空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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Act88 - 緋色の友

 

 

「他の奴らはどうした」

 

「ちょ、ちょっとだけ別行動してて……アッシュは?」

 

 流れで聞き返しただけだったのだが、アッシュは眉間の皺をさらに二割増しにして顔を逸らした。

 

「…………――――たんだよ」

 

「え?」

 

「落とし穴に落ちて閉じこめられたんだよ! 一回で聞き取りやがれ滓がぁ!!」

 

「あっハイ」

 

 すみません、とその剣幕に押されるようにして謝ってから、“閉じ込められた”というアッシュの言葉を脳内で反芻して目を見開く。

 

「ここ出られないの!?」

 

 慌てて後ろを振り返ると、俺が飛び込んできた扉はいつの間にかガッチリと閉じていた。

 起き上がり扉に駆け寄るが、押しても引いても、開く気配はない。どうやら一方通行だったらしい。

 

 がっくりと肩を落としていると、アッシュが「手段がないわけじゃない」と言って身を翻した。

 

 そして部屋の真ん中にある譜陣の上で足を止める。

 俺はそこで初めて、反対側にも同じような扉があることに気づいた。

 

 その場にしゃがみ込んだアッシュが譜陣に手を当てる。

 すると淡い光が譜陣の周囲に浮かび上がり、堅く閉ざされていた扉がゆっくりと開き始めた。

 

「開いた!」

 

「こうしている間はな」

 

 吐き捨てるように呟いたアッシュが譜陣から手を離すと、開きかけていた扉がすぐに口を閉ざしていく。

 完全に閉まるまで見届けたところで、肩越しに振り返った翠の瞳が俺を見た。

 

「誰かがここに残らない限り、誰も出られないってことだ」

 

 だからこの部屋で足止めをくっていたのだろう。

 中央の譜陣からあっちの扉まで少し距離がある。開閉のスピードを考えると、いくらアッシュでも一人ではとても無理だ。

 

「うん、そうだよな、一人じゃ……」

 

 言いかけて、はたと不機嫌そうにしかめられたアッシュの顔を見る。

 

 自分の掌に視線を落とし、またアッシュを見て、自分の掌を見て。

 俺はその掌に、ぽくんと拳を打ち付けた。

 

「そうだった! 一人じゃない! もう一人じゃないよ! 一人じゃなくていいんだよアッシュ!!」

 

「俺が寂しい奴みたいな言い方を止めろ」

 

「いやっそういう意味じゃなくて!」

 

 眉間の皺がロニール雪山もかくやとばかりに深くなったので、俺は慌てて首を横に振り、アッシュの目の前まで駆け寄った。

 

「オレが扉を開けて、その間にアッシュが先に行けばいいんだよ!」

 

 さっきまでは一人だったかもしれない。でも今は俺がいる。

 己の胸に手を当ててめずらしく自信たっぷりに提案した俺に対し、なぜかアッシュは鋭い視線を向けてきた。

 

「馬鹿が、本当に分かって言ってるのか」

 

「……確かに一人で残るのはちょっと寂しいけど」

 

「そういう話をしてるんじゃねぇ。今度は、お前がここに閉じこめられるんだぞ」

 

「うーん。なんとか出る方法を探してみるよ。もしかしたら非常口とかあるかもしれないし」

 

 変なスイッチの例もあるし、他にも妙な仕掛けのひとつやふたつあってもおかしくないだろう。

 そう思って返事をしたのだが、アッシュはさらに苛立たしげな様子になって、こちらを睨む。

 

「何の義理があってそんなことをする?」

 

 今にも剣を抜きそうな不機嫌さに少々腰が引けてくるが、不思議と殺気は感じなかったため、俺は混乱しつつも比較的落ち着いていた。

 

「い、いや、別に義理とかでは」

 

「なら何で俺に手を貸す気になった。てめぇはあいつの仲間だろうが」

 

 あいつ、というのはルークのことだろうか。

 

 確かに俺とルークは……その、仲間だけど。

 それはアッシュを先に行かせてはいけない理由になるんだろうか。

 

 よく分からないがとにかくちゃんと根拠を言わないと許してもらえないらしいことを察して、俺は先ほどから混乱しきりの脳みそを必死に回転させる。

 

 しかしこんなところでまで何だが、俺の頭は本当にあまり出来がよろしくないのだ。ジェイドさんのように、自分の中にいつもしっかりとした理屈や根拠があるわけじゃない。

 己の心にある感情に気づいて名前を知るまでにものすごく遠回りをしないといけない、というのはこの旅の中で自覚したことのひとつだ。

 

 だから俺は今回もまた、問われて初めて考える。

 

 俺とアッシュは何なのか。

 

 最初は、突然襲いかかってきた“怖い人”。

 次は、生まれて初めて出会った“被験者”。

 

 そんな印象が“不器用だけどちょっと優しい人”に変わったのは、いつからだっただろう。

 

 『俺に聞いてばっかりいないでテメェの頭で考えろ。じゃないと一生分からねぇぞ』

 

 レプリカである俺に対する、複雑な感情を知っていた。

 

 『っだからあの死霊使いに構って欲しいならこんなところでグチグチ言ってねぇで本人にそう言いに行きやがれ滓がぁ!!』

 

 でも、相談に乗ってくれた。

 

 『おまえも、本気でこいつがそんなこと考えてお前に接してたと思うのか?』

 

 庇護ではない。同情でもない。

 隣に立って、同じ目線から、痛いほど真っ直ぐな言葉をくれた。

 

 そういう関係をどう呼ぶか。

 今の俺の中に当てはまるものは、ひとつしかなかった。

 

 だから。

 

 俺はぐっと拳を握って、アッシュの目を見据える。

 

「――だって、ともだち、だろ!!」

 

 意を決して放ったその単語は、思ったよりもずっと耳に馴染んだ。

 

 ああ、そうか。そうだ。

 胸の中にあった漠然とした感情が、与えられた音の形に定まったのが分かる。

 

 難解な謎を解いたような開放感にすっきりした気分の俺とは反対に、アッシュは、ぽかんとした顔をしていた。

 眉間に皺を寄せることも忘れたその表情をめずらしく思う間もなく、はっとしたように普段の顔を取り繕ったアッシュが、先ほどより力のない眼差しで俺を睨む。

 

「………………誰と、誰がだ」

 

「オレとアッシュ」

 

 今度は迷うことなく口にした俺に、アッシュは物凄く微妙な顔になった。

 しかしそのうち疲れたように片手で頭を押さえると、深い溜息と共にアッシュが呟く。

 

「どうせ、俺が何言ったって聞きゃしねぇんだろう、お前は」

 

 それはつまり。

 

「……友達、で、いいの?」

 

 例え拒否されたとしても己の中に見出した答えを訂正するつもりはなかったが、思わず問いかけた俺にアッシュはただ「勝手にしろ」と吐き捨てた。

 

「っうん!!」

 

 ぱあっと表情を輝かせた俺をちらりと見てまた呆れ果てたような溜息をついたアッシュが、ほんの少しだけ、目元の険を緩めた。

 

 その瞬間。

 

「ぅわああああリックそこ退けぇぇええ!!?」

 

「え?」

 

 突如頭上から響いた声に上を向いた俺の額に、ガツンと衝撃が走った。

 ……あ、お花畑が見えるや……。

 

「っつ~~~! あっ、ちょっ、おいリック! 大丈夫か!?」

 

 がくがくと肩を揺さぶられてお花畑から戻ってきた俺の視界には、赤色の髪と、心配そうな翠の瞳。

 

「だ、大丈夫だよルーク……ってルーク!? なんでここに!?」

 

「急に床に穴が開いてさ、ここまで落とされたんだ」

 

 何だかついさっき似た話を聞いたような、と俺が考えていると、「ファブレ家の遺伝子ってのは余程間抜けらしいな」とアッシュの苦々しい声が耳に届く。

 

「アッシュ!」

 

 そこでアッシュに気付いたらしいルークが驚いたように名を呼ぶと、また渓谷のような眉間の皺を復活させたアッシュがきつくルークを睨んだ。

 

「レプリカまで揃って同じ罠にはまるとは、胸くそ悪い」

 

 あれ……なんでこんな険悪な感じなんだろう。最近はわりと落ち着いた関係になりかけてたのに。

 場に満ちるぴりぴりした空気に困惑する俺をよそに、脱出手段についてルークに問われたアッシュが、先ほどと同じようにこの部屋の仕組みを実演してみせている。

 

「誰か一人は、ここに残るって訳だ」

 

 しかし俺にやらせずにまた自分でやってみせる辺りがなんとも律儀だ。これが大佐だったらまず間違いなく説明させていただろう。ガイに。

 

「それならお前が行くべきだ。ローレライの鍵で、ローレライを開放して、」

 

「いい加減にしろ! お前は……俺を馬鹿にしてやがるのか!!」

 

 それにしても前から会うたび言い合いはしてたけど、今回は何だか様子がおかしい。

 アッシュがルークに剣を向けたところで、俺は本格的に焦り始めた。

 

「ヴァンから剣を学んだ者同士。どちらが強いか、どちらが本物の『ルーク』なのか、存在をかけた勝負だ」

 

「どっちも本物だろ、俺とお前は違うんだ!!」

 

 まずい。

 よく分からないけど何かまずい気がする。

 

 どうしよう。止めないと。どうすれば。

 

 …………ピ、

 

「ピコハンッッッ!!」

 

 隔離された真っ白な部屋の中に、ぴこんっという間抜けな音が響きわたった。

 

 場に静寂が満ちる。

 やがてアッシュのこめかみにビシリと血管が浮かんだ。

 

「だから何で普通に呼び止められねぇんだ! この滓野郎!!」

 

「スミマセンほんとスミマセン! なんか混乱しちゃって!!」

 

 しかしやっぱり対アッシュだと必ず成功するなぁ……。

 俺は平謝りしつつも、どうにか作り出した会話の糸口を逃さぬうちに引っ掴んだ。

 

「じゃなくて、何でルークと戦うみたいな話になってるんだよ! 最近けっこう穏便な感じだったじゃないか!」

 

「俺は言ったはずだ! このエルドラントで、決着をつけるとな!」

 

「えっ、言ったの?」

 

「……あぁ?」

 

 会話が噛み合わない俺とアッシュを見て、何か思い出そうとするように目を細めていたルークが「あっ!」と声を上げた。

 

「そうか! あのときリックはピオニー陛下と話してたんだった! つーかお前また肝心なときにいなかったのかよ! いや説明忘れてたのは悪かったけど!!」

 

「何だか知らねぇが話が分からねえなら黙ってろ滓が!!」

 

「えぇ!?」

 

 似た声の二人から怒濤のように畳みかけられながらも、俺は必死に食い下がる。

 

「な、なんにせよオレが残ればいいだけの話じゃないか! それでふたりが先に行けば、」

 

「黙れ!」

 

 それを鋭く一喝したアッシュは、俺ではなく、ただ真っ直ぐにルークの姿を見据えていた。

 

「――理屈じゃねぇんだ」

 

 重く深く、様々な感情が渦巻いた低い声に、ぐっと言葉に詰まる。

 

 もはや「誰が扉を開けるのか」なんてことが問題なんじゃない。

 これは避けられない戦いなのだと、アッシュのまとう気迫が全身に訴えかけてくる。

 

「俺には今しかないんだよ」

 

「……俺だって、今しかねぇよ」

 

 アッシュにとっても、ルークにとっても、きっとこれは必要なことなんだ。

 

「お前がどう思ったとしても、俺はここにいる。それがお前の言う強さに繋がるなら、俺は負けない」

 

「よく言った。その減らず口、二度と利けないようにしてやるぜ」

 

 止められない。この戦いは、止めてはいけない。

 だから俺はその場から後ろに下がり、強く目を瞑る。

 

 そして、全て見届けることを心に決めて、

 

 

「行くぞ! 劣化レプリカ!!」

 

 

 閉じた瞼を押し上げた。

 

 

 

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