空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken- 作:甘味RX
Act15 - 気付いたら そこはクリフォトでした
あっというまだった。
壁が崩れて地面が崩れて、さっきまであった街がひとつ消えた。
あっと、いう間だった。
ていうか今自分が生きてるのが不思議なくらいだ。響長の譜歌がなかったらと思うと、ぞっとする。
なんて奇跡……いやこれはもう呪いだ。大佐の呪いだ。呪術だ。そうでもなきゃ俺たち全員生還とかありえない。
「ううう、ありがとう響長……ありがとうジェイドさん……」
「……何考えてたんだかはあえて聞きませんが、まだ安心するのは早いですよ、リック。ここは瘴気だらけだ」
大佐の言葉に改めて辺りを見回す。
立ち込める紫色の霧。一面を満たしている同じ色をした液体。これは瘴気の海なんだと本能的に理解した。
そして何より目を引くのは、付近に転がる多数の死体。もう嫌になるほどある絶望感がさらに煽られる。
ひとりくらい生き残りはいないのかと思うけど、様子を見て回っていたナタリアさんが辛そうに首を横に振ったから。
全滅、の二文字が脳裏を過ぎった。
タルタロスのときのおんなじだ。生きてるのは、俺たちだけなんだ。
呆然とそう思ったとき、ふと微かな音が聞こえた。
「いたいよぅ……父ちゃ……」
全員の目が一斉に同じ方向を向く。
この場所は瘴気が深くて、ほんの少し離れた場所も見えにくい。
紫色の中に目を凝らせば何か固まりが海に浮いているのが分かった。
ひと。それと、子供だ。
板切れのようなものに子供が乗っていて、その上に覆いかぶさるようにして大人がひとり……死んでる。
助けに行こうとしたナタリアさんを、これは瘴気を含んだ海だからと響長が制した。
二人は、せめて、とこの位置から治癒術を掛けようと言う。
苦しげな声をあげる男の子。
助けなくちゃと頭が叫ぶけど、体は一向に動かない。
無意識のうちに握っていた剣の柄が、手の震えを通じてかちゃかちゃと耳障りな音を立てた。
たすけなくちゃ。
思えば思うほど手の震えは増していく。
助けなきゃと思うけど、でも、だって、俺、俺は、
「おい! まずいぞ!」
ガイの声にびくりと顔を上げる。
見れば男の子が乗っている板が、ゆっくりと沈み出していた。
「かあちゃ……たすけ、て……」
俺、は。
「―― しにたく、ない」
ほとんど音にならない声が、喉から零れた。
言ったと同時に目の奥が熱くなる。
じわりと浮かんでくるものをそのままに、俺は深く俯いた。
一瞬だけ全ての音が消えて、やがて悔しげなガイの呟きが空気を揺らす。
震えはもう、おさまっていた。
みんなの話し声を耳の端に聞きながらも、顔が上げられない。
ぐっと拳を握り締めて目を閉じていると、突然体が前方へ吹っ飛んだ。瘴気の海に落ちるギリギリのところに根性でしがみつく。
「ジッ、ジジジジェイドさんオレ落ちる! ここで蹴られたらオレ本気で落ちますからっ!!」
地面にひっついたまま振り返れば、俺を蹴るために振り上げたのだろう足を戻しながら眼鏡を押し上げる大佐の姿。ほぼ地面から見上げる186センチはかなりの迫力だ。
「人の話を聞いていないからです」
「へ?」
「タルタロス。行きますよ」
要点のみにも程がある二言だったけど、伊達に大佐の直属部下じゃない。さっき何となく聞こえていた会話と総合してなんとか理解した。
「リック」
「あ、はいっ!」
先に歩き出していた大佐が、途中で少し振り返って俺を呼んだ。
慌てて起き上がってその後を追う。
わざわざ足を止めてまで名前を読んでくれた嬉しさで、俺は不謹慎にも少しだけにやけてしまったけれど。
*
世界はいつも、気を抜いた傍から今の状況が最悪だと思い知らせてくれる。
「俺は悪くねぇ……! 俺は、悪くねぇッ!!」
「――艦橋に戻ります。ここにいると、馬鹿な発言に苛々させられる」
大佐が身をひるがえす。
そして俺が声を掛けるより早く、その背中は扉の向こうへ消えてしまった。
い、今更だけど俺の根性なし……。
大佐に何か言ってあげられたなら、と溜息を吐きながら戻した視線が、すがるような翠の瞳と交差した。
嫌な痺れが全身を突き抜ける。心臓が大きく跳ね上がった。
だって、俺、あの目を知ってる。
あれは。
(オレ、だ)
気付いた瞬間、全身の毛が一気に逆立つような寒気が走った。
『 おにいちゃんのにせもの! 』
びくりと体が震えた。
一歩あとずさる。
( だって、“おなじ”なら )
息が、詰まった。
「あ……」
( “ お な じ ” な ら ぼ く で も い い じ ゃ な い か )
「――っ大佐!」
這い上がってくる過去が怖くて。
俺はそのすがるような翠の瞳から慌てて目を逸らし、逃げるように中へ駆け込んだ。
*
転がり込むように艦橋に入ると、大佐は鬱陶しげにこちらへ視線を向けて、少し、目を見開いた。
たぶん、ろくに走ったわけでもないのに俺がみっともなく息を荒げていたからだろう。
でも動悸がおさまらない。呼吸が落ち着かない。
ぜぇぜぇ言いながら壁を背もたれに立ち尽くす俺を赤い目が捉える。
抑えていた涙が溢れ出しそうになって、顔を歪めた。
「う、ジェイドさぁん……」
情けない声で呼ぶと、ジェイドさんは呆れたように溜息をつく。
そしてふいと視線を逸らした。
うぅうう、こんなときでもやっぱりジェイドさん。
「背中」
「え?」
こうなるともういっそアッパレですとか考えていた俺は、突然の声に驚いて顔を上げた。
聞き間違いかと思ったけど、一度逸らされたはずの赤が少しだけこっちを見る。
「動く時、ずっと背中を庇っていたでしょう」
「あ、は、……はぁ」
確かに超振動の余波で壁に叩きつけられたやつがズキズキいってるけど、特に致命傷でもなんでもないので俺は曖昧に返事をした。
「イオン様をお守りしたときのものが痛むなら、後でちゃんとティアかナタリアに治してもらいなさい」
大佐は言うが早いかまたふいと背を向ける。
けど、俺はしまりのない顔で笑いながら、ふるふると震えていた。
まったくもう、ほんとに、もう……!
「ジェイドさぁーん!!」
「やかましい」
偽会話イベント『治療中』
ナタリア「まあ、こんなにくっきりと靴底型の痣が! ヴァン謡将もなんと酷いことを……」
リック「……え、あ、……う、うん。そっ、そうだね……そうだよねぇ……うん……」
ごめんなさいヴァン謡将。
(By.リック)