空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken- 作:甘味RX
宿屋の一室。
ガイをベッドに寝かせた後、もう一人の兵士は部屋の外に待機しに行ったが、俺はイオンさまのご好意で室内の扉脇に控えていた。
解呪の準備をするイオンさま。
窓の外。
それを手伝うアニスさん。
窓の外。
ぐったりと眠り続けるガイ。
窓の外。
「……リック」
「なんですか? イオンさま。あ、俺も何か手伝えることがあれば……」
「いえ、あの、リック」
「はい?」
なぜか苦笑するイオンさまに首をかしげて返すと、それまで会話を聞いていたアニスさんが拳を握ってわなわなと震えだした。
「さっきから動きがウーザぁあいー! もールークが気になるならここはいいから早く行きなよぅ!!」
人差し指を突きつけつつ怒鳴るアニスさんはもう少ししたらトクナガを投げそうな勢いだ。
俺はびくりと身をすくませて、精神安定剤がわりに右手を剣の柄にそえながら目を泳がせた。
「そ、そんな、ものすごく気になるってわけじゃないです」
「じゃあ一呼吸おきにチラチラ窓の外みないでよー」
「オレ目なんて開いてません!」
「嘘つくならつくでもっとマシなこと言わんかい!!」
自分よりずっと小さな女の子に凄まれて泣きながら首を横に振る俺。
そこでイオンさまが、「あの」と控えめに会話に割り込んだ。
穏やかな笑みを浮かべる彼が言う。
「ここは大丈夫です、アニスもいてくれますから。だからリックはルークの様子を見に行ってください。僕からお願いします」
「イオンさま……」
優しさに込み上げた涙をぐいと拭って、俺は身をひるがえした。
部屋を出て、扉を閉じる寸前にイオンさまに向かって小さく敬礼をする。
「俺いってきます! ガイのことよろしくお願いします! ちゃんと蘇生してあげてください!」
「はい!」
「いやだからガイ死んでないってば」
元気よく頷いたイオンさまの隣で半眼のアニスさんが ぼそりと呟いた声を最後に、扉が閉まる。
外に控えていた兵士さんにまた敬礼をしてから、一気に走り出した。
宿を飛び出して、きょろきょろと辺りを見渡す。
目に届く範囲にあの赤色はない。
少し考えてから、港のほうに向かって地を蹴った。
ここから素直に歩いて行ったならたどり着くのはそのあたりだ。
そしてルークはまず間違いなく、道なりに素直に歩いていっただろう、とこの旅の中で掴んだ彼の性格を考慮してそう結論付けた。
そうでなくてもいきなりあんな話になって、放心状態だったはずなんだ。きっと裏道とかには入ってないと思う。
確実にミュウは一緒だろうし、他にもたぶん誰かがルークに付いてる。
深くて綺麗な青の瞳が脳裏を過ぎった。きっと、彼女が。
見慣れた町並みを走り抜けて、港のほうへ渡る橋の手前まで行き着いたとき。
視界に留まった赤色に、俺はとっさに足を止めて声を上げた。
「ルーク!」
驚いて振り返ったルーク。
そしてティアさんと、ミュウ。
やっぱり一緒にいてくれたんだと安堵を覚える反面、頭をフル回転させて言いたい言葉をつないでいく。
「ガイはっ、ルークのこと嫌いなんかじゃ無いんだからな!」
力いっぱい言い切ってからルークの傍まで歩み寄って、丸くなった翠の瞳を真正面から見つめた。
「そりゃガイは良い人だけど、すごい良い人にだって腹立つことくらいあるだろうし、嫌になったこともあるかもしんないけど、それでもガイはルークを――!」
「……リック、リック。 いや、その、なんつーか……」
必死に喋る俺の言葉を遮って、ルークがなぜか気まずそうに頬をかく。
その不可解な仕草に今度はこちらの目が丸くなった。
ルークはしばらく視線を泳がせたあと、恥ずかしげに頬を赤くして俺を見た。
「それ、もうティアに言ってもらった」
小さく零された言葉。 頭が真っ白になる。
……いや、え、……は?
処理速度が一気に低下した頭で、今の状況を考え、理解した瞬間。
今度は顔が真っ赤になった。
自分でも分かる。耳まで熱い。
「ル……」
「……リック?」
気遣わしげに俺の顔を覗きこんできたルーク。
俺はその真っ赤な頭を、平手でべちりと叩いた。
「なにすんだよ!?」
「ルークの大馬鹿フォンファブレ!! ナニもカニもあるかよ!」
「はぁ!?」
「俺すっげぇ色々考えたのに! ……すっごい心配してたのにー!」
ここに至るまでの葛藤やら苦悩やらが今となっては全部恥ずかしい。
いつになく真面目な顔で街中を全力疾走してきた自分が泣くほど恥ずかしい。
クリフォトがあったら入りたいほどいつになく恥ずかしい。
ていうか俺がルークを慰めようと思ってたってことが何より恥ずかしかった。
な、な、なんだよ、なぐさめるって。オレのくせになんてナマイキな。
ぽかんとこっちを見返すルークと、目をぱちくりさせるティアさんやミュウの視線に耐えかねた俺は、頭痛がするほど熱くなった顔を俯けて全速力でルーク達の横を走り抜けた。
「お、おれ、先に謁見の間に行ってりゅから!!」
ああもうまた噛んだ。
今にもぐるぐると回り出しそうな目玉を必死に開いて、壮麗な水音が流れる街中を走り、背後から聞こえてくる俺を呼び止めるような声を振り切った。
ていうか俺ルークのこと叩いちゃった。どうしよう。
大馬鹿フォンファブレとか言ってファブレ家もろとも敵に回したかもしれない。
さっきとは違う方向で嫌な汗を浮かべつつ、戻る事も出来ずに そのまま一気に宮殿の中へと飛び込んだ。
*
「あんた達か。俺のジェイドを連れまわして帰しちゃくれなかったのは」
開口一番に炸裂した陛下節。
呆気に取られた顔で固まったルーク達を見ながら、玉座の脇に控えた俺はじんわりと苦笑した。
いやぁ、やっぱり陛下だなぁ。冷や汗が出るほど陛下だなぁ。
さっそく陛下道を突っ走ろうとする陛下を寸でのところで大佐がいさめて、話はやっと本題に入った。
やっぱりセントビナーは危ないらしいとか、それなのにマルクト軍は動けないとか、キムラスカからは事実上の宣戦布告を受けたとか。
聞いているだけで気分が陰鬱になってくるような話がたくさん降ってくる。
本当に戦争が始まってしまうのか、と俺が諦めにも似た溜息を零しかけた時。
俺たちに行かせてください、と上がった声。
助けにいかせてくれと必死に頼み込むルークとナタリアさんの姿に、緩く拳を握った。
ルークはもうアクゼリュスのときとは違う。
変わって、行くんだ。
(みんな)
「……俺の大事な国民だ。救出に力を貸して欲しい」
玉座を立ってルークの傍まで歩み寄った陛下はめったに見ない真面目な顔でそう言った。
そして議会を召集するからと陛下は後の事を大佐に任せて、謁見の間を出て行った。
その後に続き部屋を出ようとするみんなの後に俺も続こうとすると、大佐がふと振り返った。
目を丸くして立ち止まる。
何かやらかしただろうか、さっきルークに無礼を働いてしまった件だろうか、と不安になっていると、真剣な表情を浮かべたジェイドさんが俺を見た。
「あなたはここに残りますか?」
その言葉に、俺はすでに丸くなっていた目をさらに丸くした。
だけど深い赤の奥にある意図を読み取って、眉を顰める。
ルーク達は今から、住民を崩落から救うためにセントビナーへ行く。
でも俺の元々の任務は、バチカルまで親書を届ける間の護衛。
ただ親書を届けた後も大佐やルークが行くならば、と同行していたが、こうなってくると元々の任務とはかなり方向性が違ってしまう。
無理に着いてくることはない。
この途方もない大きな流れから反れるなら今なんだと、赤い目が言っていた。
でも、大佐。俺、前にも言ったじゃないですか。
「俺も行きます」
口元を緩めて、噛み締めるようにその言葉を口にした。
「大佐や、ルークや……みんなが行くなら、俺も、行きます。今更、部外者だなんて言わないでください」
めずらしく強気な顔で笑って見せれば、大佐はわずかに苦笑して、あとは何も言わなかった。
すいと身をひるがえして外へ向かった背中。
それを少しの間目で追いかけてから、俺も後を追って歩き出した。
揺れる金茶の髪を静かに眺める。
いつか俺がいった言葉を、貴方は覚えているだろうか。
( 大佐 俺けっこう ―― )
「幸せだと、おもいます」
だから、ジェイドさん。そんな“チャンス”は俺には必要ないんです。
小声で呟いたそれは少し前を歩くあの人には届かない。
とりあえずそれでも構わないかと、力の抜けた情けない笑みを浮かべた。
*****
「ルーク」
宮殿から出ようとしたとき、掛けられた声に反応して顔を上げると、二階にある謁見の間正面の踊り場から身を乗り出すピオニー陛下がいた。
気付かず先に行ってしまった仲間を少し見てから、ルークは足を止めた。
「えっと、何ですか?」
「あいつのこと頼むな」
ピオニーはそう言ってにかりと笑う。
何の事かと慌てて考えて、まず浮かんできたジェイドの姿を打ち消した。彼のことをいうには少々言い方が砕けている。
どちらかというと、子供か何かを頼むような。
あ、と声を上げかけて代わりに思い当たった名前を口にした。
「リックのことですか?」
「ああ。俺やジェイド以外で、あんなに懐いてんの珍しいからさ。臆病すぎてちょっと面倒かもしれねぇけど」
「それはもう」
即答すると、ピオニーは「うはは!」と皇帝らしくない軽い笑い声をあげてから、ふと柔らかな笑みを浮かべた。
それはどこか兄のような顔で、ルークは僅かに目をみはった。
「あいつさ、俺にしてみりゃ弟分……つか、甥っ子みたいな感じなんだわ。ジェイドのやつもあれで結構可愛がってるしよ」
だから、とピオニーが続けかけたとき、一度閉まったはずの入り口の扉が軋んだ音を立てて開いた。
そこからひょいと顔を覗かせたのは今話題に上っていた張本人。
「ルークなかなか来なかったから、む、迎えに」
先ほどの一件が気まずいのか、はたまたルークに怒られると思っているのか、微妙に挙動不審なリックをまじまじと見つめてから、ルークはピオニーに返すように笑った。
そしておもむろにリックの肩に勢いよく腕を回して、ピオニーを振り返る。
「大丈夫です、任せてください」
驚くリックを無理やり抱え込んだまま、ルークは目の前の扉を押し開けた。
同時に外から入り込んできた太陽の光が、二人の子供を照らす。
「―― 俺たち友達なんで!」
一拍遅れであたりに響いたリックの言葉にならない叫びを残して、開いた扉はすぐ、微かな音を立てて閉じた。
そしてピオニーは満足げにひとつ笑ってから、己の為すべきことをするために、宮殿の奥へと戻っていった。
▼リックは称号『ともだち』を手に入れた!
パシリじゃない。部下じゃない。レプリカじゃない。
初めての “ともだち”