空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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Act86.3 - 終わりと始まりのカウントダウン(後)

 

 

 ジェイドさんが、黙ったまま僅かに目を細めることで話の続きを促してくる。

 俺は早鐘のように鳴る心臓を自覚しながら、その赤を見つめた。

 

「オレは、レプリカの人達が帰る場所を作りたい。……みんなが帰りたいって思えるところを、見つけるための手伝いがしたいんです」

 

 気休めなんかじゃない「だいじょうぶ」を、今度こそ伝えられるように。

 

「その、具体的にどうするかっていうのは、まだ色々考えてるところなんですけど。でも今の段階で自我のしっかりしてるレプリカの人達と話したら、何人か協力してくれるって人もいて、えぇと……」

 

「バチカルにいる間、あちこち歩き回っていた理由はそれですね」

 

「えっ、あれっ、知ってたんですか!?」

 

 驚く俺に、ジェイドさんが心底呆れた眼差しを向けてくる。

 本気で隠したいのなら毎回「よぉし散歩に行くぞー」なんて棒読みでアホなこと言っていくなと言われた。完璧にごまかせてると思っていた過去の俺めちゃくちゃ恥ずかしい。

 

 ということは、グランコクマでピオニーさんとその件について話したこともお見通しなのだろう。

 俺はがっくりと肩を落としつつも、なんだか緊張がほぐれたのを感じて苦笑した。

 

「ピオニー陛下と話しました。レプリカの人達から聞いた色んな意見も報告して……それから、オレはこの旅が終わったら」

 

 覚悟を口にする勇気を振り絞るために、一度言葉を切った。

 短く息を吸う。

 

「レプリカ保護官になりたい。そう伝えてきました」

 

 各地に散らばる大量のレプリカたち。

 エルドラントの件が何とかなったら、各国は間もなく本格的にレプリカ問題に取りかかることになるのだろう。

 

 そのときには下っ端でも雑用でもいいから、どうか末席に自分も加えてほしいと陛下に嘆願した。加えてもらうだけでいい、あとは自分で頑張ってみるからと。

 

 俺がピオニーさんを“陛下”として頼るのは、これが最初で最後だ。

 

 そうでなくちゃいけないと心に決めて全力で臨んだ話し合いの末、ピオニー・ウパラ・マルクト九世陛下は、「任せろ」と言って不敵に笑ったのだった。

 

 具体的に話が決まるのはまだ先だろうけど、そのうち俺はレプリカ対策の部署に回ることになる。

 となれば、哀しいけれどもう大佐の直属部下でいることは――

 

「なるほど。それで?」

 

「はぇ?」

 

 淡々と返された問いに、喉の奥から間の抜けた声が零れた。

 

「そ、それで、と言いますと……?」

 

 求められている答えがまるで分からず、おそるおそる問い返した俺に、ジェイドさんがひとつ息をついて眼鏡を押し上げながら言う。

 

「要するに、レプリカ保護官になったら今の職務が続けられないので辞めたいということですね?」

 

「は、はい」

 

「では聞きますが、私の直属部下としての貴方の仕事はなんですか?」

 

「主に雑用と陛下の見張りです」

 

 むしろ陛下の見張りの合間に雑用、と言ったほうが正しいかもしれない。

 

「そうですね。雑用と陛下のお守りです」

 

「おもり!?」

 

 いつの間に俺は皇帝陛下のお守りになっていたのか。

 まぁ隙あらば執務をさぼって脱走する陛下を何度も探しに行ったり、暇を持て余した陛下に騙されてテオルの森で青色ゴルゴンホド揚羽を探し回ったり色々したけれど。あれ、なんだろう涙出てきた。

 

「まったく、自分が重要な仕事を抱えていたとでも思ってるんですか?」

 

「い、いや、そんなことは……」

 

「ひとつ役職が増えたくらいでその程度の事がこなせなくなるなら、レプリカ保護官も長続きするとは思えませんねぇ」

 

 内容だけを聞けば突き放しているような言葉は、ひどく柔らかい温度に満ちていた。

 ゆるりと細められていく赤色の瞳を、俺は呆然と見返す。

 

 長い間ジェイドさんの不器用な言葉を聞いてきた俺が、その声に込められた思いに、気づかないわけがない。

 

 それはつまり。

 

「わざわざ直属部下を外れる必要もないでしょう。やると決めたのなら、それくらい両立してみせなさい」

 

 俺は――ジェイドさんの部下のままで良いってことだ。

 じわじわと顔にあがる体温と熱くなる目の奥をどうにも出来ないまま、俺は涙声で「はい」と頷いた。

 

 ああ、ピオニーさんが言っていたのはこういうことだったんだと、今更ながらに納得する。

 確かに俺が思っていたような結果にはならなかった。とても、嬉しい方向で。

 

 零れた涙を手の甲で拭ってから、俺がすっかり放置していたお酒に改めて口を付けたとき、ジェイドさんがふと真剣な顔になって、ゆっくりと口を開いた。

 

「貴方に、まだ話していなかった事があります」

 

 唐突な言葉に目を丸くして、俺は半端に飲みかけていた酒をごくりと喉に押し込んだ。

 

「……なんですか?」

 

 緊張しながら聞き返せば、俺を映しているはずの赤が深い色に沈む。

 

 あ、

 これは、

 

「ホド消滅の、真相について」

 

 ――だめだ。

 

「それっ、いいです!!」

 

「…………は?」

 

 反射的に声を上げた俺に、ジェイドさんが呆気に取られたように目を丸くした。

 非常に珍しい光景に俺は説明も忘れて「おお」と感動する。

 

「リック?」

 

 しかしすぐに輝く笑顔ですべてを覆い隠した大佐と、周囲を渦巻きはじめた音素の気配に はっと我に返り、慌てて説明をする。

 

「いや、なんというか……それ昔の話なんですよね?」

 

「まあそうですね」

 

 話し出そうとしたときのジェイドさんの目は、かつて、あのひとの話題になったときと同じ色をしていた。

 ジェイドさん自身にはきっとそんなつもりはないのだろうし、大抵の人にも否定されるけど、俺には何だか哀しそうに見える、その色。

 

「……オレ、ジェイドさんの過去はあのひとにあげちゃったんです」

 

 雪を飲み込むようにぎらぎらと光る、銀色の髪を思い浮かべた。

 

「だから今の話がジェイドさんの未来に関わることなら聞きます。けど、そうじゃないなら、オレはまだ聞かなくていいです」

 

 ジェイドさんの昔の話。

 本音を言えば聞きたいに決まってるけど、でもそれは、今じゃないんだ。

 

「ただいつか“話さなきゃいけない”じゃなくて、“話してもいい”なって思ったなら、そのときは」

 

 ぜひ聞かせて頂きたいです、と最後は顔を逸らしつつ消え入りそうな声で頼み込んだ。

 

 だが中々反応が戻ってこないことが怖くなって顔の向きを戻そうとすると、後頭部を力いっぱい掴まれて「ひぃ!?」と悲鳴を上げる。

 そのままピオニーさんを思わせるような手つきで雑に髪をかき回されて、勢いで頭がぐらんぐらんと前後に揺れた。

 

「じぇっ、ジェイドさん、脳がっ、オレの脳がえらいことになりそうです!!」

 

「ああ、小さいから頭蓋骨の内部でよく動くんでしょうねぇ」

 

「ぅええぇええ!?」

 

 しばらくして気が済んだらしい手が頭から離れ、俺がようやくジェイドさんの顔をまともに認識できたときには、かの人はすっかりいつもの笑顔でお酒のグラスを傾けていたのだった。

 

 

 

 そうして それぞれの想い巡る夜は明け

 

 

「みゅぅぅううぅ~! またお空がグルグルですのぉ~!」

 

「ジェイドさんジェイドさんジェイドさんジェイドさん……っ」

 

「ちょっ、耳元で騒ぐなミュウ! ジェイドの呪い唱えんなリック! つーかお前ら俺にしがみつくなぁぁぁ!!」

 

「おや。左の平底の部分、対空放火が死んでいますね」

 

「了解、そこに着陸します!」

 

「……どうでもいいが後ろが騒がしすぎて緊張感が薄れるな」

 

 

 ――――最後の戦いが、はじまる。

 

 

 






偽スキット『酒場NGテイク』
リック「ジェイドさん……オレ……カレー屋になります!!」
ジェイド「え」

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