空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken- 作:甘味RX
ルーク視点
周囲の様子に気を配って歩きながら、俺はちらりと後方を歩く青い軍服をうかがった。歩調を緩めてそいつの隣に並び、おそるおそる声を掛けた。
「なぁ、ジェイド」
「なんですか」
淡々と返された言葉を聞いて、そういえば前にもこんなことがあったなと考える。
タルタロスであいつとはぐれた後だ。ティアの言葉じゃないけど、あのときとは本当に色んな事が変わった。
「あのさ、なんでリックを置いてきたんだ?」
ここへ突入する前に、消滅しそうなほど泣き崩れていた男を思い出しながら問うと、ジェイドはいつもの人を小ばかにする顔で肩をすくめた。
「八割方言葉どおりです。この状況であんなの連れて歩けませんよ」
「ハハ……」
言葉、というのはぐずるリックに寒気がするほど良い笑顔で告げていたアレだろう。俺はまったく関係ないのに逃げ出したくなったほどだ。
「え、え~っと、じゃあ後の二割は?」
途切れかけた会話に焦って、俺は適当に言葉を継いだ。
実のない問いだと一蹴されるかと思いきや、ジェイドはふと真顔になって息をついた。
「一応、信託の盾の総本山ですからね。これはあなたにとっても、でしょうが……どうも鬼門のようですから」
彼にはめずらしいぼやかした物言いに、何の事かと必死に頭を働かせる。
考えの末に、脳裏にちらついた人影があった。
「
「ええ」
即座に返された肯定に思わず目が丸くなる。
しかし、俺にとっても、というところから考えてヴァン師匠に行き着いたが、よくよく考えればなぜ師匠がリックの鬼門なのだろうか。そういえば師匠が一緒のときはなぜか隅のほうにいたような気もするけど。
なんだか、よく分からないけれど、
ジェイドはジェイドなりにリックを心配してるんだろうか。
「ああ、この話本人にはしないでくださいね。ジェイドさんが俺のためにーとか舞い上がられるとウザイんで」
……心配、してるんだよな?
*
「グランコクマに行くんですか!?」
突然きんと響いた声に、俺は慌てて過去へ飛ばしていた思考を引っ張り戻した。
見ればリックが目を爛々と輝かせてイオンに詰め寄っている。そのあとすぐジェイドに首根っこ掴まれて回収されていたけど。
「やっと帰れるんですねぇ大佐! 長かった、長かった! ピオニー陛下! フリングス少将! ゼーゼマン参謀総長! 俺の愛するグランコクマー!!」
「やかましいですよ」
頬を紅潮させて涙ながらに叫ぶリックの首根を掴む手を、ジェイドが笑顔でキュッと引く。同時に聞こえてきた、ぐえっという短い悲鳴。
そんな二人のやり取りを見ながら、俺は静かに息をはいた。
確かにただの上司部下にしては砕けた関係だとは思ったが、こうして見ている限りでは、“フォミクリー発案者とレプリカ”なんて構図はちっとも浮かんでこない。いや、そうそう浮かばれても困るけど。
……事実を知った上で見れば、リックの態度については分からないでもない。
自分を(嫌な言い方だが)つくってくれた人、なわけだし、そうするとやけに懐いているのも頷ける。
よく分からないのはジェイドのほうだ。
これまでの様子を思い起こすかぎり、ジェイドは生物フォミクリーを生み出した過去の自分をかなり嫌悪していたようなのに、その嫌な記憶の集大成ともいうべきレプリカであるリック(俺もか)を、どうして傍においているんだろう。
まぁ傍に置いてるというか、近くにいるのをギリギリ許容してるという感じだけど。
ともあれジェイドのほうは、リックという存在をそんなに気にしてはいないらしい。
報われないなぁアイツ、とジェイドに引きずられていく男を遠い目で見やった。
そしてダアト港を経由し、俺達は一同グランコクマへ向かっていた。
正確には、戦時中 要塞都市と化すグランコクマへ安全に入るために、ひとまずローテルロー橋へ。
波に揺られるタルタロスの艦内。
俺たちしか乗っていないこの中では、普通の旅路同様、持ち回りで例の任務が課せられる。
「……ん~……」
仁王立ちで、目の前の簡易キッチンを睨みつける。今日の食事当番は俺だった。
悩みに悩んだ末、思い至ったある計画。
俺はぱっと顔を輝かせて紙にいくつかの料理名を書き上げていったが、ある部分に差し掛かったとき、ペンが完全に動きを止めた。
唸りながら、また悩んで、悩んで、考えた末。
紙とペンを手にして給湯室から走り出る。
そのまま馬鹿広い艦内を探し回り、ようやく見つけた目当ての人物は甲板で休憩中だった。
手すりを軽く掴んで、外を流れる風景を見下ろしている後姿に声を掛けた。
「ジェイド!」
「おや……ルーク」
振り返ったジェイドはいつもの仮面みたいな笑顔で俺を見た。
俺はずかずかとその目の前まで歩み寄って、真っ赤な目を見返す。
「なあジェイド! リックの好物ってなんだ!?」
握りこぶしを作りながら開口一番そう問うと、ジェイドは一度目を丸くして、それから呆れたように鼻で笑った。
「なんですか? 突然」
「えぇえと、ほら、俺みんなにすげぇ迷惑かけたから! その、小さなことだけど、食事当番のときくらいみんなの好きな料理を作ってあげたいなって思って」
「いいえルーク気持ちだけで大変結構ですからとにかく食事のときくらい食物を作ってあげてください」
「俺、料理するっつったろ!? 石版作るとか言ってねーだろ!? なんだそのコメント! あーもう悪かったな下手で!!」
「自覚があるのは良い事ですよ」
「うるせぇ!!」
反射的に怒鳴り返してそっぽを向いてしまったが、すぐに当初の目的を思い出し、少し振り返ってジェイドのほうを見た。
「……ティアとか、ガイとか、みんなの好きなもんは知ってたんだけどさ。リックが好きなもの、って俺よく考えると知らないんだ。ずっと一緒に旅してたのに」
どれだけ思い返しても、浮かんでくるのはビビッてるアイツや、死ぬほどビビってるアイツや、俺がちょっと声を掛けてやっただけで何かとても嬉しそうに笑うアイツ、だけで。
「前の俺、知ろうともしてなかったから。……ほんと何も知らなくて。分かるのは、とりあえずジェイド、みたいな」
「居酒屋のように言わないでくれますか」
だってリックといえばジェイドというか。
するとジェイドはひとつ溜息をついてから、指で眼鏡を押し上げた。
「まぁ、教えても構いませんよ」
「本当か?」
「最低限、食物の形にしてくれれば」
「しつこいよ!!」
肩をすくめて口を開こうとしたジェイドに、俺は、待って、と言って用意しておいた紙とペンを取り出した。
準備を整えたこちらの様子を目の端で見やってから、ジェイドが今度こそ口を開く。
「サーモン」
「うん」
「トウフ」
「うん」
こくこくと頷きながら、俺は言われたものを必死に書き取っていく。
「カレー、クリームパフェ、エンゲーブ風パスタ」
文字を書いていた手が、止まる。
「あとこれは最近ですが、チキンとエビも好きになったみたいですね」
それに食物としてではありませんがブウサギも好きです、と付け足しているジェイドの顔を、まじまじと見返した。
「……どこかで聞いた事があると思いませんか?」
しょうがないですね、と声が聞こえてきそうな苦笑だった。
「まったく、趣味嗜好が主体性に乏しいんですよね。そろそろ“自分”の好きなものを探してもいいと思うんですが」
そう言うジェイドの声が、なんだか柔らかくて。
これ以上ないくらい目を見開く俺に彼はめずらしく気付かずに、笑った。
「あなたの作ったものなら何でも喜びますよ、あのバカは」
なんだ、ジェイドはリックを気にしてないんじゃない。
ともすれば寄りかかりきりになってしまいそうなアイツをけっとばして、後ろ向かせないように、無理やり歩かせて。
ジェイドはジェイドなりに、自分が生み出した存在を見守ってる。
二人の、見た目以上にずっと不器用な関係が、少しだけ見えた気がした。
「だから世間一般で料理と呼ばれるものをお願いします」
「ほんとしつこいなお前!!」