空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken- 作:甘味RX
みんながみんな敵じゃないと分かっているが、襲撃され続けた旅ゆえに、申し訳なくもダアトにあまり良い印象がない俺は、ルークの後について恐る恐る教会内を進んでいた。
いや、良い思い出がないのはダアトというより信託の盾の制服なのだが、見慣れたアニスさんやティアさんの制服は落ち着くものなのでそのへんは曖昧なところだ。
イオンさまに会いに行くと思えば、となんとか怖さを紛らわせていたのだが、たどり着いた部屋に彼の姿はなかった。
どうしたものかと室内を見回していると、ふいに響いてきた足音。
ちゃんとした許可を貰ったわけじゃないから見つかったら不審者+侵入者で怒られるどころじゃない。みんなで慌てて隣の部屋に飛び込んだ。
俺とルークで念のため軽く扉を押さえながら、弾む心臓をそのままに息をひそめる。
「……気のせいだったか」
なんだか聞き覚えのある声だと思ってアニスさんに視線を送れば、彼女は苦い顔で頷いてくれた。
唇の動きだけで、モース、と返してくる。
そりゃダアトの人なんだからダアトにいるよな。
考えれば当然の事態ではあったものの、出来れば会いたくない人には違いなかった。気付かれなければいいなと静かに溜息をつく。
だが続けて聞こえてきた声に、大きく目を見開いた。
「それより、大詠師モース。先ほどのお約束は本当でしょうね」
そう多く会ったわけでもないのに強烈に脳裏に染み付いている。
何であいつがこんなところに…いやもとい、奴も六神将。モース同様ここにいてもおかしくない顔なんだった。
まさかヴァン謡将まで出てきたりしないよな、なんて嫌な汗を滲ませかけたとき。
「協力すればネビリム先生のレプリカ情報を……」
「任せておけ」
ネビリム、という名前に、反射的に上司の姿を見やった。
赤い目はじっと声のする扉を眺めている。
「…………」
俺は開きかけた口をすぐ閉じて、みんなに見えないよう僅かに顔を俯けてから、眉間に皺をよせた。
少し、目を細める。
「おい、リック? モース達行ったから、俺らもイオンのところに行くぞ」
「……えっ、あ、うん!」
ガイに目の前で手をひらひらと振られてハッとし、俺は慌てて扉の前から退いた。いつのまにか向こうに人の気配はない。
部屋から全員が出て行くのを見届けて、最後に扉を閉めてから続く。
そのまま後方を歩きながら、前を行く大佐の背中を見つめて、俺はまたちょっと俯いた。
*
「イオンさま! ご無事でよかったです! ヴァン謡将に誘拐されそうになったりしませんでしたか?」
「はい、大丈夫です」
再会したイオンさまは別れたときと変わらず、柔らかな笑顔を浮かべてくれた。
大丈夫とはいっても色々前例があるから心配だなぁ。本当に困ってると言われたら優しく笑ってついて行ってしまいそうだ。
そう思うとやっぱりアニスさんが傍にいてあげたほうがいい気がするけど。
セフィロトの暴走について、秘預言に詠まれてないか調べてくれたイオンさまが、詠み終えた瞬間がくりと座り込んだのに、アニスさんと二人慌てて駆け寄る。
秘預言にはアクゼリュス崩落と戦争についてしか記述はなかった。
もう秘々預言とか出てきても驚かない自信はあるけど、現状としては困ったことにそんなモノ無いらしい。
「だってルークが生まれたのは七年前よ」
絶対だったはずの預言に生じた矛盾。
「ユリアの預言にはルークが、レプリカという存在が抜けているのよ」
それは一体、何を表しているんだろう。
俺の頭では到底考えの及ばない大きすぎる問題にかるい知恵熱ならぬ知恵頭痛を感じたとき、清閑な礼拝堂に似つかわしくない荒い足音が近づいてきた。
「見つけたぞ、鼠め!」
現れたオラクル兵がそう叫ぶが早いか素早く動いた大佐たちに釣られて、うっかり俺も飛び出してしまった。
剣の柄で兵の一人の腹を殴りつけて昏倒させてから、はっと我にかえる。
「う、うわあどうしましょう大佐!?」
「衝動で犯行に及んだ殺人犯ですか貴方は。とりあえず殺してはいないんですから捨て置きなさい」
「はい……」
出来るだけ優しく床に寝かせて、そっと両手を合わせた。
ごめんなさい。普段なら俺間違ってもこんな動きは出来なかったんですが。
ちょっと、考え事をしていたせいかもしれない。
また胸の中に立ちこめかけた気持ちを、何度も首をふって振り払う。
そして強く床を蹴りあげて、みんなの後に続いて走った。
走って走って、たどり着いた町の出入り口には、すでにたくさんの兵が待ち構えていた。その中心にはモースの姿が見える。
強行突破をしようと大佐が詠唱に入った瞬間を見計らったように、辺りに響いたのは本日二度目の声だった。
「抵抗はおやめなさい、ジェイド」
またこんな大変なときに、と振り返った先の光景に息をのむ。
アルビオールで待機しているはずのノエルが、ディストの譜業椅子に乗せられて浮いていた。
それを見た大佐が詠唱を解くと、傍にいた兵が剣を突きつける。
「いいざまですね!」
高笑いと共にそう言ったディストに、大佐は「お褒めいただいて光栄です」と肩をすくめただけだったけど、奴相手だとなぜか異様に短くなる俺の気はそこでふつりと切れた。
ディストのほうにびしりと人差し指を突きつける。
俺どうかしてたと後悔するのは毎回、事が終わった後だ。
「てんめジェイドさんに剣つきつけさせるとはどういう了見だ ハナタレー!」
そのときジェイドさんが頭痛を堪えるように眉間に指を置いたのと、他数名が「あーあ」というように空を仰いだのが見えた。
ディストは俺の言葉に顔を歪めると、苛立たしげに腕を組んだ。
「うるさいですよ劣化レプリカ2号! ノミの心臓は交換したんですか!?」
「そっちこそうるさいな現役だよ!」
「力いっぱい言う事じゃないぞー……」
反射的に怒鳴り返せば苦笑するガイの突っ込みが耳に届いた。
だが届いたと認識できたのは正直 頭が冷えた後のことで、その瞬間はほとんど聞こえてはいなかったが。浮遊椅子の上で意識なくぐったりしているノエルの姿もまた火種だ。
「つかオマエ女性に対してなんたる扱いを――!!」
「リック?」
だが、そのとき空気を揺らした冷えた声に、俺の頭も一気に冷える。
見なくても大佐が完璧な笑顔を浮かべているのが分かった。
頭に冷水どころじゃない、瞬間冷凍だ。
自分のやらかした事を理解するにつれて冷や汗が溢れる。
「しーずーかーに、しましょうね、リック」
「…………はい」
虫の鳴くような声で返事をした俺の正面、青い顔のディストが目に入り、なんだかしょっぱい気持ちで瞑目した。
そうか、お前もか……。
絶対零度のあの笑顔が怖いのは一緒。