空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken- 作:甘味RX
いやぁ大変な船旅だった。
突然の嵐に見舞われたかと思えばその嵐の原因が実は謎の巨大イカ型魔物のせいで、まさかそいつに船を沈められそうになって船長と一緒に戦うはめになるとは思わなかった。
あそこで船長のマグナムパンチがなければ今ごろ俺も海の藻屑だったところだ。ありがとう船長。
海ありイカあり山ありで、ようやくたどり着いたアラミス湧水洞。
その入り口で見つけた人の良さそうな後姿に、俺は全速力で飛びついた。
突然の衝撃を受けてとっさに剣を抜きかけたガイは、背中にへばりつく俺を視認するとぎょっと目を丸くした。
「リック!? お前なんでここに、」
「アホかお前なんでこんな行動早いんだよ! フットワーク軽すぎるんだよ このナイスガイ! まったくもう寂しいだろやっと会えた!!!」
ガイの疑問に答える余裕もなく一気にまくし立てる。
あまりの安堵にこれまで保っていた他国の人に対する最低限の礼儀もかなぐり捨てた俺だったが、怒る事無くむしろ慰めてくれたガイに涙が止まらない。本当にいい人だ。
「……で、どうしてここにいるんだ? ジェイドの旦那はどうした?」
体育座りですすり泣く俺の頭を撫でながら、ガイがもう一度聞いてくる。
もはや俺はガイに二十五歳と思われてないようだ。扱いがすでに幼児仕様。
いや合ってるけど。中身はそうだけど。
「ジェイドさんは、いない。俺だけで来たんだ」
「そりゃまた珍しいな。どうしたんだ?」
「……ルークさんを、待ちに来た」
言って、ず、と鼻をすする。ここまで本気で寂しかったんだよ。
すると中々戻ってこない反応を不思議に思って顔を上げると、ガイは目を皿のように見開いたまま固まっていた。その顔を見て今度は俺が目を丸くする。
ずっと一緒に旅をしてきたけど、ガイの“素の反応”というやつを見たのは初めてかもしれない。
別に普段が嘘っていうのじゃない。ガイは本当に優しいやつだ。
だけどどこかでへだてられていた皮一枚が、今この瞬間、無くなっていた。
でもその皮っていうのは、人が円満に生きていく上で必要な礼儀や常識なんだと思う。誰もが持っている、だけど少し色の違うガイの皮。
何も言わないガイを見上げて、俺は言葉を続けた。
「俺もルークさんが戻ってくるのを待ちたい。それで、ルークさんとケンカをするんだ」
「……喧嘩ぁ?」
そこで初めてガイの表情が崩れる。
ガイはそのまましばらく呆気にとられたように俺を見ていたけれど、やがて、顔一杯でくしゃりと笑顔を浮かべた。
初めてみる本当の笑顔。子供みたいな笑い顔。
俺の顔も自然と緩んでいく。ああ、やっぱり、ガイにはそういうのが似合う。
「喧嘩ってお前、ハハッ、そっかそっか!」
ガイはすごく嬉しそうにそう言って、座り込んだままだった俺の手を引いて立たせてくれた。
俺達は二人で顔を見合わせ、にかりと笑いあう。
(さぁ、あの小さな子供を迎えに行こう。)