空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken- 作:甘味RX
「俺、レプリカなんだ」
口にした瞬間から、襲いくる色んな恐怖と緊張に表情を硬くしながらみんなの反応を待つ。
少しの間、場にしんと静寂が流れた後、ルークが困ったように笑った。
「別にいいんだぜ。そんな気を使って嘘つかなくても……」
「おいおい、慰めるにしたって見当違いじゃないか?」
続けてそう言ったガイも、笑いながら宥めるように俺の肩をぽんと叩く。
慣れない緊張の連続で段々とガタがきはじめた脳が超高速で混乱を始めるのを感じながら、どうにか信じてもらおうとガイの手を落として改めてみんなに向き直った。
「嘘じゃなくて! え、えと……だからっ、俺は本当にレプリカで! 大佐に作ってもらったんだけど面倒みてもらったりして、グランコクマで十年経ってジェイドさんはカレーはどちらかというと辛口が好みなんだけどかといって甘いものが苦手なわけでもないらしくパフェみたいなのもたまに食べてるんですよ!!!」
「リック! 落ち着け!!」
顔を真っ赤にしてゼェハァと息をつく俺の両肩を掴んで軽く前後に揺するガイの横から、ティアさんが静かに俺の顔を覗き込んだ。
「……本当なの?」
どこまでも真っ直ぐな青の瞳。
それはヴァン謡将と同じ色。だけど彼女の目は、あの人とは違った。
“俺”を見てくれている青。
ぐっと唇を噛む。
言葉を待ってくれているみんなの顔を見ながら、脳裏を過ぎるのはずっと昔。
あまり俺の行動に干渉することのなかったジェイドさんが、ただ唯一 告げた言葉。
『 自分がレプリカだということ、フォミクリーのことは、誰にも言ってはいけません。いいですね 』
このときまだ赤ん坊同然だった俺は、その意味をよく分かっていなかったけど、
それでも彼がとても真剣に言ったから、それは守らなくてはいけないことなんだと思った。
少し時が経って、意味を“本当に”理解してからは、なおさらその重要性を感じた。
その言葉の重さを、忘れてはいないけど。
「……はい。俺は十年前、ジェイドさんがおこなったフォミクリー研究の一環として作り出されました」
ごめんなさいジェイドさん。
でも俺、はじめて話をしてみたいと思ったんです。
この優しい人たちに嘘をついたままでいるのは嫌だと、ちゃんと本当のことを話したいと、思ったんです。
それから、ジェイドさんに作られて、今まで面倒を見てもらっていたことなんかをざっと話し終えると、驚いて息をつくガイとティアさんの間でルークだけはなぜか納得したように、それでアッシュにあんなこと、と呟いているのが聞こえた。
そのことに首をかしげるより先に、ガイが「そういえば」と言うのが耳に届いたので、はたとそちらを向く。
「俺も不思議だとは思ってたんだよな」
じっとこちらを見る空色の瞳に、思わず数歩 あとずさる。
「な、なにがだよガイ。俺なんかボロ出してたか?」
そうだとしたら大佐に怒られる。
ばれるような事はするなとあれだけ言われていたのに。いや、たった今レプリカだって暴露しておいてなんだけど。
「ああ、いや、旦那がさ。リックのこと“あの子”っていうだろ?」
脅える俺を見て、ガイがからりと笑った。
「見た目二十代半ばの男に向かって妙な言い方するなって思ったんだよ。まぁ確かにジェイドよりは年下だろうしと思って、一応納得してたんだけど、そういうことだったのか」
ガイは最後に、そんなわけで別に怪しいところがあったわけじゃないから気にするな、と付け足した。
大佐からしたら俺はまさしく十歳児だからなぁ。
いつか一人前に扱ってもらいたいと思わないでもないけど、そうするにはまず一人前の兵士として戦えるようにならなきゃいけないので、微妙なところだ。
それにしても、と隣を歩くガイと、少し後ろを歩くティアさんを窺い見た。
俺がレプリカだと知っても、ルークと同様に二人は何も変わらず接してくれている。そう思うと胸の奥がじんわりと暖かくなるのと一緒に顔も熱くなった。
「にしても、ルークのやつ、なんか感じが変わったな」
赤くなっているであろう顔をごまかすために慌てて俯いた俺の耳に、ガイの呟きが届く。
確かにそうだ。前を歩くルークをちらりと見やる。
ガイの言うようにちょっと後ろ向きすぎてる感はあるけど、今の赤には少し前までの暴力的な気配がまったくない。
代わりに、柔らかくなっただろうか。前よりも優しい赤。
昔の“ルークさん”だって俺は好きだったけど、でも、今の“ルーク”のほうが、なんだか良い感じだ。
彼らしくなったというか、たぶん、これがルークの素なんだろう。
ずっと色んなものでガチガチにコーティングされていたけれど、きっとこっちが元々の“ルーク”なんだ。……ほんと、今ちょっと後ろ向きになりすぎてるみたいだけど。
まあ後ろ向き加減ならどっこいどっこいだ。
全力でバック走人生は俺だって負けてない。
それに、ルークには。
「ガイがいるじゃない、理解してくれる人が」
「キミもいるしね」
思考に割り込んだ優しい声に、俺は口元を緩めた。
ルークには、見守ってくれる人がいる。
なら、いつか絶対前を向けるはずだ。あの綺麗な翠の瞳で。
「それに、お前もな。リック」
「…………へ?」
突然の言葉に驚いて顔を上げる。
そこで柔らかく細められた空色と青色がしっかりとこちらを捕らえていることに気付いて、俺はまた血が上にのぼっていくのを感じた。
何か言おうと思っても、口は金魚のようにはくはくと空気をはむだけで、何も音にはならなかった。顔を真っ赤にして俯いた俺を見て、二人がまた笑ったのが見えた。
そして話している間に少し離れてしまったルークを追ってまた歩き出した二人の背中を眺めていたら、ふと思った。
「ガイとティアさんって、ルークのお父さんとお母さんみたいだ」
今度 驚きの声を上げたのはティアさんだった。
へ、とか、え、とか上ずった声が場に響く。
「わ、私そういうわけじゃ……!」
慌てるティアさんの隣では、なぜかガイが苦笑していた。
そんな二人の反応を不思議に思いながら、俺はなんとなく思い立った事を口にしてみた。
「そうすると、俺のお父さんってジェイドさんかなぁ」
いつぞやベルケンドでアニスさん達が話していたことを思い出す。
ルークの父親はジェイドさんか、って話になったけど、フォミクリーをかけたのはヴァン謡将だから、ヴァン謡将がルークの父親ってことになるんじゃないか、ってことだったっけ。
「……ジェイドがお父さん、ねぇ」
俺の言葉を受けて、ガイが渋い顔で唸った。
「でもさっきの話からするとリックは正真正銘、大佐に……作られた、わけだから、そうなるのかしら」
つくられた、のところだけちょっと言いづらそうにしながら、ティアさんが続ける。
俺は理論からフォミクリーからジェイドさんの手によるものなワケだから、やっぱりジェイドさんなんだろうか。
ジェイドさんが父親。
考えたらニヤリと口元が勝手に弧を描いてしまい、慌てて引き締めた。
「んじゃー、そうなると母親は誰なのかねぇ」
作られた云々を気にしていない俺の様子を見てから、ガイが愉快げに笑ってそう言った。
(母親……)
脳裏をザッと過ぎる、ブウサギに囲まれた例のイイ笑顔。
「いやいやいや」
「リック?」
即座に首を横に振る俺を不思議そうに見たティアさんに、何でもないとちょっと引きつった笑みで返す。
そう?と首をかしげてまた前を向いたティアさんの後ろを歩きながら、俺は少し考えた。
ジェイドさん。ピオニーさん。
お父さんとか、お母さんとか、そういったくくりにはやっぱり出来ないけど、大切な人たち。
(どうしてるかな)
陛下は、いつもどおり仕事をサボって大臣たちを困らせているだろうか。
でもアクゼリュス崩落の件もあるし、そんなにゆっくりは出来ていないかな。部屋はちゃんと片付けてるかな。
大佐。
大佐は、どうしてるだろう。
あの人の性格からして本気で俺をおいてグランコクマに帰ってそうだ。
ルークにも言ったことだけど改めて考えてちょっとヘコむ。
湧水洞を抜けたら、……寂しいけどルークたちにお別れをして、急いで大佐を追いかけよう。
それで俺の存在を忘れられる前にグランコクマに戻らなくちゃ。これが冗談ですまないあたりがなお哀しい。
哀愁に満ちた溜息をつきながら、俺は少し走ってルークの隣に並んだ。
短い間だけど、少しでも長く近くいっしょに居よう。
先に見え始めた光に、目を細めた。
もうすぐ出口だ。