジエイトゲートから補ってくれたのだとか。ちなみにそのとき俺は全力で瀕死中だった。どうりで記憶にないわけだ。
「つーかジェイドから聞かなかったのか?」
「……みんなのことたくさん聞いた段階で満足して聞き忘れたというか」
「だと思いましたが、説明が面倒だったので放置しました」
大佐が淡々と補足する。
うう、気づいてたなら教えてほしかったところだけど、俺自身が「外殻降下成功!」ですっかり思考が完結していたから仕方ない。
そんな雑談を交わしつつもひたすら先へ進んでいくと、ふいに頭上から変な音がするのに気づいた。
例えるならば、ブウサギのジェイドさまが宮殿の廊下の端から俺のみぞおちに向けて全力疾走してくるときのような、すごい勢いの何かが近づいてくる音。
「いやな予感がするな。早くすませちまおう」
眉根を寄せたガイの言葉に頷き、さらに歩調を早めて内部を降っていくと、間もなくラジエイトゲートの最深部にたどり着いた。
すぐにルークが宝珠を掲げて、ゲートを閉じる。
しかし目的を達成したと安堵する暇もなく、先ほど聞こえた音はどんどん近づいてきていた。
みんなが武器を取って周囲を警戒する。
俺も心臓を怯えさせつつ剣の柄に手をかけた。
「上です!」
大佐の声が響く。
上空から降ってくるように俺たちの目の前に現れたのは、紫色の巨体。
かつて“大詠師モース”と呼ばれたその人だった。
「すこあを……! ひゃはははっ、すこあをまもるためにぃ……!」
今はもう――“人”ですら、ない。
それでもなお預言を遵守しようとする姿に、部下として関わりが深かったティアさんだけでなく、ご両親やイオンさまのことで複雑な気持ちのほうが大きいはずのアニスさんまで辛そうに顔をしかめた。
「……戦おう! このままでいいわけがない!」
ルークが、覚悟を決めたように剣を構える。
「ひゃーはははははっ、しねぇーーー!!」
それを合図にしてモースがその場で飛び上がり、俺たちを押しつぶそうと落下してくる。
四方に散ってその攻撃をかわしながら、ルークとガイと俺が近距離に、アニスさんとティアさんが中距離に、大佐とナタリアが遠距離にと、それぞれの間合いを取って挑む。
元が大詠師だからなのか、モースは巨体を使っての物理攻撃ではなく、譜術を中心とした攻撃を仕掛けてきた。
その威力もかなりのもので油断ならない相手だけど、近接攻撃の心配が少ない分、剣士としてはいくらか余裕のある立ち回りが出来る。
……だからこそ、というか。
普段なら必死すぎて意識の届かない範囲まで、めずらしく状況を把握できていた俺は、アニスさんの死角にパッと浮かび上がったモースの譜陣に気がついた。
考えている暇はなかった。
俺は脳の一番手前に置いてあった術式を、ろくに確認もせずに引っ張り出して、思いきり押し上げた。
「グランド、ダッシャーっ!!」
鮮やかな黄色の譜陣がアニスさんとモースの譜陣の間に広がる。
一瞬遅れで発動したモースの譜術と、俺の譜術が、その場で相殺して消えた。
気づいたアニスさんもすぐにその場から距離を取ったのを見届けて、ほっと息をついたその瞬間に、全身から一気に力が抜けた。
……安心したっていう比喩とかでは、なく。
「うわーー!! ルークどうしよう立てない力入らない!!」
「リックーーーーー!!!??」
譜術攻撃が中心であることで生まれた剣士的な余裕は、相手の攻撃に気づく視野と術を使う時間をくれた。しかしそれは己の限界や現在位置まで把握できるほどじゃなかったらしい。
実力に見合わない詠唱破棄の反動で、敵の目前で座り込み完全なる無防備状態と化した俺は、どうにか剣を握る手だけは離さないまま涙目でモースを見上げた。うわぁ大きい……。
いくら正気を失ってるとはいえ、すぐ近くにいる格好の獲物を見逃すわけもなく、モースの巨体がこちら目がけてグンと浮かび上がる。
「リック!」
ガイやルークが急いで助けに入ろうとしてくれるが、間に合いそうにない。
ぺしゃんこに潰された自分の未来を想像して、ひ、と短く息を飲んだそのとき。
「タービュランス」
見慣れた完璧な構成の譜術が、モースを吹き飛ばした。
――――俺ごと。
「うわああぁあああぶっ!!」
モースが吹き飛ばされたのとは反対の方向、後衛の位置にいるジェイドさんやナタリアよりさらに少しだけ後ろに、俺は落下する。
落ちたときに打ち付けた顔面を両手で押さえて悶絶しつつ、指の隙間から青い軍服の背中を見やった。
表情は見えないけど、呆れたように溜息をついたのが分かる。
「なんというか……やる事なす事ことごとく効率が悪いですねぇ」
「し、しみじみ言わないでください」
なんか下手に罵倒されるより胸にきます。
でもさすが大佐というか、あの一瞬で術の威力を調節してくれたようで、落下ダメージ以外はほとんど受けていなかった。でもその落下ダメージがわりと大きいんですけど元はといえばやらかしたのは俺なので何も言えない。
「まぁ、あとは黙ってそこに転がっていなさい。すぐ終わります」
「ハイ……」
おとなしくその場に座り込んだ俺をちらりと見てから、ジェイドさんはモースのほうに意識を戻す。
その向こうで、トクナガに乗ったアニスさんが「リックー!あーりーがーとー!」と手を振ってくれていた。
……反省点は、山ほどあるけれど。
俺はぽかぽかと見えない温度に溢れた胸に そっと手を置いて、緩んだ口元と赤くなった頬を隠そうと、小さく俯いた。
*
「す、こあ、が……ユリア、よ……! 世界を、繁栄に、ぃ……!?」
どろどろと溶けるように崩壊していくモースの体。
それは地に落ちるが早いか、音素となって舞い上がり、最後には跡形もなく消えた。
「モースは最期まで預言に執着していたんだな。怪物になっても預言、預言って……」
「あの方はユリアの預言があれば、必ず世界が救われると信じていたわ。……あの方なりに、世界を救おうとしていた」
モースにとっての預言。
それは俺にとってのジェイドさんのように、かつてのルークにとってのヴァンのように、絶対的なものとして彼の中に根付いていたのだろうか。
許せないと思う気持ちもあるけれど、そう考えるとなんだか物悲しくて、切なかった。
俯いた俺の後頭部に、べちんと音のわりに軽い衝撃が走る。
見上げれば、座り込んだままの俺の隣にはジェイドさんがいた。
「終わりましたよ。立てますか」
「あ、はい、たぶん」
ロニール雪山のときみたいにボロボロ状態で詠唱破棄したわけではないからか、体力の戻りは早めだ。若干、足もとが生まれたてのウオントみたいになってるがそこは見逃してほしい。とりあえず歩くだけならもう大丈夫だろう。
「にしても、なんで詠唱破棄したときばっかり成功するんですかねぇ、オレのグランドダッシャー」
いや、使ったあと動けなくなるんじゃ実質的には失敗なのだが、それはそれとして。
実戦でちゃんと発動できたのは詠唱破棄して使ったときだけだ。
首を傾げた俺に、大佐がひとつ息をついて眼鏡を押し上げる。
「考える暇がないからだと思いますよ」
「へ?」
「要するに、上級譜術だと意識するからいけないんです。思えばライガクイーンのときもそうでしたねぇ」
ライガクイーンのとき、と言われてとっさに記憶を探る。
ええと、颯爽と登場した大佐が格好良かった……いやそうじゃなくて。
『資料に載っている難易度ではなく、目の前の敵を見なさい。相手の特徴だけを思い出しなさい。行動は、属性は、弱点は?』
あれは本当に“勝てない敵”ですか、と笑みを含んだその声まで思い出したところで、俺は目を丸くした。
上級譜術という、紙の上にかかれた難易度を取り払う。
音素、属性、術式や構成だけを頭に残して考えた。
――これは本当に、“出来ない術”か?
導き出された答えに、思わずぽかんと口をあけて固まった俺を見て、大佐は愉快そうにその口元へ笑みを乗せたのだった。