空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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Act5 - チーグルの森ってどこですか?

 

「大佐、散歩いってきていいですか?」

 

「構いませんよ。迷子にならないでくれれば」

 

「こんな小さな村で迷子になんてなりませんよ。やだなぁ大佐ってば~!」

 

 

 やがて静かに閉じられた扉。

 

 その向こうに消えた背中を思いながら、ジェイド・カーティス大佐はコーヒーを飲む振りをして少し口元を隠した。

 

「なりそうだから言ってるんですけどねぇ」

 

 

 

 

 

 

 うららかなエンゲーブの昼下がり。

 聞こえてくる農家の方々の声の掛け合いやブウサギの鳴き声にホッと息を吐く。

 

 少しくらい殺伐としていても農村本来の暖かな雰囲気は変わらない。

 平和だ。俺こういうとこに住みたいよ。

 

 宿屋の前を通りかかったところでふと昨日の二人組のことを思い出す。

 厳しそうで優しそうな女の子と、不器用で優しい赤色。

 

 そういえば、名前は聞かなかった。まだこの村にいるんだろうか。

 

「また会えるといいなぁ」

 

 

 土や太陽の匂いに癒されつつ あてどもなく歩いていると、視界の端に見知った姿を見つけて足を止めた。

 木や建物の陰に隠れるようにしながらも、自然な動作で外れへと向かって歩いているその姿は、確か。

 

「導師さま?」

 

 タルタロス内部ではずっと導師さま専用とした一室にいらっしゃり、エンゲーブでは俺がローズ夫人邸に着いた時にはすでに借りたお部屋にお戻りで、朝は俺より早く起きてどこかへ……と何かと間が合わず、実質お会いしたのは初めにタルタロスに乗艦されたときだけだったが、たぶん間違いはないだろう。

 

「あー、やっぱり導師さまじゃないですか! お散歩ですか?」

 

 声をかけると、導師さまは驚いたようだった。びくりと肩が揺れる。

 

「あなたは……ジェイドの」

 

「部下です! リックといいます。のどかですからねぇ、やっぱり散歩したくなりますよね」

 

「え、ええ。そうなんです、息抜きに」

 

 心なしかぎこちない笑みを浮かべる導師さまに、内心首をかしげる。

 

「お散歩ですよね? じゃあ俺も一緒に行きますよ」

 

「いいんです。少しだけですから」

 

「いえ、ここで導師さまを放ってって何かあったら、大佐に怒られるよりも先に俺がイヤなんですっ」

 

 なんだか分からないがこの人は放っておいたらいけない気がする。

 要人だからじゃなくて、大事にしたいというか、守ってあげたいというか、故郷のおばあちゃんに対する気持ちというか……。いや、俺はおばあちゃんいないから分からないけど。

 

 力いっぱい主張すると、導師さまは困った顔で目を泳がせる。

 戸惑いがちに口を開いた彼は、悪戯が見つかった子供のように苦笑した。

 

「……すみませんリック。散歩というのは嘘なんです」

 

「嘘、ですか?」

 

 目を丸くする。

 

 導師さまでも嘘をつくことがあるんだなぁなんてちょっとした親近感を抱いていると、導師さまが本当の目的を話し始めてくれた。

 

 食料泥棒。チーグル。

 エンゲーブの人達が殺気立っていたのはそれが原因だったのか。

 だから教団の者として確認をする義務があると導師さまは言った。

 

「僕はチーグルの森へ行かなくては」

 

「じゃあ俺もそこにお供します!」

 

「魔物が出ますよ?」

 

 ………………。

 

「ぉおおオおおお供します!! どこへなリと!」

 

「声が裏返ってますが、本当に大丈夫なのですか?」

 

「はいそれはもう!」

 

 無意識ながら剣を持って出てきた自分を褒めてやりたい。これで丸腰なんて言われたら俺は泣く。

 剣があっても泣きたいくらいなので、きっと恥も外聞もなく泣く。

 

「じ、じゃあ早く行きましょう 導師さま。出発時間になったら大佐にバレちゃいますから」

 

 驚いたように俺の顔を見上げる導師さまに、引きつった笑みで返す。

 せめて導師守護役のタトリン奏長に言ってはどうかと提案したが、きっと止められるだろうからと首を横に振られた。

 

 本気で俺一人なのか。俺一人で導師さまの護衛をするのか。大丈夫か俺。

 

「……止めないんですね。いえ、同行していただくにしても、あなたはジェイドの部下だ。彼に報告してからでないとまずいのでは?」

 

 確かに、勝手に導師を連れ出したのがバレたらと考えるだに背筋が寒い。きっと言い訳する間もなくタービュランスだ。

 

 だけど。

 

 ちらりと導師さまを窺い見る。心配そうな深緑の瞳。

 もし俺が大佐に報告したらまずいのは彼だろうに、導師さまはそれ以上に俺の立場を心配しているらしかった。

 

 零れそうになる弱音を押し込めて、拳を握る。

 

「大丈夫です。だって大佐に言ったら導師さま、もう絶対タルタロスから出してもらえませんよ」

 

「では、もう一度だけ聞かせてください。止めないのですか?」

 

「……俺、義務とかそういうの分かんないけど、たぶん導師さまがやろうとしてるのは大切な事なんだろうと思います。だから俺も一緒に行きゅます」

 

 ああ最後噛んだ。

 

 格好はつかなかったけど言葉は本当なんです。

 魔物が出る怖い森に一人で行こうとするくらい、導師さまが真剣にやろうとしてること。

 よく分からないけどそれはきっと、俺が大佐のお説教に耐えるだけの価値がある事だ。……怖いけど怖いけど怖いけど。

 

「ありがとう、ございます」

 

 はじめてちゃんと見る、導師さまの笑顔だった。

 うずまいていた不安がやんわりと薄らぐ。

 

 へへ、と笑い返すと導師さまもまた笑みを深くしてくれる。

 落ち着く笑顔。この人には幸せに笑っていてほしいと思った。

 

「じゃあ行きましょうか導師さま!」

 

「リック、チーグルの森はこっちですよ」

 

「……はい」

 

 大佐、俺は導師さまをしっかり守れるのでしょうか。

 

 

 

 

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