空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken- 作:甘味RX
全員が集まっている艦橋には、ずっと重苦しい空気が流れていた。
その原因の一端は進めども進めども変わらない景色だろう。
広がる紫、紫、紫。
うう……すごい気がめいる。ただでさえ気分が重いのに。
『 俺は悪くねぇ! 』
あれからというもの、ルークさんの顔が見られない。
だって、俺、違うんだ。
いや、俺も確かにあのときのルークさんの言葉を哀しく思った。
腹が立つっていうんじゃなくて、ただ無性に悲しかった、けど。
逃げ出した原因はソレじゃない。
(俺はルークさんに、昔の自分を重ねたんだ)
どうしようもなかった自分。
決して間違いを認めなかった俺。
あのときのルークさんの目にあのときの俺が重なって、わけがわからなくなるほど怖くなって、結果、逃げ出した。
(……うっわぁ……)
ちょっとでも気持ちを整理しようと話を纏めたら余計落ち込んできた。
勝手に過去の自分を押し付けたんだと分かってるけど、ルークさんの目を見たらまた思い出しそうで怖い。
情けない。怖い。謝らなきゃ。怖い。
奥にしまい込んだ記憶を否応なく引きずり出すあの目が、怖い。
入り混じる思考の中、結局、話しかけるどころか顔も見れずに今に至ってる。
「…………」
溜息をつこうと深く息を吸い込んだとき、いつのまにかこちらを向いていた赤い瞳に気付いて、驚きのあまりはきかけたソレを ごぎゅっと飲み下した。
ばくばく弾む心臓を押さえながら大佐を見返す。
「た、大佐? 何か……」
真顔で俺を見る大佐が何かを言うより先に、静まり返った艦橋にはナタリアさんの声が響いた。
「私たち以外は誰も生き残ってはいませんの?」
紫色の外を眺めながら、悲痛な顔でそう言ったナタリアさん。
みんなも表情を暗くして会話を続ける。
やがて、暗いを通り越して青くなった顔のイオンさまがぽつりと呟いた。
「……僕の責任です」
イオンさまは、僕が安易に扉を開かなければ、と悔やむ。
それを聞いたあと、俺は大佐の隣でおそるおそる手を上げた。
「あ、あの、俺も ごめんなさい……じゃなくて、すみません」
ずっとそれどころじゃなくて言えていなかったけど、あの場にいたというなら俺も一緒だ。
「本当に、すみませんでしたっ」
軍仕込みの角度と勢いでみんなに深々と頭を下げる。気持ちとしてはもう土下座したい。
だ、だって俺 兵士なのに。
二人を守らなきゃいけなかったのに。
そのまま頭を上げられずにいると、上から大佐の溜息がふってきた。
「まぁ貴方にルークないしヴァン謡将が止められたとは思いませんよ。というわけで元から大して期待してなかったんで構いません」
「うわあい」
ありがたいけど なんか涙が止まらないです大佐。
タルタロスの床に滴る液体を眺めつつ、最近は室内でも雨が降るんですね陛下…なんてささやかに現実逃避していると、またふってきた溜息。
「いつまでそうしている気ですか。さっさと頭を上げなさい」
正直ミスティックケージを覚悟していたのだけど、上目遣いにちらりと盗み見た大佐はただ呆れたような顔をしていただけだった。
「……申し訳ありません、ジェイド大佐」
今一度謝罪を口にしてから、俺は顔を上げた。
大佐の呆れ顔はやっぱり変わらないけど、赤の厳しさがほんの少し和らいだと思うのは、俺の幸せな勘違いなんでしょうか。
*
そのあと、計測器や響長の指示で、なんとかユリアシティという街に辿り着く事が出来た。
これでひとまず瘴気障害の心配はなくなったらしい。
でも一生ここにいるわけにはいかないから、やっぱり何か元の場所へ戻る方法を探すしかないんだろう。
つらつら考えながらも、今一番頭にあるのはルークさんのことだった。
あんな態度を取ってしまった以上、いつもどおりってワケにはいかないし、まず俺自身が彼の目を見られないのでは話にならない。
吐きかけた溜息を飲み込んで、俺は後ろの足音に耳をそばだてた。
ルークさんの重く引きずる足音と、響長のしなやかで確かな足音。
(…………ん?)
眉を顰める。
さっきまでは聞こえていたそのふたつの足音が、なんか、消えてる?
思わず振り向くと、足音どころか二人そのものがいなかった。
いつのまに! いや、俺が考え事してた間か!
「あ、あの、大佐……ルークさんと響長が」
「二人とは少し離れましたよ」
足を止めてしまったルークさんを気にした響長が促しに戻った、と大佐に聞いて、はぁ、と曖昧な返事をした。
そのまま後ろを気にしながら少しの間歩いたけど、一向に追いついてくる気配のない二人に、俺はゆるゆると足を止めた。
「……二人とも、来ないですね」
情けなく眉を下げて言った俺を、大佐は立ち止まってちらりと見たけれど、すぐにそらされた。
そしてまた歩き始めた大佐の背中と後ろを何度か見比べて、俺は静かにみんなから離れ、今来た通路の逆走をはじめた。
大佐は、何も言わなかった。
少し走って戻ると、すぐにルークさんたちを見つける事ができた。
だけど状況が明らかにおかしい。
まずそこには、三人のひとがいた。
膝をついてうなだれるルークさん。
呆然と立ち尽くす響長。
最後に、ルークさんを見下ろす、赤い髪の……。
その人が手にした剣をルークさんに向けて振りかぶる。
ざっと頭から血の気が引いた。
反射的に剣を抜いて、飛び出す。
「やめてアッシュ! 止めてっ!!」
響長の悲鳴のような叫び声。
気づいた時には、アッシュの剣はルークさんを背に庇った俺の剣まであと数センチのところで止められていた。
苛立たしげに息をついて剣を鞘におさめたアッシュを目前に、俺は構えた剣を下ろす事もできないまま、固まっていた。
心臓が痛いくらい鳴っている。
怖いのに、激しい緋色から目が逸らせない。
今まで何度か遭遇する機会はあったけど、こうして正面きって顔を合わせるのは初めてだ。
赤。赤だ。
だけど大佐の目とも、ルークさんの髪とも違う。
全てを焼き尽くす圧倒的な存在感。
これが六神将 鮮血のアッシュ。
これが、ルークさんの。
「――
呆然と呟くと、アッシュが怪訝そうに眉を顰めた。
後ろで響長がルークさんを診ているのが気配で分かったけど、俺は動けないままだ。
ただもう剣を持つ手はだらりと降ろしている。
そのうち騒ぎを聞きつけたみんなが戻ってくる足音を聞いて、ようやく正気を取り戻した。
だけど頭の奥のじりじりとした感覚だけは、しばらく消えることはなく、しこりのように心の中に残っていた。