空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken- 作:甘味RX
たくさん考えた。
ヴァン謡将の目を見てから。
アクゼリュスの崩落を目の当たりにしてから。
ルークさんから目をそむけてから。
これまで考えもしなかったようなこと。
前から考えていて、でも答えが出なかったこと。
考えて考えて考えすぎて、ちょっとした知恵熱を出して大佐にスプラッシュで冷やされるくらい考えた。(いつか聞こうと思うのだが俺の
色んなことを、たくさん、考えた。
でも答えが出た事は何もなかったけど、ひとつだけ、気付いたんだ。
『 ―― 俺は悪くねぇ! 』
俺があの赤に抱いた既視感の正体に。
港の入り口で突然足を止めた俺を、みんなが振り返る。
その視線を一身に受けて震えだしそうになる足を押しとどめて、顔を上げた。
「あの、俺」
「リック?」
イオンさまが不思議そうに首をかしげるのを見ながら、混乱する頭から言葉を拾い上げていく。
「ずっと考えてたんです、ルークさんのこと。ルークさんの気持ち。なんで俺が……」
そこで一度ぐっと息を飲んで、続けた。
「なんで俺が、知ってるような気がするのかなって」
誰かの気持ちなんて分かるはずが無いのに、デオ峠やアクゼリュスでの彼に近いものを感じた、その理由を。
「やっと思い出したんです。あれは、マルクト軍に入る前の俺だ」
あのときはルークさんの目的も分からなかったし、なにぶん昔のことで、ずっと思いだせずにいたが間違いない。
俺は生まれたあと、大佐のはからいで城内の一室を与えられ、ただぼんやりと日々を過ごしていたけど、最初に見た赤い瞳だけは忘れられなかった。
とても辛そうな顔で自分を見た人。
世話をしてくれていたメイドさん達の会話を漏れ聞いて、つたないながらも自分の中にある情報と一致させていき、彼が“ジェイド”というのだと知った。
少しして、あの赤が自分を迎えに来てくれた。
そこで太陽みたいな青と出会って、俺はもう少し人間らしい生き方を始めたものの、ジェイドさんやピオニー陛下はとても忙しい身分の方で。
広大な城の中。
俺はまた日々をぼんやり過ごしていた。
だけどあのときと違い、大切な光に出会った俺の中には確かに自我が芽生えていた。
いや、でも、自我は最初からあったのかもしれない。怖かったのとかジェイドさんのこととかは覚えているわけだし。じゃあこのときのものは、自我というより、自立心だろうか。いやいや閑話休題。
「メイドさんは慌しく働いている中で、俺、ひとりでボケッと突っ立ってて。自分の存在がないみたいに周りだけで進行していく時間が、怖かったです」
みんなにこんな話をしても訳がわからないだろうに。正直俺だって何を話してるかよくわかってない。
だけどジェイドさんは、その赤い瞳でまっすぐ俺を見ていた。
さらに言うと先頭に立っていたアッシュもこっちを見ているのだが、視線が鋭くてものすごく怖い。
「ええと、だから、“何もすることがない”って、“何かしなくちゃいけない”より怖かったんです!」
色んな緊張が高まって涙目になりながら声を上げると、アッシュがギュッと眉間の皺を深めた。ひぃ。
「……で、お前は何が言いたいんだ」
思わず身構えた俺の耳に届いたのは、とりあえず必殺技じゃなくて言葉だった。体の硬直を少し解く。
そうだ。言わなきゃ。
「お、俺、それを、思い出して。そうしたら気付いたんです、……あの人はずっと言ってたんだ」
『 俺は親善大使なんだぞ! 』
あの人は、ルークさんはあれしか方法を知らなかった。ああするしか知らなかったんだ。
「理解できるとか、出来ないとか、そういうことじゃなくて、大事なのはそこじゃなくて」
ルークさんの取った行動は、きっと良くないものだったんだろう。
気持ちはちゃんと伝えなきゃいけない。
相手は、なにもかもを察する事はできないから。
でも、彼が何を伝えたかったのか、俺はようやく気づく事が出来た。
全てを察する事はできないけど、もし気付いたなら、受け取らないと。
「こっちに来て、目を見て、話して欲しい。悪い事をしたなら、ちゃんと怒ってほしかったんです」
受け取りたいと、思った。
「そんな気持ち、俺知ってた。感じた事がたしかにあったのに、なんで忘れてたんだろう」
ただ生きているのが怖かった。
ただ生きていることで、時折窓から見えるジェイドさんの背中がどんどん遠くなっていくのが、とても怖かった。
だから少しでもジェイドさんに近づきたくて俺は軍に入ったんだ。
忘れていた、大事な最初の気持ちをかえりみると同時にまた気付く。
ルークさんにとってのヴァン謡将は、俺にとってのジェイドさんと一緒なのだと。
そう思うと目の奥がじわりと熱くなった。
「俺っ、ルークさんに……」
言いかけて、ふと言葉を切る。
ルークさんに、どうする気だ。
謝るのか?
(だって寂しいとかそんなのちゃんと言ってくれないと分かんないよ)
謝らせるのか?
(だけど俺 あの人から目を逸らした。言葉にする機会をあげなかった)
違うだろう。
そうじゃない、俺達に必要なのは。
「大佐っ、俺、ルークさんと喧嘩してきます!!」
子育てで一番大事なのは会話です。
というわけでもういっかいチャンスをください神様。
俺たちがあのときしなきゃいけなかったのは、ちゃんと喧嘩をすることです!
力いっぱい言い切った俺に、大佐は冷やかな目を向けた。
「無駄足かもしれませんよ」
「それでも、行きます。ぜったい喧嘩してみせます!」
折れそうになる心を叱咤して言い返すと、大佐はすいと身をひるがえした。
慌てて後を追いかけたアニスさんが、いいんですか、と大佐に言っているのが聞こえる。
大佐は何も答えなかった。
「リック、本当によろしいんですの?」
「はい! ……じゃなかった。あ、ああ! 気にしないで行ってくださ……くれよ!」
未だにナタリアさんへの敬語なしに慣れていない俺に彼女は呆れたように笑って肩をすくめ、荷物の中からいくつかのグミを手渡してくれた。
回復役がいないのだから怪我には気をつけるようにね、と言って、まだ少し心配そうにしながら先に行った大佐の後に続いて歩き出した。
そういえばアッシュもすでにいない。
別れを惜しみたいとは言わないけどこれはこれで哀しいものがあるなぁ。
「リック、気をつけてくださいね」
「あ、はい、イオンさま」
ほんのり寂しがっていた俺を察してかイオンさまも声を掛けてくれた。
そして去り際、ルークをお願いします、と呟いた彼に、俺は強く頷いて見せた。
まかせて、ください。
誰もいなくなったその場所で、俺は一度 深呼吸をしてから、みんなとは違う方向に向かう船があるところへと走った。
目指すはアラミス湧水洞。ということで、まずはダアト港まで行かないと。
先にベルケンドを発ったガイの姿を探してみたけれど、あの人のいい後姿は見当たらない。
もしかしたらまだいるかと思ったのに……。
ダアト港行きの船の前でひとりたたずむ。
「…………」
大佐もいない。ルークさんもいない。
そんでもってガイまでいない。
これって、あれ、俺、すごい寂しい。
いや、いやいやへこたれるな俺!
寂しくて死にそうなくらいなんだ!
さ、さびしいくらい……。
…………。
「ジェイドさぁ~ん……」
俺は早くもへこたれそうです。