空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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Act28.3 - 国境線 教室

 

 みんなを見送り、頑張るぞと気合を入れた数十分後。

 俺は同じ場所で途方にくれていた。

 

 そうだよな、頑張るったってな。

 

「アルビオール~」

 

 頑張るべき場所が来てなきゃどうしようもない。

 エンゲーブの先に到着した人たちはもう案内されて避難場所へ行ってしまっているし。

 

 そのまましばらく立ち尽くしていたんだけど、出入り口を見張ってる兵士さんの視線が痛くなってきたので渋々移動する。

 ケセドニア内ならどこに居たってアルビオールには気付くだろうから、散歩でもしてようか。

 

 出鼻をくじかれて微妙にテンションが落ち込みつつも、とりあえずマルクト側に戻ろうと現在封鎖中である国境線の真ん中に立つ酒場のドアを開けた。

 

「あ」

 

「おや、アンタ」

 

 入ってすぐ、目に入ったのは酒場の隅にたむろしている三人組だった。

 その中のひとりである女性が俺に気付いて目を丸くする。

 

 通行料がどうのという話で彼らと揉めたのはついさっきだ。

 すっかり忘れていたけど、そりゃ来るときにいたなら戻るときもいるか。

 

 ええと、だけど、何ていう名前だったかな。

 翼、なんとかの翼。

 

 後ろ手に扉を閉めながら考える。

 

「え~……えぇえと、あの、あれだ、密告の翼!」

 

「漆黒だよ」

 

 脇にいた海賊みたいな格好をした人が呆れながら訂正した。確か彼はヨークと呼ばれていただろうか。

 

「まだここに居たんで…居たのか?」

 

 敬語を使ったものかと迷う。

 でもいちおう彼らは盗賊団で、俺はマルクトの兵士だし、あまり下手に出るのは良くないかもしれない。いや、怖いから上手にも出ないけど。

 

「そっちこそ。坊やたちはどこかに行ったんだろ、アンタ置いてけぼりかい?」

 

「ちちちちがうやい! 断固違う! 置いてかれたんじゃないもんね! 俺は別の仕事を頑張るのっ!」

 

「……そ、そんな涙目になることないじゃないの」

 

 ちょっと困ったように言いながら、覗き込んでいた手鏡をぱちんと閉じる。

 そして女性、ノワールは俺を見てふと首をかしげた。

 

「別の仕事があるって言うわりには、さっき暇そうな顔してたねぇ」

 

「それは、その、別の仲間が到着するまではやることなくて」

 

 だから散歩でもしようかと思ったのだと正直に告げると、彼女は「ふぅん」と軽く相槌を打って紅色の口元に笑みを乗せた。

 

「急ぎじゃないなら、ここにいたらどうだい」

 

「ノワール様、良いんでがスか?」

 

 そう言って手品師みたいな格好をした小男、ウルシーがノワールを仰いだ。

 まぁやる事はないけど、顔見知りでも盗賊団と一緒っていうのは怖いような気もする。

 

「ちょろちょろと往復されるほうが迷惑さ、憲兵にバレちまうからね。分かったらそのへんで大人しくしておいで」

 

 不本意ではあったけど、ここは本当に困ってる人が通るとさっき聞いたから、そう言われると心苦しい。

 考えた末に彼らとは少し離れた場所にあるカウンター席に腰を下ろした。

 

「お前さん、ただの兵士だろ。あんな仰々しい連中によく付き合ってられるもんだよ。この隙に逃げちまえばいいのに」

 

 からかい混じりに言ってきたヨークに、俺はムッと眉をつり上げる。

 

 公爵子息、皇女、主席総長の妹さん、導師守護役に元マルクト貴族、マルクト軍の第三師団師団長、そしてさっきまでいたローレライ教団の導師さま、という、確かに時折 泣きたくなるほど仰々しいというか神々しい顔ぶれには違いないが、その言葉は聞き捨てならない。

 

「付き合ってるんじゃなくて俺が必死に付き纏ってるんだよ! ちょっと気を抜いたら捨てられそうなこの状況の怖さが分かるか!」

 

「……よく分からんが悪かった」

 

 さらに呆れ顔で腕を組み直したヨークと入れかわりに、ウルシーが俺の顔を覗きこむ。

 

「なんでそんなに付いて行きたいんでがスか?」

 

「そりゃ、大好きだから。今回だって泣いたほど付いて行きたかった」

 

「泣きたいほど、じゃないのか」

 

 泣き済みだ。ヨークの突っ込みに背中で語る。

 

「……だけどあの人が頼れるような部下になりたいから、俺も頑張ることにしたんだ。でもいざ頑張ろうと思ったら頑張る場所が到着してなくて」

 

 勢いばかり空回った結果の今の脱力具合。

 溜息をついた俺を、ノワールがまた手鏡をいじりながらチラリと見た。

 

「アンタの首の上に乗っかってるのは飾りかい?」

 

 ぱちっ、と手鏡を閉じる軽い音。彼女はカウンターの上に乗り出して距離をつめると、人差し指で俺の頭を指差す。

 

「え、えぇ?」

 

「戦争の起きてる今、手が欲しい場所は五万とあるんだ。それならこんなところでグズグズしてないで、仕事のひとつも探しに走り回ってきたらどうだい」

 

 マニキュアのついた爪で軽く額をこづかれる。

 突かれた場所を押さえながら、呆然と彼女を見返した。

 

 ピシャリとした言葉。

 それはしっかり自分の足で立ってきた人の声だった。

 

「まあ言われた事だけこなすってのもありだよ。余計な行動は嫌がられる場合が多いしねぇ」

 

 だけど、と彼女は言う。

 

「本当に頑張りたいと思うなら、自分の頭で考えて動いてみるのも良いんじゃないのかい」

 

 本来の仕事に差し障るほど大層なことじゃなくていい、

 ほんの小さな事でいいんだと、ノワールは大人の女性の顔で笑った。

 

 そして気付く。

 俺、変わりたいとか言っといて、やっぱり大佐に頼ってたんだ。ジェイドさんの命令に。

 

 言われたことをこなして、例えば何か悪い事が起きたとき、その責任は“言った人”に降りかかる。それは大抵の場合が上司で、つまりはジェイドさんに。

 

 俺はずっと自分が“責任”を被るのが嫌だっただけなんだ。

 

 

 ……頑張るって思った以上に大変なことなんだなぁ。

 

 ノワールをちらりと伺い見る。

 盗賊団の人たち。だけど、さっきより怖くなくなっていた。

 やり方は悪いのかもしれないけど、彼らは俺よりずっと強く生きてる。

 

 

 ぎゅっと拳を握ったところで、上空から聞き覚えのある音が響いてきた。

 他の譜業には出せないこの風を切る音は。

 

 俺はすぐさま表情を輝かせて立ち上がった。

 

「アルビオールだ!」

 

 勢いよく扉のほうに向かいかけ、途中ではたと彼らのほうを振り返る。

 

 兵士が盗賊に言っちゃダメなことだろうという自覚はあるから、気まずい思いに少し舌の上でもごもごと言葉を転がしたけど、意を決して口を開いた。

 

「仲間が着いたから、手伝いにいってくる。でも俺、今度からはもっとちゃんと、自分で考えて動いてみるから、その、」

 

 ああ、まぁいいや。

 この戦時中だし、兵士も賊も無礼講だ。

 

「色々ありがとう」

 

 三人がきょとんと目を見開いたのが見えた。

 

「……それじゃ!」

 

 急ぎ足で外に出て、すぐさま扉を閉める。

 わりと大きな音がしてしまって、慌てて辺りを見回したが、傍に兵士の姿は無かった。

 

 扉に背を押し当てて安堵の息をつく。

 するとその向こう側から、聞こえてくる小さな会話に気がついた。

 

「ああいう助言みたいな事、めずらしいですね、ノワール様」

 

「なんか段々ウチの子供たち見てるみたいな気持ちになって、ついねぇ」

 

「アイツかなりいい大人でがしたよ」

 

「……そうなんだけどさ」

 

 不思議そうに息をつくノワールの声を聞いてから、俺はそろりと酒場前から離れた。

 街の人にアルビオールが下りた方向を尋ね、そちらに向かって走りつつ、冷や汗を拭う。

 

 

 女性の勘って、あなどれない。

 

 

 




ノワールの言う「ウチの子供たち」はナム孤島で養ってる子供達の事。
リックの中身は十歳児。ノワール様大当たり。
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