空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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Act5.2 - 森の中心でSOSと叫びます

 

 道中、魔物に出会うたび、俺は恐れながら導師さまを小脇に抱えて逃げるという戦法を取り、なんとか目的地までたどり着いた。

 

 このまま魔物を避け続けていけるかと期待が過ぎるも、人生そう上手くはいかなかった。

 

 

 大佐、チーグルの森に入った早々、俺たちピンチです。

 どこからどうみても魔物に囲まれています。

 

 唸り声を上げて姿勢を低くしている数匹のウルフ。

 

「ど、導師さまは俺の後ろに!」

 

 たいした魔物じゃない。簡単に蹴散らせる。

 

 自分の実力と照らし合わせてそう結論付けつつも、守らなきゃいけない存在がある緊張で剣先が震えてしまう。

 

「……リック、大丈夫ですか?」

 

 あまりの震えっぷりに導師さまが心配そうに声を掛けてくれた。

 大丈夫か大丈夫じゃないかといえば かなり大丈夫じゃないが、それでもやるしかない。

 

「大丈夫(だと思いたい)です! まかせてくださ、ぁヒィぃいい!!」

 

 突如 飛び掛ってきた一匹のウルフを死に物狂いで弾き飛ばす。

 俺いいよって言ってないよ、言ってないよね。なんでいきなり来るんだよ。止めてくれよ。

 

 大佐がいたら鼻で笑われそうな言い分を脳内で繰り返すも、今の俺はそれがバカな言い分だと気付かないくらい動揺していた。

 さっきのを皮切りに次々と攻撃をしかけてくるウルフたちに向かって剣を振り回す。

 

 ええとええと対多数の場合は一体ずつ確実に仕留めて、いやでも護衛任務のとき優先するのは要人の安全だから隙を見て逃げるのがベターで、ああだけどこれじゃ逃げられないし。

 

 思考がぐるぐると回り、どんどん体捌きがおろそかになっていく。

 

 俺が導師イオンを守らなきゃいけないのに。

 ああ、神様、ローレライ様、ジェイドさん……!

 

「前に跳んでください!!」

 

「!」

 

 導師さまの、優しい声の鋭い指令。

 それが脳を突き抜けた瞬間、俺は考えるより先に地面を蹴っていた。

 

 視界の端に、地面から突き上げる強い光が見える。さっきまで俺がいた場所だ。

 受身をとって身を起こしたときには、すでに光は消え去り、ウルフは陰も形も無かった。

 

「すごい」

 

 そういえばローレライ教団の導師は特別な譜術を使う、と大佐に聞いたような気がする。これがそうなのか。

 

「大丈夫、でしたか?」

 

「は、はい! ありがとうございます! でもすごいですね導師さま、あれだけの魔物を一瞬で倒すなんて」

 

「いえ……。それでは、行きましょう、か」

 

 はい、と返事をしようとしたとき、導師さまの体が ぐらりと傾いだ。

 

 寸の間 体が硬直する。

 

 それから抱きとめようと慌てて腕を伸ばしたが、小さな体は俺の指先をかすって、地面に倒れ込んだ。

 

「ど……っ」

 

 すっと全身から血の気が引いていく。心臓が高鳴る。

 助け起こさないとと思いつつも体が動かない。

 

 俺が固まっている間にも自力で上体を起こした導師さまへと、半端に伸ばしかけていた腕を留めていると、走りよってくる人の足音が聞こえた。

 

「おい、大丈夫か?」

 

 現れたのは、赤い色。

 その自分にとっては世界の意味にも等しい色に、弾かれたように正気を取り戻した。

 転びそうになりながら、導師さまにすがりつく。

 

「すみません導師さま、すみません、ごめんなさい!!」

 

 知らなかったなんて言い訳にもならない。

 だって譜術が負担になることは知らなくても、体が弱いことは知っていた。それで術を使わせたなら同じだ。

 

「俺のせいですぅううう!」

 

 すがりついた上に泣き崩れる俺を見て導師さまがおかしそうに笑う。

 

「大丈夫ですよ、少し疲れただけですから」

 

「だけど導師さまぁ!」

 

「ふふ……ところで、あなた方は確かエンゲーブにいた……?」

 

 肩で息をしながら顔を上げた導師さま。

 つられるように同じ方向を見やり、目を丸くした。

 

「あ」

 

「お前」

 

「あのときの」

 

 赤い髪の少年と、青い目の女の子。

 再会というには早すぎる遭遇に、お互い呆気に取られた顔で動きを止めていた。

 そして俺はさっき正気を取り戻させてくれた赤色の正体を知る。あの赤か。

 

「リック、お知り合いですか?」

 

「あ、昨日ちょっとだけ話したんですよ」

 

 聞きながら立ち上がろうとする導師さまに手を貸そうと俺が動くより先に、正面に立っていた赤毛の彼がすこしぞんざいに導師さまの手を引いた。

 

 やっぱり優しい人だ。

 昨日の勘が外れていなかったことを嬉しく思ってひそかに笑む。

 

 導師さまの後ろにひかえて会話を聞いていたところによると、赤毛の彼はルーク、青い目の彼女はティア・グランツさんと言うらしい。

 

「いや、ていうか、神託の盾騎士団の方ですか!?」

 

「え? ええ」

 

「そ、それは、俺、もとい私、昨日は大変失礼を!」

 

「あ、だ、大丈夫です。気にしないでくださいっ」

 

 こっちの勢いにつられて、彼女も慌て気味に手をぶんぶんと横に振る。

 中間管理職さながら頭を下げあう俺たちに、呆れ顔のルークが口を開いた。

 

「つーかオマエはなんなんだよ。なんでここにいんだ?」

 

 翠の瞳が俺を捉える。

 

 彼の疑問はもっともだ。怪訝そうな二人の視線に顔が引きつる。

 だって導師さまとこんな森で二人っきりなんて、誘拐犯と思われても仕方ない。

 違うんです、連れ出したのは俺だけどお互い同意の上なんです。いや、これじゃ駆け落ちみたいだ。

 

 突然の問いに完全に思考がストップした俺の代わりに、ルークの問いに答えてくれたのは、穏やかな笑みをたたえた導師さま。

 

「彼はリック。僕の護衛役として同行してくれているマルクト軍の兵士です」

 

「兵士ぃ?」

 

「そ、そんなうさんくさそうな目で見るなよ」

 

 あからさまな反応を示すルークに少し落ち込む。

 確かに軍人としての出来はあまり、かなり?よろしくないかもしれないが、俺にだって軍属として生きてきたプライドというものが……

 

「開いた扉も避けられないであっさり気絶したやつが軍人だとか言われてもなぁ」

 

「はい! 返す言葉もありません!」

 

 ああなんか目からしょっぱい水が流れていく。

 大佐、俺いつか立派な軍人になりたいです。

 

 

 

 

 一匹のチーグルを見つけたはいいものの、導師さまを連れて行くことに難色を示すグランツ響長。

 

 当然の反応だろう。俺だって導師さまのやりたいことをさせてあげたいとは思うけれど、本当なら彼女と同じ事を言いたい。やっぱりお連れするべきではなかったんだろうか。

 

 黙り込み視線を交わす俺とグランツ響長を見上げて不安そうにする導師さまに、助け舟を出したのはなんとルークだった。

 連れて行こうという彼の提案をグランツ響長はやっぱり反対したけれど、強気なルークの言葉に、流れが少しずつ導師さまに向いてくる。

 

「それに、青白い顔でぶっ倒れそうなやつと、魔物に死ぬほどビビってるやつ。こんなヤバイやつら ほっとくわけにもいかねーだろ」

 

 最後、思わずというように零れたそれに目を見開く。感動した。やっぱり、やっぱり、ルークは優しいやつだ!

 

「あ…ありがとうございます! ルーク殿は優しい方なんですね」

 

「だ、誰がだよ!?」

 

「ルーク、導師さまだけじゃなくて俺の心配までしてくれるなんて!」

 

「アホか! そりゃ二人いりゃそうなるだろ!」

 

 顔を真っ赤にして怒鳴るルークに導師さまと二人で詰め寄る。

 なんだか分からないけど、傍にいるとなんとなく嬉しい、なんて、ルークは大佐みたいだ。

 

「本当にありがとうございます、ルーク殿!」

 

「ありがとうルーク!」

 

「あ゛ーもう! うるせーうるせー!!」

 

 どかどかと荒く歩き出したルークの背を見ながら、俺は導師さまとふたり、上機嫌に笑った。

 

 

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