空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken- 作:甘味RX
セントビナーに取り残された住民を助けるために、ガイの提案からシェリダンへ行くことになった。
そこでは浮力機関を使った飛行実験をおこなっているらしい。
音機関が空を飛ぶなんて信じられないけど、さっき空飛ぶ椅子で逃げた奴のことを考えるとあながち無茶でもないような気がして少し複雑な気分になる。
シェリダンに向かうためにはタルタロスまで戻らないといけない。
そんなわけで俺達は現在、足早にローテルロー橋へと向かっていた。
イオンさまがちょっと辛そうなのが心配だったが、残された住民たちのことを考えるとあまりペースを落とすわけにも行かずにただ眉尻を下げる。
俺が背負ってもいいんだけど、そう言ったところできっと彼は首を縦には振らないだろう。
彼もまた儚げなようで、その実けっこう頑固だと知ったのはこの旅の中でだ。
とりあえず気だけは配っておこう、と一人ひそかに頷いてから、ふと気付く。
「……な、なん、です、か?」
左右から突き刺さるじっとりとした二対の視線。
そして苦笑しつつも決してこちらを見ないガイ、ちょっと心配そうなティアさん、あからさまに目を泳がせるルーク。
場に満ちる妙な空気に動揺しながら後ろの大佐を振り返るが、大佐はいつもの笑顔で「あぁあんなところに小ぶりなオタオタが」なんてわざとらしい事この上ないオタオタウォッチングをしていた。
なんだ。なんなんだ。脳がエラー音を発しながら、懸命に動いているのが分かる。
このどうあっても逆らえない女性陣二名にこんな目で見られるような何を俺はしたんだ。
「水臭いですわよ、リック」
ナタリアさんがちょっと怒ったように腕を組んで俺を見た。
そんな動作すら優雅に映るのはやはり王族の気品というやつなのだろうか。
「どうしてわたくし達には言ってくださらなかったのです! ティアもガイも知っていたのでしょう?」
「な、何がですか?」
「はい敬語っ!」
「ごめんなさい!」
テイクツー。
「……なにがだよ?」
「ちゃんと説明してよねっ」
だがそれに答えたのはナタリアさんではなく、右隣にいたアニスさんだった。彼女もめずらしく怒った顔をしていて、俺は殊更慌てた。
オ、オレなにかよっぽどのことを……。
「リックもレプリカって本当なわけ?」
思考が止まる。
そしてチッチッチッチッ、と時計針の音が頭の中を駆け巡り、言われたことを一文字ずつ三回くらい繰り返して、
最後に、チーン、と小さな鐘がなるような音がした。
「えぇええええー!?」
勢いよく己の頭を両手で押さえた俺の脳内には、なんで、という言葉。
なんでバレたんだ。
なんで俺どこでそんな。
いやそもそもなんで俺アニスさん達には言ってなかったんだっけ。
なんでなんで。
ぐるぐると大混乱な俺をさすがに気の毒に思ったのか、アニスさんは幾分柔らかい声で「しょうがないなぁ」と言って息をはいた。
「リックは頭いっぱいで気付いてなかったかもしれないけど、セントビナーでディストが言ってたよ」
「な、なにを……!」
「なんか思い出したーって。『あなたジェイドがおかしくなる寸前に作られていたレプリカですね』とかなんとか」
ディストのまねをしながら台詞を再現したアニスさんの様子と、その内容を受けてわずかながら心臓が落ち着きを取り戻す。
そういえばそんなことを言っていたかもしれない。そうだ、“俺”にしてみればそれは特別なことじゃなかった。
だから俺は、それを“隠さなきゃいけない相手”がいたことをすっかり忘れていたんだ。
事の次第を把握して、あらためて襲い来る冷や汗。
後ろを振り向けません陛下。
「しかもルーク達は知ってた風だしさ、大佐は大佐で『言ってませんでしたかねぇ』だもん、腹も立つって。私たちにもちゃんと説明してよね」
やっぱり大佐のほうは向けない。
俺はちょっと俯いてから、ナタリアさんとアニスさん、イオンさまを見た。
ごめんなさい。やっぱり俺は、みんなにちゃんと話したいです。
『 誰にも言ってはいけません。いいですね 』
俺はまた約束を破ります。
ごめんなさい、ジェイドさん。
本当に、ごめんなさい。
最後に一度、強く目を瞑った。
ルーク達にはアラミス湧水洞でレプリカだと話した事を先に、そしてそのとき話したことを同じように説明すると、アニスさんが短く息をはいてから半眼で俺に詰め寄ってきた。
「ねぇ、リックもアッシュのレプリカだとか言わないよね」
「まさか! どこも似てないじゃないですか」
どことなく据わった瞳にちょっと後ずさりしながら首を横に振る。
髪の色も目の色も、残念ながらどこも彼らと符合するところはない。俺が作られたのは十年前だから時期も合わないし。
「じゃあ大佐のレプリカとか?」
「そんな怖いことないです」
「もしこれが私のレプリカだったらすぐに抹消してます。いやぁ、アッシュの気持ちが分かりますねぇ」
「ええ!?」
ずばりと切り落とされる口調に思わず大佐を振り返ってしまった。
しかしそこにはやはりいつもの笑顔。今はそれが無性に怖いです。
「じゃあじゃあっ、実はガイのレプリカだったり!?」
「俺か!?」
「もう何一つ情報が かすってないですよ!?」
すっかり傍観者のつもりでいたらしいガイが突然の指名に目を見開く。
その脇で俺はぶんぶんと何度も首を横に振っていた。
するとアニスさんは少しほっぺたを膨らました。
「だってここ最近ホント色々ありすぎぃ! もうなんでも有りな感じなんだもん」
与えられる情報量の多さに疲弊していたのは何も俺だけではなかったようだ。アニスさんはどこか拗ねたような口調でそう言った。
「……俺のオリジナルはマルクトの兵士だったそうですが……」
「なんだ、つまんないの」
「アニスさぁん!?」
拗ねた女の子の愛らしい顔から一転 ツバでも吐きそうな悪人顔になった彼女にすがりつく。すみません、ロマンとかドラマとか無くてすみません。
それでもってアニスさんに払いのけられつつ、オリジナル俺ってそれはないだろう、とアニスさんに苦笑するガイを視界の端に見やった。
あのとき。
グランコクマを出てすぐに切り出した俺の問いに、ガイは答えなかった。
彼の静かな笑顔を思い出す。あれはきっとアッシュの言葉と同じ意味なんだ。
『 ―― じゃないと一生分からねぇぞ 』
聞く事は大事だ。
でもこれは聞いてはいけない事なのかもしれない。
人に委ねてはいけない、答えなのか?
思わず眉を顰めた俺の横で ちらついた青色。
不思議に思って目を向けると、いつのまにやら隣を歩いているのは大佐だった。
猫のように跳んで逃げそうになる足を必死に押さえつけて、ついでにばくばくと弾む心臓も押さえる。
そうだ。レプリカだってみんなに言ってしまったんだった。
あれだけダメだって言われていたのに。
みんなに話したことに後悔はないけれど、彼の反応が怖いことに変わりはない。
おそるおそるジェイドさんを見上げ、俺は所在無く身をすぼめた。
「あの、ジェイドさん、俺……」
「…………」
すると彼は少し妙な顔になって、それから何拍か置いた末に、俺の額をべちんと叩いた。
ああやっぱり怒られるのかと涙目で額を押さえたが、その後に続くはずの罵詈雑言がいくら待っても降って来ない。
顔を上げるとそこにはすでに大佐の姿は無く、前を歩く後姿だけが見える。
少しの間その背中を呆然と見つめていたが、すぐにはっとして彼の後を追った。
……お、怒られなかった、のかな?