空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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外殻大地編
Act3 - キムラスカまでお願いします


 

 

「へ? バチカル、ですか?」

 

 腕に抱えた山のような書類の束を落とさないように気を配りながら、俺はあまりよろしくない脳みそから何とか地図をひっぱりだした。

 なんでまた両国の緊張感がピークに達しているこの時期に、わざわざ敵国へ向かうのだろうか。

 

「こんな時期だからこそ、ですよ」

 

「はぁ」

 

 ああ今心読まれたとかそんなことはもう気にしない。大佐だからだ。

 

 自分のデスクに腰を下ろした俺の上司は、眼鏡の奥の赤い目をきらりと光らせた。こういうときの大佐にあまり良い予感はしない。

 

「マルクトは平和条約締結に乗り出します」

 

「和平ですか、良い事ですねぇ」

 

「あちらに親書を届ける役目は、中立的立場にあるローレライ教団の導師イオンにお願いすることにしました」

 

 一応大佐の手伝いをしている身として、そういう話が出ている事は聞いていたが、そこまで大詰めの段階だとは知らなかった。

 やけに明るく話す大佐を不思議に思いつつものほほんと返事をする。平和、すばらしい言葉だ。

 

「それでですね」

 

「はい」

 

「私が陛下の名代として同行します」

 

「えぇ!? 大佐行っちゃうんですか!? で、でもバチカルまでならそんなにかかりませんよね。早く帰って来てくれますよねっ」

 

 大佐は実力もあるし陛下に信頼されているから、とにかく仕事が多い。

 グランコクマに置いてけぼり、には確かに慣れているが、それでも寂しくないわけじゃなかった。

 

 まぁその間はイヤというほど大佐の代わりにピオニー陛下の面倒を見なくてはいけないから忙しいが。あの人はどうして出入り口を完全封鎖しても脱走できるんだろう。

 

「俺 待ってますからっ、絶対元気に帰って来てください!」

 

「ははははは、何を言いますか」

 

 にっこりと音が聞こえてきそうな笑顔だった。

 

「あなたも行くんですよ」

 

「……俺もですか!?」

 

 驚いた拍子に書類が落ちそうになって、慌てて抱え直そうとしてデスクに突っ伏す。

 大佐はそこから一番上にあった書類の束を抜き取った。ぺらぺらと中身を流し見ながら、呆れたような溜息を零す。

 

「私としてはなんで行かない気だったのかが物凄~く不思議ですねぇ。あなた誰の部下ですか?」

 

「政治の場にご一緒させていただく機会が少なかったんで……今回もそうなのかと……」

 

 俺の仕事は大佐の手伝いだから、大佐が行くところならおおむねついていくが、政治関係の場となると留守番を言い渡される事が多い。

 大佐いわく、黙っていられるならいいがいつもの調子でビビられてはマルクトの恥、だそうだ。反論できないのでそういうとき俺はおとなしく留守番をしている。

 

「今回はあなたも一緒です。用意が出来次第すぐ発ちますから、準備をしておくように」

 

「あ、はい。……バチカルまで親書を届けに行くんですよね?」

 

「そう言いませんでした?」

 

 大佐のお供といえばまず戦場。デスクワーク以外に与えられる仕事もほぼ戦場。または現地調査(魔物だらけ)。

 そんな心臓によろしくない職場から束の間の脱出。

 

 平和な任務。最高だ。

 

「じゃあ俺たちは平和の使者ってやつですね!」

 

「まぁそういうことです」

 

「平和、平和の使者! いいですねぇ!いい響きですねぇ!」

 

「ええそうですね」

 

 おそろしく重い書類の山さえ軽くなった気がした。

 

 このとき浮かれ舞い踊る俺を見る大佐の笑顔がいつも以上にうさんくさいことに気付かなかった、それが最大の敗因かもしれない。

 

 

 

 

「そこの辻馬車! 道をあけなさい!」

 

 タルタロスのブリッジ。

 涼しい顔で立つ上司の足にしがみつきながら、俺は涙目で叫んだ。

 

「大佐の嘘つきー!」

 

 平和、もとい和平に行くんじゃなかったんですか。なんで俺たち盗賊団とカー(?)チェイスしてるんですか。

 メインモニターの端に映った辻馬車が急いで避けるのが見えた。

 ああ、ごめんなさい一般の人。悪いのは俺じゃないんです、この無茶な大佐なんです。

 

「別にいいじゃないですか! 今じゃなくていいじゃないですかぁ!」

 

「せっかく見つけたんだから捕まえておきましょう」

 

 せっかくってそんな簡単な。

 和平に行くついでに盗賊団も捕縛しておこうかって、お醤油買いに行くから塩も買っていこうってのとはワケが違うじゃないですか。

 

 さっきは正体不明の第七音素がどうとか言っていたし、どうも不吉な感じがする。平和じゃない和平交渉の道中なんて俺は嫌だ。

 

「和平交渉に行くっていうなら俺達も平和に行きましょうよ! 平和が一番ですよ!」

 

「嫌ですねぇ、すでに平和だったら和平交渉なんて必要ないじゃないですか」

 

 何か今この上なく不穏な言葉が聞こえた。

 いや、言葉自体はもっともだ。確かに平和じゃないから和平しに行くに違いない。

 だけどその言葉の裏にもっと深い意味が潜んでいるような気がした。

 

「た、大佐。俺たち和平に行くんですよね? それだけですよね? べ、別に危ないこととかないですよね!?」

 

「はっはっは」

 

「大佐ー!?」

 

 白々しい笑い声を上げる大佐に詰め寄るより先に、けたたましい警戒音が艦内を揺らした。

 

「橋が爆破されます!」

 

 てきぱきとした大佐の指示がブリッジに響く。

 ついでにそれを掻き消すくらいの声で、爆発ですよ危ないですよ死んじゃいますよと泣き叫んでいたら大佐に蹴り飛ばされました。

 

「少し頭を冷やしなさい。大丈夫です、死にません」

 

「はぃいい……」

 

 きっぱりと断言する大佐の静かな声に、俺は少し安心する。

 とりあえず場違いにもジェイドさんカッコイイと男惚れ出来るくらいの余裕は出来た。そして大佐には物凄くうざそうな顔をされた。

 

 気を取り直して、譜術障壁を張る手伝いをするため空いていた椅子に座った。

 出発前に叩き込まれた知識を引っ張り出しつつ目の前のパネルを叩いていく。

 

 いつもは素人の俺が下手なことするよりはるかに安全だと専門の操縦士の方々に任せっきりなのだが、なぜか今回は必要最低限の操縦の仕方を覚えるように言われた。

 お忍び任務で乗員数が少ないからだろうか。補欠はいるに越したこと無いのかもしれない。

 

「譜術障壁 展開!」

 

 船員の誰かの、いつもより硬い声が聞こえた。

 とはいえタルタロスの性能は普段お世話になっている俺たちが一番よく知っている。船内にさほど緊迫感は無い。

 

 だけど、だけど、

 

「やっぱ怖いです大佐ぁーッ!!」

 

「ハーイハイ、うるさいですよー」

 

 心の準備も整わないままに、タルタロスは爆炎を上げた橋のほうへと突っ込んでいった。

 

 

 




▼リックは称号『平和の使者?』を手に入れた!

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