空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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Act89 - 燃え落ちる灰のように

 

 

 もう二人の剣に躊躇いはない。

 存在そのものをぶつけ合うようなこの全力の戦いは、おそらく長引くことはないのだろうと、俺の中にもいくらか存在する剣士としての勘が告げたとおり、決着の時は間もなく訪れた。

 

「……被験者が、レプリカ風情に負けちまうとはな」

 

 アッシュは相変わらずの不機嫌顔で、持っていけ、とルークの足下にローレライの剣を放り投げる。

 不本意そうではあったものの、その目はどこか吹っ切れたような色をしていた。

 

 ひとまずの決着に、いつからか詰めていた息をほっと吐き出したのも束の間。

 戦いの邪魔にならないようにと、先ほど自分が飛び込んできた扉を背にする位置まで下がっていた俺は、その向こうからたくさんの硬質な音が聞こえてくるのに気がついた。

 

 まがりなりにも兵士である自分が聞き間違えるはずもない、鎧と剣が擦れ合う音に、頭からざっと血の気が引く。

 

「ルーク! アッシュ! 神託の盾兵が来る!!」

 

 二人の会話を遮るのが申し訳ないとか、ここにいる兵士を神託の盾と呼んでいいものかとか色々あったけど、とにかく差し迫る危機を伝えるべく声を上げた。

 すると舌打ちを零したアッシュが、譜陣の中央に立って力を送り込む。

 

「ここは俺が食い止める。早く行け」

 

 そう言って開いていく扉に背を向けたアッシュに、ルークが自分も一緒に戦うと告げると、眉間の皺が五割り増しになった。

 

「ざけんじゃねぇ! 今大事なことは、ここの奴らを一掃することか? 違うだろうが!!」

 

 だからって「じゃあよろしく」と言えるようなルークじゃないけれど、ローレライを解放するためにはルークかアッシュが……鍵を託されたルークが、進まないわけにはいかないのだ。

 

 俺は近づいてくる大量の足音が怖くなってきたので扉から離れて二人のほうに駆け寄りつつ、ごくりと息を飲んで剣の柄に手を添えた。

 

「そ、それならオレがアッシュと残れば、」

 

「お前みたいなピコハン野郎に居られても邪魔なだけなんだよ!!」

 

「返す言葉もないですけど!」

 

 振り絞った決心が一瞬で灰に帰して涙目になる俺と、心配そうなルークの視線に、アッシュがまた盛大な舌打ちを零す。

 

「いいから行け! この屑と滓!!」

 

「コンビ名みたいに呼ぶな!! …………約束しろ、必ず生き残るって。でないとナタリアも俺も、悲しむからな!」

 

「うるせぇっ! 約束してやるからとっとと行け!」

 

 アッシュの返事を聞いたルークは強く頷くと、足下のローレライの剣を拾って、開いた扉のほうへ駆けだした。

 その背中を追う前に、俺は一度アッシュを振り返る。

 

「アッシュ!」

 

「あぁ!?」

 

「オレさ、最近カレーだけは美味しく出来るようになってきたんだ」

 

「何の話だ! 叩き出されたいのかお前は!!」

 

 青筋を浮かべたアッシュに部屋から強制退出させられる前に、言葉を繋ぐ。

 

「だから! 今度作るからさ、ぜったい、一緒に食べような!」

 

 向こうの扉が開き始めているのに気づき、それだけ言って慌てて身を翻そうとしたとき、「リック」とアッシュが俺の名を呼んだ。

 

「不味かったら、承知しねえぞ」

 

 こちらに背を向けているアッシュの表情は分からなかったが、その声は、どこか笑みを含んで聞こえた。

 

「さっさと全部終わらせて来い」

 

「……うん!」

 

 後ろ髪を引かれる俺の意識を蹴り飛ばすようなアッシュの言葉に頷いて、今度こそルークを追いかけるために走り出す。

 

「――行け、リック」

 

 もう、振り返ることはしなかった。

 

 

 

 

 アッシュの決断を無駄にしないためにも前に進むしかない。

 少し先の床だけを見つめてひたすらに走り続けていると、やがて前方から聞こえてきた声に、はっと顔を上げた。

 

「ルーク! 無事だったのね!」

 

「あっ、うそ、すごい! リックもいるよ!?」

 

「リックがか!?」

 

 俺の無事だけやたら驚愕されているのがいつかのアブソーブゲートを彷彿とさせるが、みんなの無事な姿を見て、張り詰まっていた気が緩む。

 

 ティアさん。アニスさん。ナタリア。ガイ。

 

 そして金茶の髪と青い軍服の、赤い瞳。

 

「っジェイドさぁあぁあああん!!」

 

 ルークと合流したときは色々とそんな空気じゃなくて発露しそこねていた喜びが一気に湧き上がり、俺は本能のまま全力でジェイドさんに駆け寄った。

 

 勢いよく飛びつこうとした俺に対し、例によって例のごとく、ジェイドさんの右手が伸ばされる。

 槍使いによるアイアンクローの威力を身を持って知っている俺は、反射的にびくりと表情をひきつらせた。少しでもダメージを弱めるべく、減速を試みつつぎゅっと目を瞑る。

 

 けれど。

 

 掌は静かに後頭部へ回って、青い軍服の肩口に、俺の額はぽすりと押しつけられた。

 

「無事で何よりです」

 

 それは本当に短い時間で、頭を押さえていた手は何事も無かったかのように離れていく。

 掛けられた声はひどく淡々とした感情の滲まないものだったのに、何だか妙に涙腺を揺さぶった。

 

「行きますよ、リック」

 

 そして颯爽と身を翻したその背中が、俺がついて行くことを当たり前のように言って歩き出すから。

 

「……っ」

 

 もともと緩い涙腺が完全決壊しそうになるのを、ぐっと息を飲んで耐える。

 感激も嬉し泣きも全部あとでいい。今はただ、先に進むだけだ。

 

 頭を冷やしなさいと今まで何度も告げられたことのあるジェイドさんの言葉を、己の意志で、脳裏に描いて胸に刻む。

 

「……はい!」

 

 軍服の袖でぐいと目元をぬぐって顔を上げた俺と、振り返らずに先を行くジェイドさんに、様子を見ていたみんなは小さく笑い合って肩をすくめたのだった。

 

 

 ようやく全員揃って、エルドラントの中をゆっくりと進む。

 別に悠長にしているわけではなく、壁も手すりもないむき出しの外壁部分を進むにあたって、こうして慎重に歩いていくのが結果的に最速なのだ。急がば回れってやつだろう。

 

 ちなみに俺は油断するとすぐさま地上(考えたくない)メートルの恐怖に負けそうになるので、気をそらすためルークに雑談に付き合ってもらっている。

 大佐にはレムの塔から飛び降りても死ななかった男が何を今更と鼻で笑われたが……あれは飛び降りたというか落とされたわけで……。

 

「え、リグレットを?」

 

「ああ……倒したよ」

 

 別行動になった後、みんなは待ち受けていたリグレットと戦闘になり、激しい攻防の末に勝利したという。

 

 勝利と、一言でまとめれば輝かしい結果に聞こえるけれど、それは命の奪い合いだ。

 みんなが無事ここにいるということは、つまり、そういうことに違いなかった。

 

 少し先を歩くティアさんを心配そうに見るルークの横顔をちらりと見やってから、俺は考える。

 

 リグレット。

 

 ティアさんの教官で、六神将で、イエモンさん達を手に掛けたひと。

 そしてティアさんのことを、とても心配していたひと。

 

(それで、……それで?)

 

 何度も顔を合わせた。お互いに命をかけて戦った。そんな相手のことをまるで知らない自分に顔をしかめるけれど、たぶん、それは当たり前のことなのだ。

 軍人が犯罪者に剣を向けるとき、敵と呼ばれる国の兵を斬るときに、相手の事情を聞かされたりはしないのだから。

 

 ……でも。

 

(どんなふうに、笑うひとだったんだろう)

 

 例えどんな事情があったとしても、イエモンさん達の件は許せなかったと思う。

 けれど、二度と知ることの出来ないその光景にほんの少しだけ想いを馳せて、俺はゆっくりと目を伏せ――……

 

「目なんて閉じてると落ちますよ」

 

「ヒィ!?」

 

 すぐ開けた。

 

 

 

 それからルークは俺と合流した後のことをみんなに話し始めたので、今度はアニスさんと雑談を交わす。

 

「リックとアッシュはさぁ、ルークが落ちた先に居たんだよね」

 

「はい」

 

「やっぱ二人ともあの罠引っかかったの?」

 

「……いや、えーと、オレは……別の仕掛けで、飛び込んじゃって」

 

「ふーん。アッシュは?」

 

「………………」

 

 アッシュの名誉(と口外した者に降りかかるであろう怒りのエクスプロード)のためにもおいそれと真実を語るわけにいかず、かといってアニスさんに嘘をつける気もしない俺はそっと目をそらす。

 しかしそれで全てを察したらしいアニスさんが生温かい眼差しになった。これって俺が言ってしまったうちに入るんだろうか。ごめんアッシュ。

 

「そ、そういえば、アッシュと約束したんですよ」

 

「え~? 何を~?」

 

 無理やり話をそらすと、アニスさんはにやにやと笑いつつもそれに乗っかってくれたので、俺はほっとしながら先ほど交わしたばかりの約束を口にする。

 

「今度いっしょにカレー食べようなって!」

 

「……え、それ本当にアッシュと約束できたわけ? リックが勝手に言ってるだけじゃなくて?」

 

「ひどい!!?」

 

 俺へのイメージが。

 でも若干否定しきれないところがあってぐうの音も出ない。

 

「ちょ、ちょっと無理やり感はあったけど、ちゃんと約束してくれましたよ!」

 

 泳ぐ視線をごまかしつつも断言すると、ただからかっていただけらしいアニスさんがひょいと肩をすくめる。

 そして、じゃあとびきり美味しいの作んないとね、と言って、彼女は出来の悪い弟を見守るお姉さんみたいな顔で、優しく笑ったのだった。

 

 落下の心配をせずに歩けるようになったのは、それからしばらく進んで街のような場所にたどり着いてからだった。

 まだ生成途中らしいその一角には、かつてガイが暮らしていたという屋敷の痕跡もあり、ここが間違いなくホドのレプリカであることを教えてくれる。

 

 懐かしそうに屋敷跡を眺めるガイや、初めて訪れた故郷を感慨深げに眺めるティアさんの姿に、ナタリアはフォミクリーという技術を嫌いになれないと言った。

 

「使い方次第で、素晴らしいことが出来そうですもの」

 

 例えば誰かの思い出に寄り添うような、そんな優しい使い方も出来るのかもしれない。……きっとそういうふうにしていくんだろう。これから、ジェイドさんが。

 ケセドニアの酒場でジェイドさんから聞いた話を思い出して口元が緩む。

 

 まぁそのためには、とにもかくにも、エルドラントとヴァンをどうにかしないといけないわけだが。

 ついでに思い出した恐ろしい現実に、表情筋とともに緩みかけていた意識を慌てて引き締める。

 

 それからふと、さっきからずっと顔色の悪いナタリアに意識を向けた。

 

 一人で残ったアッシュのことが気になるんだろう。

 実際に顔を合わせていないから、余計に心配なのかもしれない。

 

 さっきルークやアニスさんが俺の恐怖を紛らわすのを手伝ってくれたように、何とかして不安を紛らわせてあげたいと思うものの、いい話題が思いつかなかった。

 

 よし、ルークに相談してみよう。

 そう決めて隣を見た俺は、そこに誰の姿もないことに気づいて目を丸くする。

 

 きょろきょろと周囲を見回せば、ルークは少し後ろで足を止めていた。

 

「ルーク?」

 

 俺が首を傾げつつ呼びかけると、前を歩いていたみんなもこちらを振り返る気配がしたが、当のルークはぼんやり虚空を見上げていて反応がない。

 

 もう一度呼びかけようと口を開きかけた俺の耳に、ルークの呆然とした声が、風に乗って届く。

 

「……アッシュが、死んだ……?」

 

 

 

 

( だって、やくそく、したじゃないか )

 

 燃えるような緋色が頭の奥に揺らめいて、消えた。

 

 

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