空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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Act26 - 芽吹いたものはなんですか

 

 セントビナーは、まさに間一髪というところだった。

 

 全員がアルビオールに乗り込んだのを合図にするように、地面は硬い音を立てて沈み始める。

 救出した住民の方々を、纏め役のグレン将軍と共に広めの空き部屋へ案内した。元帥はみんなと一緒に艦橋のほうへ行っている。

 

「一時避難が可能な場所に着いたらお呼びします」

 

 住民たちをどうするかはまだ決まっていなかったので、俺はグレン将軍にだけ静かにそう伝えた。

 だが部屋を出る直前、声を掛けられて振り返ると、彼はひどく渋い顔をしていた。

 

「いつも以上に馬鹿な顔だぞ、リック一等兵」

 

 グレン将軍はそれだけ言うと、呆気に取られた俺を残し勢いよくドアを閉めた。どのみち閉めるつもりだったにも関わらず軽く締め出された気分なのはなんでだろう。

 

 すっかりとじた扉を前に、バツの悪い思いで後頭部をかいた。

 そして細い溜息を吐く。

 

「俺が考えてどうなるもんでもない、かぁ」

 

 いつか大佐に言われた言葉を思い出して、軽く頬を叩いた。

 

 そうだ。俺の足りない頭で考えてどうなる問題でもない。イエモンさんたちを信じよう。

 

 それでもって俺が今やらなきゃいけないことは、身にならない心配じゃなくて、……皆さんの案内が完了しましたと大佐への報告だ。そうだった。まずい、こんなところで途方にくれてる場合じゃない。

 

 ノエルが頑張ってくれてるのか、艇内はさっきから揺れが酷い。

 体に掛かるGに耐えながら、全力で艦橋へと急いだ。

 

 

 

「わかんねーよ! ガイにも、みんなにも!!」

 

 ほとんどなだれこむように俺が艦橋へと飛び込んだとき、耳に届いたのはルークの泣きそうな声だった。俺はとことん間が悪い。

 

 ルークはこちらに気付く事無く、背を向けたまま肩を震わせていた。彼は、アクゼリュスを滅ぼしたのは俺なんだから、と矢継ぎ早に叫ぶ。

 どういう流れなのかはさっぱり分からないが、ほとんど混乱状態のルークの姿に眉尻を下げた。

 

「ルー……」

 

「ルーク! いい加減にしなさい!」

 

 とりあえず落ち着いてもらわないと、と名を呼ぼうとした俺の声に被って艇内を揺らしたのは、聞き慣れた声の、聞き慣れない怒声だった。

 

 めったに声を荒げない大佐の一喝に、ざわめいていた空気が静寂を取り戻す。

 

「焦るだけでは何も出来ませんよ」

 

 続けられた言葉はまるで俺のことも含めているようで、思わず瞑目した。ついさっき、予想外の相手にそれを気付かされたばかりです。

 

「リック、セントビナーの皆さんは?」

 

 そこで突然向けられた水に、はっとして目を開いた。

 大佐は変わらずこっちを見てはいなかったが、俺が戻ってきたの気付いてたのか、と内心少し驚く。でも大佐だからなぁ。

 

「あ、と、みんなちゃんと部屋に案内しました。グレン将軍がついてくれてます」

 

「分かりました」

 

 そう言ったあと一拍の間を置いて、大佐はユリアシティへ向かう事を提案した。どうやらセフィロトのことを聞きにいくらしい。

 

 置いてけぼりになっている俺に気付いたガイがこっそりと耳打ちしてくれたところによると、このままだと瘴気の海に沈んでしまうというセントビナーを何とかしようという話だとか。

 

 それでさっきの剣幕なのか、と納得した俺の耳に届くのは、切々と言い聞かせるような大佐の声。

 

「ここにいるみんなだって、セントビナーを救いたいんです」

 

 少しして、ルークの「ごめん」という小さな声が聞こえた。

 

 大佐の後姿を見つめて、俺は目を細める。

 脳裏を過ぎるのはついさっきの出来事。荒げられた彼の声。

 

 ふ、といつのまにか詰めていた息を吐いた。

 

 驚いた、というのが正直なところなんだと思う。

 萎縮するより、焦るより先に、俺は驚いていた。誰かを叱るジェイドさんに。

 

 よく失敗して怒られたり注意されたりはするけど、ああいうふうに“叱る”大佐は、俺だって……

 

 ―― ああ、でも、一度だけ。

 

 一度だけ、あんなふうに叱られた事がある。

 

 なんでもないはずの右頬が、ちり、と炙られたように熱を持った気がした。

 俺は強く目を伏せてその感覚を受け流す。

 

 『 ねえ、なんで、ジェイドさん。なんで、あのひと達は ――― 』

 

 耳の奥で、誰かの泣き声が、反響していた。

 

 

 

 

 ユリアシティでは、テオドーロさんがみんなを待っていてくれた。

 

 崩落したセントビナーの人達はこの町で受け入れてくれるらしい。

 案内役のユリアシティの人がみんなを奥へ誘導していく中、元帥が、お世話になります、とテオドーロさんに頭を下げていた。

 

 不安げに歩いていく住民たちの流れを見守っているとき、ふと視線を感じて顔を上げる。

 そこには俺の大好きな真っ赤な瞳があった。

 

「大佐?」

 

 彼は少しの間まじまじと俺の顔を眺めたかと思うと、その赤い目の厳しさを僅かに緩めた、気がした。

 

「……いつものバカ面ですね」

 

 ぽつりと呟き、点検終了、とでも言わんばかりに頷いて、何事もなかったように視線を外した上司を、今度は俺が目を丸くして眺める。

 

 思い出すのは、いつかの言葉の続き。

 

 『あなたはいつもどおりアホみたいに 彼の周りをチョロチョロしていればいいんです』

 

 ジェイドさん、

 それは、

 

「ルーク、あまり気落ちするなよ」

 

 突如響いた言葉に顔を上げた。

 気がつけばいつのまにか住民の皆さんの姿は無く、最後に残った元帥が、足を止めている。

 

 

 そして。

 

 肩越しに振り返った彼が微笑みながら告げた言葉に、目を見開いた。

 

 

「……元帥も何を言い出すのやら」

 

 そう言って肩をすくめ、私も先に行きますよ、と早足に歩き出した大佐。

 去り行く背中を見つめて、ちょっと呆気に取られる。

 

「大佐が照れてますよ、めずらしい」

 

 半ば呆然と呟く俺を見て、ガイが愉快そうに笑う。

 

「図星らしいぜ。結構可愛いトコあるじゃねぇか、あのおっさんも」

 

 ホントだぁ、と続けて上がったアニスさんの笑い声を聞きながら、俺は未確認生物を確認したような気持ちで恍惚と頷いた。

 

 厳密に言えば照れてるのとは違うかもしれないけど、まあ近いだろう。なんにしても珍しい。

 

「いやぁ、こんなジェイドさんをピオニー陛下に見せてあげた、 」

 

 

「お、おい、意識はあるか?」

 

 ちょこっと引き気味なガイの声に、俺は床に突っ伏したままこくりと頷いて見せた。

 今日のフレイムバーストはまた一段と良い切れでした。

 

「……こんなに遠いのに当たるんだから、すごいなぁ」

 

「……お前はお前で慣れたもんだな……」

 

 離れたところを颯爽と歩く大佐を見て、上半身だけ起こして肘をつきながら呟くと、いっそ感心したように相槌を打ったガイをちらりと目だけで見上げてから、俺は焦げ臭い前髪をかきあげた。

 

 元帥は言った。

 年寄りには気に入らない人間を叱ってやるほどの時間はない、と。

 

 ……ねえジェイドさん、それは、

 

 それなら、

 

 

(あのとき俺を叱ってくれたことを、俺は少しうぬぼれてみてもいいんだろうか。)

 

 

 そっとみんなから隠すようにユリアシティの冷たい床に押し付けた頬は、

 

 しんじられないくらい、熱かった。

 

 

 

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