空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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Act30.3 - イニスタ湿原の葛藤

 

 バチカルを出たものの、ザオ砂漠は崩落してしまった。

 アルビオールのない今、現在残る唯一の退路であるイニスタ湿原。

 

 そんな湿気と暑さが嫌な感じに入り混じる場所を、俺達は進んでいた。

 

「……リック、手を離しなさい」

 

「だだだだってジェイドさん! さっきの魔物見たじゃないですか!」

 

 さっきから大佐の服の端っこを掴んで小さくなりながら歩く俺に、溜息をついた大佐が呆れたように言った言葉を盛大に拒否する。

 

 あんな怖そうな奴がうろついてるなんて聞いてない。

 というか、ジェイドさんすら驚くような薄ぼけた魔物の話を俺が知るわけない。

 

「大佐、あたしの持ってるラフレスの花粉、リックに渡しましょうかぁ?」

 

 前を歩いていたアニスさんが、手にした小袋を掲げて揺すった。あれはさっきの魔物が嫌いな花の花粉だそうだ。

 

「いえ。どうせ肝心なときに『落としました!』なんて有りがちな展開で終わるのが見えてますから」

 

「ジェイドさぁん~!」

 

 未来を見てきたような話ぶりに服を握り締めたまま泣きつくと、ガイやルークの笑い声が聞こえてきた。

 

「ははっ、いつでもどこでもリックはリックか」

 

「あいつもよく飽きずにビビるよなぁ」

 

 な、と水を向けられたナタリアさんが、少しだけ口元に笑みを乗せたのが見える。

 滴る涙をぬぐいつつ、そのことに内心ほっと息をついた。

 

 無理もないけど、ナタリアさんはバチカルを出てから前以上に元気がない。

 みんなあの手この手で元気付けようとしている中、俺の情けないビビリ姿ひとつでちょっとでも笑ってくれたなら良かった。

 

 いや、でも怖いのは良くないけど。

 あんなどう考えても敵わない魔物、怖すぎる。

 

 

 

 

「……ジェイド! 休憩!」

 

 湿原をだいぶ進んだところで突然ガイが上げた声に後ろを向くと、立ち止まっていたらしいナタリアさんがはっとこちらを振り返ったところだった。

 

 道中も度々後ろ、バチカルのほうを見ていたナタリアさん。

 そんな彼女をよく気に掛けていたのは、この顔ぶれ切ってのお母さ…フェミニストのガイだ。

 

 でもガイだけじゃない。みんな心配していた。

 ルークもティアさんも、アニスさんも、きっとジェイドさんも、もちろん俺も。

 

 バチカルの、人達も。

 

「バチカルのみんなはキムラスカの王女じゃなくて、ナタリアが好きなんだよな」

 

 噛み締めるように言ったガイの言葉に、俺はゆっくりと空を仰いだ。

 

 王女じゃなくて、ナタリアさん。

 本物とか偽物じゃなくて、みんなナタリアさんが好きなんだ。

 

 ナタリアさんっていう、ひとりの優しい女の子が。

 

「……あの、俺も、月並みだけど」

 

 みんなの話の合間に割り込むのは少し気が引けたけど、恐る恐るの拱手付きで声を上げれば、みんなと、ナタリアさんの潤んだ瞳が俺のほうに向いた。

 ごめんなさい何でもないです、と言って逃げたい気持ちを押さえつける。

 

「俺が知ってるのは王女さまじゃなくて、ナタリアさんだから、王女さまかどうかは関係ないから……その、俺もナタリアさん大好きですから!」

 

 なんだか話が繋がってないけど、拳を握り締めて詰め寄れば、ナタリアさんはきょとんと目を丸くした後、目元を指で拭いながら柔らかに微笑んでくれた。

 

「それに、陛下がどうしても拒絶するならマルクトにおいで。キミなら大歓迎さ」

 

 続けられたガイの言葉に、今度はナタリアさんの顔が真っ赤になる。

 なんか関係ないのに俺までちょっと赤くなりそうだった。

 

 女性への言葉にはうとい俺だけど、これだけは分かる。

 ガイって、きざだ。

 

 

 

 

 そんなこんなで少し元気を取り戻したナタリアさんに、安心してまた湿原を進み始める。

 俺は後方を歩きながら、とにかく笑ってくれてよかった、と笑みを浮かべた後、ふと真顔になって俯いた。

 

 自分と、バチカルの人達との違いに、ほんの僅かでも気付けた気がしたから。

 

 

 正直言えば、ぴんとこなかったんだ。

 

 自分が自分でしかなかった。

 自分の存在が揺らぐことなんてなかったから、二人がなんで悩んでいるのか、分からなかった。

 

 

 動きの鈍い頭に酸素を送るように、短く息をつく。

 

 アッシュにレプリカが最悪の模造品だと聞いたとき、多少なりと分かったつもりだったのに。

 

 俺はすぐ忘れる。

 俺はルークやナタリアさんが悩む理由が解らない。

 

(こんなだから、オレは)

 

 あのとき、“間違って”しまったんだろうか。

 

 『 お兄ちゃんの にせもの! 』

 

 

「リック」

 

 鼓膜を揺らした呼び声に、急いで意識を引き戻す。

 

「あ……はい、大佐」

 

 いつのまにか横を歩いていた大佐を見て首をかしげる。

 さっきの休憩で幾分落ち着いたから、もう服を握ってはいない。

 

 特に怒られるようなことは無かったはずだが、と怒られる前提で考えているのもまずい話だろうか。

 

「瘴気に続いて、今度は湿気に頭をやられましたか?」

 

 だが大佐はどこか揶揄するような笑みを浮かべてそう言った。

 

「いきなり何言うんですか、ひどいなぁ」

 

「いいえ。どこかのバカがいつになくバカな顔をしてたんで、きっとバカなことを考えているんだろうなと思いまして」

 

 いつになく滑らかにすべりでる言葉を聞いて、俺は曖昧に笑った。

 性格的なものなのか、あんまりこういう笑い方は得意じゃなかったけど、今はこれしか出てこない。

 

「そんなことないですよ。やだなぁ、大佐」

 

 ちょっと歩調を速めて、弾むように歩きながら俺は元気よく角を曲がった。

 

「ハハ、俺ほんと何も、」

 

 肩越しに大佐のほうを振り返ってそう言った後、おもむろに顔の向きを正面に戻す。

 

 真っ黒でつやつやとした毛並みが、視界いっぱいに広がった。

 やあ、素敵な毛皮ですね。

 

 

「……ぅいひぃあぁああ!!」

 

 例の魔物の出現により、強制的にジェイドさんとの会話は途切れた。

 ああ、どさくさに紛れて助かったような全然助かってないような……。

 

 

 

 

 もうすぐ湿原を抜けられる。

 度重なる逃走劇にぐったりと歩いていた俺の肩が、ぽんと叩かれた。

 

 緩慢な動きで振り返れば、そこにはきれいな深緑色の瞳。

 

「ナタリアさん? どうしました?」

 

 ぽろっと言ってのけてから、敬語を使ってしまったことに気付きとっさに口を押さえた。そんな俺を見たナタリアさんがいつもの強気な目で腕を組む。

 

「リック」

 

「……はい」

 

 じゃない、「ああ」だ。またしても。

 これはお説教だろうか、と眉尻を下げる。

 

 だがナタリアさんは何故か、してやったりというように微笑んだ。俺の鼻先にぴしりと人差し指を突きつける。

 

「私は本当の王女ではないのですよ」

 

「ナタリアさん、それは……!」

 

 どれだけ慰めようと思っても、そればかりは一朝一夕で心の整理がつく問題じゃないはずだ。

 やっぱりまだ落ち込んでるのでは、と身を乗り出した俺を手でそっと制して、彼女は笑った。

 

「ですから、ナタリアさん、は止めてくださらない?」

 

 その悪戯っぽい笑顔に目を丸くして、それからゆっくりと笑みが浮かんできた。

 俺達は最後尾にいたから、足を止めてもすぐには気づかれない。

 

 向かい合い、改めて目を合わせる。

 やっぱり強いなぁ、“女の子”は。

 

「ナタリア」

 

「はい」

 

 二人で顔を見合わせて、また笑った。

 

 

 そうだよな。

 俺にとってナタリアさん…ナタリアはナタリアだ。

 

 ルークとアッシュだって、

 

 

 そう考えた瞬間、ぴくり、と指先が痙攣した。

 

(……ルークとアッシュだって、なんだ?)

 

 合わせて体全体を取り巻いたのは、それまでずっと流れていた木の葉が川べりに引っかかったような、奇妙な感覚。

 

 

「リック、いきましょう」

 

 呆然と手の平を額に当てた俺の耳に届いた穏やかなナタリアの声に、はっとして笑みを浮かべた。

 

「うん」

 

 しっかり元気を取り戻した様子の彼女に安堵して、その華奢な背中を追い歩き出す。

 

 

 ただ脳裏を過ぎった矛盾の意味に、気付かないふりをして。

 

 

 





リックがこれまでレプリカだ偽者だの悩みにわりとノータッチだった理由。

ナタリアの偽王女騒動についても、リックが心配してたのは「ナタリアさんの元気が無いこと」についてだけで、彼女の心情なんかはいまいち分かってなかった。
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