空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken- 作:甘味RX
「アンタ、なんでリックを置いてきたんだ?」
「なんだか聞き覚えのある質問ですねぇ」
パッセージリングの操作を終えた俺達は、大地が無事に降下するのを見守るため未だセフィロトに留まっている。
雑談に花を咲かせるみんなの意識がこちらからそれている事を確認して、ひとり操作盤の傍に立つ男の傍に近寄った。
俺の問いに、ジェイドは少々呆れたように首を横に振る。
「別に第七音譜術士でも特別な知識があるでもないですから。戦力は足りてましたし、まあぶっちゃけ邪魔ですので」
いつもの笑みを浮かべてそう言ったジェイドを横目に伺って、肩をすくめた。
この旅を始めて間もないころなら、そんなものかと納得していただろう。
だが例えなりゆきでもこれだけ行動を共にすれば、色々と気付いてくる。
「これは俺の勝手な推測なんだが」
「どうぞ」
「ケセドニアにはノエルが――アルビオールがあるからじゃないのか?」
もし俺達が降下に失敗したとしても、アルビオールがあればこの大陸から脱出できる。命は助かるだろう。
「はは、私がそんな慈悲深い人間に見えますか」
「それがなぁ、見えないんだよ」
でしょう、と笑う男を見返す。
リックのやつがキレイだキレイだとよく口にする赤色の目から、何らかの感情を読み取る事はできなかった。隠す事にかけては拍手してやりたいほどそつない奴だ。
ひとつ溜息をはく。
そう、ただそれがリックの安全を確保するためだというなら話はもっと簡単だったのたが、どうも解せないところがある。
「見てる限り、アンタにとってアイツはどうでもいい存在じゃない。それは分かる。だけど、大事に庇護するような相手でもないんだろ?」
普段から蝶よ花よと面倒を見ているなら話は別だが、ジェイドはむしろあの臆病さを矯正するために、わざと危険な場所に放り込んでいる節さえある。
今更、危ないからと安全なところへ置いてやったりするだろうか。
第一安全とはいっても、ノエルが間に合わなければそれまでだし、逆に一緒に来たとしても、こちらにはティアがいる。もしものときは彼女の譜歌に頼れば最悪自分たちだけでも助かる可能性はあった。
要するに、あそこでわざわざリックを残す意味がないんだ。
エンゲーブの人達の避難なら、アスターが十分人手を集めてくれる。
彼が手伝う強い必要性はない。それはジェイドも分かっているはずだった。
何から何まで理詰めで動いて、無駄な指示を出すことがない男が時折見せるちぐはぐな言動に違和感を覚える。
彼を相手にしているとき、それこそ父親みたいな顔で背を押しているかと思えば、ここぞという時に距離をおく。
そんなふうに目の前で突然かかる鍵に、無意識か意識か気が付いているのだろうか。
リックはリックで普段うざいほど付き纏ってるくせに、肝心な時すがる手を引っ込めている気がする。
ザオ遺跡に入ってすぐ、前来たときとは取り巻く状況が随分変わったというティアの言葉に、筆頭としてヴァンのことを持ち出した後、ジェイドが小さく零した言葉を思い出す。
それはほとんど音の形を成していなかったから、動いた唇を読めたのは偶然だった。
( あのこ も )
近いような遠いような、奇妙な関係。
手を伸ばしかけては、突き放す。
この感情を表に出さない男が何を考えてるのかなんて検討もつかないが。
「きっとアンタが思うほど、あいつもいつまでも子供じゃないぜ」
徐々に、だけど確かに前へ進み出した二人のレプリカを思う。
子供の成長はいつだって、俺たち大人が考えるよりずっと早いんだ。
でもそれは、当人達の思い描く速度よりは、ずっと遅いのかもしれない。
「……言われなくとも」
長い静寂の後、ため息と共に押し出された苦味を帯びた呟きに気付かないふりをする。
彼は立ち上る記憶粒子を眺め、やがてゆっくりと目を伏せた。
それは“チャンス”