空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken- 作:甘味RX
「……こいつは失礼」
ガイが怖い。
あの後タルタロスに物凄く頑張ってもらって、俺達はなんとか無事に外殻大地へ戻る事が出来たわけなんだが。
「どうしよう大佐、ガイが怖い……」
「二回も言わなくていいですよ」
いやだから俺一回目は口に出してないです。
ああでももういいや今更だ。合言葉は“大佐だから”だ。魔法の呪文だ。大佐だからだ。
ともかく、アニスさんと並んでムードメーカーなガイが、アッシュと合流してからというものずっと怖い。
それだけでこんなに空気が重くなるとは思わなかった。良い人は大切にしないとダメだとこのとき心底思った。
大佐がしばらくアッシュに協力すると言うので必然的に俺もベルケンドへ同行することになったけど、こんなに重たい雰囲気のままベルケンドまで行くのか。
気まずすぎて着く前にリアル神経衰弱になりそうだが、とりあえず大佐と一緒だから今後についての心配はあまりしていない。
ただ気がかりなのはユリアシティに置いてきたルークさんのことだけど、あの目を見なくて済むんだとどこか安堵している自分もいた。
情けない。静かに溜息をはく。
そこで俺は、向こうの操縦席に座るアッシュの姿を窺い見た。
行きと帰りで違う赤がそばにいる違和感。
そして初めて出会ったオリジナルという存在に、さっきから妙な緊張が体中を縛っている。
でもこれは、チャンスかもしれない。
目の前の操作パネルを睨みつけるように悩んだ末、俺は小さく拳を握った。
*
操縦の合間、アッシュが休憩に出たのを見計らって、俺も適当な言い訳を艦橋に残し彼の後を追った。
……大佐の視線がものすごーく怖かったけど、この機会を逃したらもう聞く事はできないかもしれない。
決死の思いで飛び出して、少しすると揺れる赤を視界に捉えとっさに声を上げた。
「アッシュ!」
「――あぁ?」
「あ、あっしゅ、さん」
うう、眼力に屈した。
不機嫌そうに振り返ったアッシュの鋭い翠の目に腰が引ける。
だ、だけど聞きたい事があるからこれ以上は引けないぞ。引きたいけど、引けないぞ!
「あ、その、あ~っと……オ、オリジナルから見たレプリカってどういうものなんだ!?」
聞いてしまった。もう後戻りは出来ないぞ俺。
死刑台に乗った気持ちで返答を待ちながら俯いた。怖くて顔は見れない。
「……最悪の模造品だ」
やがて降ってきた言葉。
とっさに耳を塞ぎたい衝動に駆られたけど、もうそうしても何の意味もない。
ただ、ああ、と思った。 ( おにいちゃんのにせもの! )
固まった俺をアッシュは一度訝しげに見たけれど、すぐに身をひるがえして先へ行ってしまった。
揺れる赤い髪が見えなくなっても、俺はその場で立ち尽くしていた。
自然と下へさがった視線は無機質な床を映しながらも、どこも映していなかったかもしれない。
さっきの言葉が意味を伴ってじわじわと自分に染みこんでくるにつれて、俺はようやっと表情を歪めた。
目の奥は熱くなったけど、涙がこぼれる事はなかった。
最悪の模造品。
そりゃそうだ、そうに決まってる。
「……最悪じゃん、俺……」
当然の事だったんだ。
ああもう、あのときの馬鹿な自分を張っ倒したい。
俺はタルタロスのエンジン音だけが響く廊下にがっくりと倒れ込んだ。うう……意外と冷たくて気持ちいい……。
そのままうっかり寝てしまい、のちにジェイドさんに力の限り踏まれて起きました。
ぐ、軍靴って痛いんですよ!?
*
ベルケンド、レプリカ研究施設。
俺達はそんな名前だけで胃が痛くなりそうな場所にきていた。いや、それは俺と大佐だけか。あ、アッシュもかな。
とりあえずレプリカ関係で痛いところがある組は、わりと言葉すくなだった。
あとはイオン様もどこか気落ちした風だし、ガイは相変わらずだしで空気はどこまでも重い。
それだけでも胃痛どころか胃に穴が開きそうな心持ちだっていうのに。
「ジェイド・カーティス! いや……ジェイド・バルフォア博士!」
どうしてこう次から次へと嫌な事が起きるんだろう。
大佐の呪いが変な方向に走っているんだろうか。
またはいっそ全部吐いて楽になってしまえという刑事さん、もといユリア様の思し召しか。
俺はみんなの少し後ろで両手を組んでさりげなく目を瞑りながら、早くおわれ早くおわれと心の中で祈った。
「私は自分の罪を自覚していますよ」
そろりと目を開けて、窺い見たあの人は淡々と言葉を続けていた。
ジェイドさんは決して許しを請おうとはしない。優秀すぎる彼の頭脳は、それが無駄なことだと判断してしまう。
どんなに謝ったって、生物レプリカの存在はなかったことにはならないと、知っている。
強い人だ。
泣きたくなるほど。
「……あんたがフォミクリーを生み出したから、ルークが産まれたってわけか」
憤るようなガイの声にハッとして口を開こうとすると、すぐに赤い瞳に制される。
スピノザと話しているときからこうだ。
とっさに口を挟みかけると、見計らったようにあの赤が俺を刺す。
何も言うな、ということなのだろう。
なにか言えば俺のこともバレてしまうかもしれないから。
そして俺は、何も言わないまま口を閉ざす。
*
みんなの会話にあまり入らなくても済むような位置をキープしていると、隣を歩いているイオン様の顔色の悪さに気がついた。
「イオンさま、本当に大丈夫ですか? 最近ろくに休めてないから、疲れが出たんですかねぇ」
こっそりと話しかけると、青い顔で俺を見上げたイオン様がぎこちなく笑った。
「すみません、ほんとうに大丈夫です。……ところで、リック」
「はい」
「あなたは、驚かないんですね。ジェイドがフォミクリーの発案者だと聞いて」
ぎくんと跳ねかけた肩を無理やり押さえ込んだ。
「ああ! まぁ、なんというか~」
笑ってごまかそう。
高鳴る心臓を騙し込んでへらりと笑みを浮かべる。
「知って、いたんですか?」
即行でごまかしきれなかった。
「いや、その、えぇええ~と」
「リック?」
「…………まぁ、そんな感じです」
引きつりそうになる笑顔のもと、俺は曖昧に頷いてみせた。
幸いというか前にいるみんなには聞こえていないようだし、イオン様には“前に少しだけ話を聞いていた”ということにしておいた。
すると何か考えるそぶりを見せたイオン様の、揺れる瞳が俺を捉える。
「リック、あなたは、」
「はい?」
とりあえず危機を脱した安心で気を抜きながらゆるく微笑んで首を傾げると、何か言いかけたはずのイオン様は少し顔をうつむけた。
「……いえ、なんでもありません」
にごされた言葉を不思議に思いつつも、いつのまにか大佐たちとの間がだいぶ離れていたことに気付き、俺はイオン様の手を引いて慌てて後を追った。