空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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Act27.2 - ルグニカみんな旅

 

 一日目。

 危険察知係に任命された俺。

 

 やってくる兵士の気配にビビり、魔物の気配にビビり、飛び立つ鳥にビビり 突風にビビりもうなんか話しかけられてビビり。

 悲鳴を上げかけては背後のジェイドさんに臀部を蹴り飛ばされ、心身共に疲れ果ててきたころ、ようやく今日の野営地に到着した。

 

 

 焚き火の傍にぐったりと座り込む俺をルークやティアさんがそれとなく心配してくれたりして、その優しさに涙ぐんでいたとき、一人のおじさんがこちらに近寄ってきた。

 

 民間の人たちは少し離れたところに寝場所を確保しているはずなのに、何かあったんだろうか、と緊張疲れした頭で考える。

 

 おじさんはニコニコと人好きのする笑顔を浮かべて俺たちを見回し、大佐の姿に目を留めた。そして大佐がタルタロスに乗っていた事を聞くと、彼は言葉を続けた。

 

「乗組員にマルコという兵士はおりませんでしたか?」

 

 タルタロス、乗組員、マルコ。

 ばらばらに現れたキーワードをぼんやりとつなぎ合わせる。

 

 マルコ。……マルコさん。

 ジェイドさんの副官。

 

 彼のほがらかな笑顔が脳裏を過ぎり、それが目の前のおじさんと被ったことを不思議に思った直後、最後の記憶が出てきた。

 

 マルコさん。

 タルタロス。

 

「あいつは私らの自慢の息子なんです!」

 

 そうだ、彼は。

 

 思わず口をつぐんだ俺とは反対に、朗々と言葉を紡いだのは大佐だった。

 惑いなく事実を読み上げる横顔を見上げる。

 

 

 マルコさんがタルタロスで亡くなったという事を知ると、おじさんはひどく肩を落として帰っていった。

 

 それをやるせなさげに見送ったルークが声を上げる。彼は預言のせいで死んだも同然ではないかと。

 

「……アクゼリュスと同じじゃないか! リック、おまえだって、マルコさんと知り合いだったんだろ!? いいのかよ!」

 

 突如向けられた問いに俺はびくりと身を震わせた後、ルークを見返した。

 その泣きそうに歪んだ表情に釣られて俺まで情けない顔になってくる。

 

「お、俺は、……その」

 

「ここで苛ついても何にもなりません」

 

 言葉を濁した俺に助け舟……では、ないのかもしれないが、大佐が話を打ち切ってくれた。

 

 漂う微妙な空気の中、もう“懐かしいもの”へ変わってしまった笑顔を思い出す。

 それから一度空を仰いで息を吸い、自分に気合を入れてから、ジェイドさんのほうへ向き直った。

 

「あのっ」

 

「なんですか」

 

「マルコさんはいい人です…でした、よ」

 

 過去形に言い換えるのが少し寂しい。

 

 でも彼はジェイドさんのことをすごく尊敬していてくれた。

 大佐がおっしゃるならば、と結構 無茶なことだって笑顔で引き受けた人だから。

 

「だから、怒ってないとおもいます。大佐のこと大好きだったんだから、笑ってくれてると、たぶん」

 

「……念のためお聞きしますが、慰めようとしてる気ですか?」

 

 赤い瞳の白い目に耐えかねて視線がふらふらと泳ぐ。

 

「いや、そんな、たいそうなものでは無いんですが、……似たような意図です……」

 

「心の底からウザイので即刻に止めなさい」

 

「えぇええー!」

 

 俺もあまり一般常識には詳しくないですけど、それ慰めようとした人間が言われる事あんまり無いってのは分かります。

 

 さめざめと泣きながら膝を抱えた俺を見て、大佐がひょいと肩をすくめた。

 

 

 

 

 二日目。

 この日もなんとかキムラスカ兵とかち合う事なく野営地にたどり着いた。

 

 だが度重なる緊張に引きつづき衰弱気味だった俺は早々に寝入った。

 

 持ち回りの火の番が来るまでは仮眠できることになっているものの、仮眠どころか熟睡中だった俺。

 夢の中で大佐と追いかけっこを始めたところで、突如衝撃がわき腹を襲う。

 

 霞む目を凝らすと、木に寄りかかっていた俺の体がいつのまにやら横倒しに。

 その脇の木に体を預けて目を伏せている大佐の姿に、自分が蹴り倒されたことを知る。

 

 ほ、ほんと なんなんですか最近。

 わけがわからず目を白黒させて辺りを見回す。

 

 すると離れたところで火の番をしているルークの背中が目に入った。

 今はルークの番なのか、と思ったところで、小さく膝を抱える彼の肩が少し震えていることに気がついて目を丸くする。

 

 上司の意図を察して、俺は後頭部をかいた。

 そして、おそらく狸寝入りをしてるのだろう彼を肩越しに見やる。

 

「……様子見て来いって素直に言えばいいのに」

 

 呟き終わるが早いかもう一回蹴飛ばされました。素直じゃない人だなぁと苦笑する。

 

 

「ルーク」

 

 抑えた声で名を呼ぶと、ルークは驚いたように振り向いた。

 俺だと気付いて少し安堵したように息をついたものの、まだ表情はこわばったままだ。本当にどうしたんだろう。俺としても心配になってきた。

 

「……座るか?」

 

「あ、うん」

 

 進められるままにルークの隣に腰を下ろしたが、広がる静寂に、何か喋らなくてはと冷や汗が浮かびかけたとき、ルークが口を開く。

 

「あのさ、リックは怖くないのか?」

 

「なにが?」

 

 聞き返すとルークはひと息、言葉につまった後に震える声で言った。

 

「人を殺すこと」

 

 そしてまたぎゅっと己の膝を抱えたルークは、隣で眠るミュウを撫でながら続ける。

 

「おまえ戦闘のたびにビビって泣いていちいち大騒ぎするだろ?」

 

「ご迷惑おかけしてます」

 

 これでも前よりはいくらかマシになった。

 

「でも……盗賊とか、斬るじゃん」

 

 ルーク、本気で忘れてるかもしれないけど俺だって軍人なんだよ。こんなんだけど兵士だ。任務の中でそれなりに人を斬ったりする。

 斬ったり、なんて言うといくらか聞こえがいいけど、要するに。

 

「殺すこと、怖くないのか?」

 

 人を斬る嫌な感触が手の中によみがえる。

 その手を強く握り締めた。

 

「怖いけど」

 

 すごくすごく怖いけど。

 

「俺は、死ぬほうが、怖いから」

 

 他人の命と自分の命を天秤にかけた。

 そうしたら俺の天秤は、あっさりと自分のほうに傾く。

 

「だって死にたくないんだ。そうしたら、やるしかない。死ぬより怖い事なんてないじゃないか」

 

「……そっか」

 

 ぽつりと呟いたルークは、揺れる火を見つめて小さな子供のように目を伏せた。

 

「死ぬのも、怖いよな。俺だってそうだから殺すんだと思うけど。でも……やっぱ、ころしたくないな……」

 

 祈るように吐き出された言葉は、近いようで途方もなく遠いところにある気がした。

 

 でも、その願いはなんとなく優しく響いて、俺は不思議な気持ちになりながらルークと同じように火を見つめる。ジェイドさんの目と同じ、真っ赤な色をしていた。

 

「俺はよくわかんないけど、ルークはそれでいいんじゃないかなぁ」

 

 零れた呟きに根拠はなかったかもしれないが、それは紛れもなく本心だったと思う。

 

 

 

 

 三日目。

 ここまでくると緊張もしすぎてよく分からなくなってきて、ちょっとしたランナーズハイ。

 

 だけどここまで来ればケセドニアまであと少しだ。

 それを心の糧にビビり続け、三度目の野営地までこぎつけた。

 

 

 今の火の番は俺とティアさん。

 

 ティアさんはあまり口数が多いほうじゃないから、自然と静寂が長くなるけど気まずくはない。それは静かだけど優しい雰囲気を彼女が纏っているからだと思う。

 痛くない沈黙はなんだか落ち着くものだった。

 

 そっと目を伏せている姿を盗み見ながら思い出すのは夕方のこと。

 前回の野営のときに足を痛めたと来たミリアムさんが、今日ティアさんに治療のお礼を言いにきたのだ。

 

 女の人なのにアルビオールに乗らなかった彼女は、旦那さんと息子さんをアクゼリュスで亡くしたのだという。

 

 『どうして謝らせてくれなかったんだよ!』

 

 『謝罪はご自由ですが、時と場所をわきまえてもらいたいですね』

 

 そのときの大佐とルークのやりとりを思い目を細める。

 大変な事態のはずなのに、俺の気持ちはどこか温かかった。

 

「ティアさん。ルークと大佐は、優しいですね」

 

「え?」

 

 突然声を掛けられたティアさんが目を丸くする。

 覗いた青の瞳を見返して、俺は微笑んだ。

 

「俺ふたりみたいになりたいです。ふたりみたいに、やさしくなりたい」

 

 ティアさんも最初は驚いた顔をしていたけど、徐々にその表情が緩まっていく。

 そして少し首をかしげて、俺の言葉に、ええ、と柔らかく相槌を打ってくれた。

 

「“言わなくちゃいけないこと”を言ってくれるのはいつも大佐なんです。辛いとことか全部引き受けて、わざわざ憎まれ役になるんですよ」

 

 俺はそれがたまに酷くもどかしいけど、やっぱり誇らしくもある。

 

「それで、俺たちが“言えないこと”を言ってくれるのはルークなんです」

 

 また、ええ、と静かで優しい声が合間に混じるのがとても心地良くて、俺はまた笑った。

 

「俺とか臆病だから、ダメだと思ったらもう何もいえなくなるけど、『なにか出来る事はないのか』って、『このままじゃ嫌だ』って」

 

 ルークは、俺たちが言いたいけど言えないことをいってくれる。

 それこそ小さな子供みたいに、こんなのイヤだって叫んでくれる。

 

 ああ、俺は、ふたりみたいになりたい。

 俺の大好きな人みたいに、優しくなりたい。

 

「なれるわ、きっと」

 

「はい」

 

 二人で顔を見合わせて、微笑みあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 離れた場所で、木の幹に背中を預けたジェイドはふと目を開けて、空を仰いだ。

 木々の向こうに見える紺の空を見やりながら、そっと息をつく。

 

「……それなら私は、あなたが羨ましいですよ」

 

 

 どうやったらそんなに真っ直ぐに、人を慕えるものなのか。

 

 

 ぽつりと零したジェイドの声は、誰の耳にも届くことなく、木の葉のざわめきに融けた。

 

 

 

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