空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken- 作:甘味RX
「すみません! 長めの茶髪でキレイな赤い目をした一見人が良さそうだけど笑顔は意地の悪そうなマルクト軍人を見ませんでしたか?」
こう聞いたら一発でした。
教えてもらったローズ夫人邸に向かって歩きながら、泣き言を零す。
ちょっと下艦に手間取っている間に先に行っちゃうんだもんなぁ。
和平交渉の途中、親書受け渡しのため立ち寄った村エンゲーブ。
ここはとてものどかな農村だと聞いていたのだが、どうも空気がぴりぴりしている。殺伐とした農家の方々なんて恐ろしいことこの上ない。
食べ物にまで作る人の苛立ちがうつってしまいそうだ、と俺は思ったが、さっき収穫をしていたおばさんにおすそ分けしてもらったトマトはとても美味しかったので、あまり関係ないらしい。
後は元々みなさん優しい人なのだろう。
ただちょっとだけ気に掛かることがあって、ちょっとだけ殺気が漏れているだけかもしれない。
俺としてはちょっとの殺気でもかなりびびるので早く温厚な皆様に戻って欲しいところだが。
通り道にあった飼育場にいたブウサギになごみながら、すぐそこに見えてきた家へ足を進める。
やっぱりブウサギは可愛い。でも食用だと思うと少し切ない。
ああ、どこかで陛下におみやげを買って行こうと思っていたけど、へたなものよりもブウサギを一匹つれて帰ったほうがよっぽど喜ぶ気がする。
だけどそうしたら名前をリックにされてしまうかもしれない。嫌ではないけど、微妙だなぁ。
つらつらと考え事をしながら、目の前に迫った玄関に手を伸ばす。
しかし俺が触れるより早くノブが勢いよく回ったことに気付いたのは、がつんという鈍い音と鋭い衝撃が脳天を突き抜けてからだった。
『へぇ、これが』
興味津々と自分を覗き込んでくる青の目。
不快ではない無遠慮さを滲ませたその人間に、どうしたらいいか分からなくて、俺は青い軍服の後ろに隠れた。
しっかと背中にしがみつくと、触れていなければ分からない程度に体が揺れる。
俺がしがみついたり、後を追ったりすると、彼はそういう反応をした。いま顔を見上げれば、きっとこういうときにいつもする怒ったような硬い表情があるはずだ。
思えばこのときの俺たちはお互いに分からない事だらけだった。
手探りで初めての感情につける名前を探していた。
青い目の人間はそんな彼を見てひどく嬉しそうに口元を緩め、次にまた俺を見た。
そして今度は視線を合わせるようにしゃがむ。
自然と体がびくついたが、気にする事無くまじまじと俺を眺めた人間は、ニカッと太陽みたいに笑った。ふいに全身の力が抜ける。
『決めた、お前の名前はリックだ』
そうして俺は、真っ赤な光と、真っ青な太陽を見つけたんだ。
はっと目を開けてまず飛び込んできた青い瞳に、俺は一瞬 自分がどこにいるのか分からなくなった。
だけど次に薄茶色の長い髪が見えたから、陛下またサボりですかと口をついて出そうになった言葉を飲み込んだ。
よく見れば瞳の青も陛下のものより柔らかい。ていうか、女の子だった。
「大丈夫ですか?」
心配そうに俺を覗き込む女の子を見返しながら、俺は数度おおきく瞬きをした。
何が起きたんだろう。
とりあえず分かるのは激しく額が痛いということだけだ。
「俺、どうしてこんなとこで寝てるんだっけ……?」
「あ、その、それは、私たちが」
女の子は少しだけ顔を赤くして慌てはじめる。
可愛いなぁなんて見当違いのことを考えつつ上半身を起こしながらめぐらせた視線の先に、俺はあざやかな命の色を見つけた。
赤だ。赤い髪。真っ赤な髪。
大佐の目と同じ色の、髪。
それにひそかに見惚れつつ、目の前の女の子に意識を戻す。
彼女が説明してくれたところによると、中からあの赤い髪の彼が思い切りよく扉をあけたところに、ちょうど俺がいたらしい。
間の悪さは天下一品だと昔大佐に言われたのを思い出す。
「それでかぁ。どうりで額がおそろしく痛いと思った」
「本当にすみませんでした。ルーク、あなたも謝りなさい」
赤毛の彼は突然の言葉にびくりと身を震わせた。
痛いくらい真っ直ぐな青が、揺れる翠を見据える。
すると先ほどから何かの形に開きかけていた口が引き結ばれ、怒ったように顔が歪んだ。
「なんでオレが謝るんだよ」
「あなたが開けた扉が当たったのよ」
ああ。
自分の中で何か ぱちんと弾けた。
なるほど、そうか。自然と口元が緩んでいく。
泣きそうに怒鳴る。
視線は鋭い、けどずっと見ているのは俺の額。
ひらきかけて閉ざされる言葉。
「ルーク!」
咎めるように名を呼んだ女の子を制して、俺はすくっと立ち上がる。
服についた砂や草を適当に払ってから彼と目を合わせ、出来うる限り明るく笑ってみせた。いま俺も陛下みたいに笑えていればいいなと思う。
「俺、根性とか勇気はないけど体は丈夫なんだよ。いっつもバカやっちゃって譜術とかバンバンくらってるけど、それと比べればこれくらいなんてことないし!」
きっと彼も、ジェイドさんと同じ、不器用な優しい人。
「だから、気にすんなよっ」
必死に言い募ると、あっけにとられたように俺を見ていた彼がふと表情を崩した。
「……そーかよ」
あいかわらず仏頂面だけど、すこし、すこしだけ耳が赤い。不機嫌そうな目が俺の額を見て、すぐに顔ごとそらされた。
それはとてもへたくそな、「ごめんなさい」。
どこか既視感を覚える反応ににやけていると、布越しの手の感触。
驚いて見ればあの女の子が申し訳無さそうに俺の額に触れていた。
「ごめんなさい、連れがあんな態度で。ああ……少し切れてるわ」
そっと傷に手をあてがった彼女がなにやら譜歌を唱えると、さっきまであった額の痛みが嘘のように引いていく。
彼女は第七音譜術士なのか。へぇ。
感心する頭の裏側で、なにか思い出さなきゃいけない事があったような気がして考えをめぐらせるも、これといった情報が出て来ず、まぁいいかと疑問を投げ捨てる。
「ありがとう、二人とも本当に良い人だなぁ。大佐とはおおちg 」
「……おい、あんた生きてるか?」
どこからともなく飛んできたエナジーブラストによって再び地面とお友達になった俺を見下ろす二人の視線を受け、俺は泣きながらただ一言、慣れてますから、と呟いた。
「どうしたんです? ジェイド。いきなり窓の外に譜術なんて……」
「いやぁ、なんでしょうねぇイオン様。突然撃ってみたくなりました」