空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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Act22.3 - 銀世界の その夜に

 

「ルークさん、お一人でと……」

 

 知事邸の私室に入るや否や、当然ながら俺の存在に気付いたネフリーさんが眉根を寄せた。

 そういう顔すると大佐に本当よく似てる、なんて見当違いのことを考えてから、ハッとして首を横に振る。

 

「すっ、すみません! 俺、外に出てます!」

 

「おいコラ待て! じゃあお前なんのためについて来たんだよ!!」

 

 身をひるがえしてドアノブに手をかけた俺の首根っこをルークがガシリと掴んで止めた。

 だんだん俺を止める時に首根っこ掴むのがデフォルトになりかけているという事実に衝撃を受けつつも、大佐の言葉を思い出して動きを止める。

 

 大佐は、俺にルークと一緒に行けと言った。

 それにはきっと何か意味があるはずなんだ。

 

 おそるおそるネフリーさんのほうを振り返る。

 でも呼ばれても無いのに一緒に話聞かせてくださいとか図々しすぎるだろ俺。いや、でもジェイドさんが。でもネフリーさんが。

 

 あっちとこっちのバルフォアさんの間で俺が混乱しているのを見かねてか、ルークが「あの」とネフリーさんに声を掛けた。

 

「こいつ何かの秘密をべらべら喋るようなやつじゃないんで……その、一緒じゃダメですか?」

 

「ルーク……」

 

 俺がいつかのタルタロスでルークに国家機密を漏らしかけた男だということはとりあえず忘れておこう。

 

 でもネフリーさんは依然渋い顔だった。

 そんなにルーク以外に聞かれちゃ困る事なんだろうか、とこっちも不安になってくる。

 

「お願いします、ネフリーさん。リックも一緒にいさせてやってください!」

 

 なお頼んでくれたルークに感動していると、ふとネフリーさんが動きを止めた。

 彼女が目を丸くして俺を見る。

 

「……リック?」

 

「は、はい」

 

 大佐と似た瞳でまじまじとこちらを見つめてくる様子に動揺していると、やがてネフリーさんは納得したように息をついた。

 

「そうですか……あなたが、リックさんなんですね」

 

 ああ言われてみれば特徴がそのままね、なんて呟きながら、自己完結してしまいそうな彼女の様子に、俺は慌てて拱手した。

 

「あの、俺のことご存知なんですか?」

 

 するとネフリーさんは楽しげに微笑んで、ひとつ頷いた。

 

「貴方の事もピオニー陛下からのお手紙によく書いてありますもの」

 

「ピオニーさん!」

 

 突如現れた大好きな青の名前にびかりと表情を輝かせた俺を、隣のルークは不思議そうに眺めていた。

 そういえばアラミス湧水洞で、ずっと大佐に面倒みてもらってたとは言ったけど、陛下にも目をかけてもらった事なんかは説明してない気がする。

 

 無事グランコクマに帰れたら陛下のこともちゃんと紹介したいなぁなんて考えていると、ちょっと哀しげな顔になったネフリーさんがぽつりと呟いた。

 

「ではあなたも、レプリカなんですね」

 

 陛下が手紙でどこまで伝えたのかは分からないけど、たぶん彼女は全てを知っているんだろう。

 

 俺はただ一言、はい、と返した。

 

 それを聞くとネフリーさんは一度目を伏せたけど、すぐにその瞳をのぞかせて、俺とルークを順番に見やった。

 

「……では、リックさんもご一緒で問題ありません」

 

 

 そして、ゆっくりと彼女は話を始めた。

 

 

 俺やルークにしてみれば、ずっとずっと昔の話。

 とおいとおい記憶の中の、すべてのはじまりの話。

 

 フォミクリー。

 ネビリム先生。

 

 レプリカ。

 

 

 とつとつとした話し声をどこか遠くに、だけど一言たりと聞き逃さないように耳をそばだてて感じながら、脳裏に赤をえがく。

 

 ああ、あなたは、俺達にこれを聞かせたかったんですね。

 

(ジェイドさん)

 

 俺は二人に気付かれない程度に、少し、俯いた。

 

 

「でも本当のところ、兄は今でもネビリム先生を復活させたいと思っているような気がするんです」

 

「……そんなことないと思うけどな」

 

 ネフリーさんの言葉のあとに続いたルークの小さな否定の声に弾かれるように、俺はいきおいよく顔を上げた。

 

「大丈夫です!」

 

 湧き上がるままに気持ちを押し出せば、それは思いのほか大きな声になってしまって、目を丸くしてこっちを見る二対の視線にちょこっと逃げ腰になりつつも、もう一度声を上げた。

 

「ジェイドさんは、大丈夫ですっ!」

 

 だって俺は、あの後悔に満ちた赤を知っている。

 ネフリーさんは少しの間驚いた顔をしていたけど、ふっと表情を緩めた。

 

「そうですね。杞憂かもしれない」

 

 そしてルークと俺の顔を今一度 見て、またゆっくりと目を伏せた。

 

「……それでも私は、あなた達が兄の抑止力になってくれたらと思っているんです」

 

 彼女の言葉を聞きながら、思い出すのは俺を迎えに来てくれた赤のこと。

 罪から目を逸らさないように見張っていてほしいと、気が抜けたように笑った赤色を、俺は今でも忘れてはいない。

 

 

 

 知事邸からの帰り道。

 さくさくとした雪の感触を足の裏に感じながら、俺達はしばらく無言のまま歩いていた。

 真新しい雪をまたひとつ踏んだところで、先に声を発したのはルークだった。

 

 彼が、はぁ、と緊張を解くように溜息をつく。

 

「今日の話、お前も知らなかったのか?」

 

 翠の瞳を見返しながら、俺はざっと記憶を探って、頷いた。

 

「詳しい話は、ぜんぜん。ネビリムさんは名前だけ何度か」

 

 大佐たちの私塾の先生だった、というくらいしか知らなかったけど。

 はぁ、と今度ついた溜息は二人同時だった。

 

 空を見上げれば、寒い地方であるせいか星がよく見える。

 またたくそれの向こうに、幼いころのジェイドさんの姿を思い描いた。

 

 別に、落ち込んでるわけじゃないけど。

 

 複雑な気分であることは確かかもしれない。

 今の物も過去の物も、いろんな思いが混ざり合って、体の中をうずまいている。

 

「あ、つーか、さ」

 

 めずらしく黙り込む俺を気遣ってか、ルークが声のトーンをあげて切り出した。

 

「なんか色々あって言い出すきっかけ無くしてたけどさ。お前も、オレのこと待っててくれたんだよな」

 

 一瞬なんのことだろうと考えて、すぐに気付いた。アラミス湧水洞での話だ。

 

「オレ、アッシュの目を通して見てたけど、嬉しかったよ。……ありがとな」

 

 はにかむように笑いながら言ったルークに、俺は言われた言葉を何度も頭の中で繰り返して、ようやく脳が理解した瞬間には顔が真っ赤になっていた。

 

「な、なんですか今更! あはは、もう、いやだなぁルークさんったら!!」

 

「口調が前に戻ってんぞ」

 

 呆れたように笑みを浮かべるルークを見て、俺もようやく肩の力が抜けた気がした。

 気持ちを返すように、微笑んでみせる。

 

「……俺も、ありがとう。ルーク」

 

「な、なんだよ。俺は何もしてねぇぞ」

 

 今度 動揺したのはルークのほうだった。

 言うほうはあんなにさらっと言えるくせに、まだ言われることには慣れてないんだと思うとなんだかおかしかった。

 

「したよ。した。すごくした。ものすごくした」

 

「そんな言うなよ! ハズいだろ!!」

 

 慌てるルークを見て、あはは、と笑うと軽く後頭部を殴られた。

 ちょっとおおげさに頭を押さえてうずくまりながら、再びルークを見上げる。

 

「ほんとありがとうな」

 

「リック、だからやめろって……」

 

「ジェイドさんのこと、信じてくれて」

 

 言葉を切って俺を見返してくる翠の瞳を正面から受けとめて、俺はもう一度笑った。

 

 

「俺すごく嬉しかった。だから、ありがとう」

 

 

 

 





偽会話追加イベント『ネフリーさんとお話中』
ネフリー「子供の頃の兄は、悪魔でしたわ」
リック「そんな! 確かにジェイドさんは未だに悪魔のようかもしれませんけど、悪魔は悪魔でも優しい悪魔さんです!!」
ルーク「悪魔自体を否定してやれよ!」
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