空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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Act31 - ベルケンドの悪夢

 

 湿原を抜けて、たどり着いたのは俺にとって二回目のベルケンド。

 

 そういえば一回目のときは、

 ルークがいない。ガイが怖い。ジェイドさんがフォミクリーの発案者だってスピノザに暴露されてしまう。ガイが怖い。ガイがルークを追うために抜けてしまう。

 

 などなど色んなことがあったっけ。あれ、ガイが怖いって二回言った?

 

 まあ何はともあれ、今度は何事も無いといいなと空に願いをかけてから数分後のこと。

 

「本当にこのまま行くんですかぁ?」

 

 俺は大佐のナナメ後ろを歩きながら、震える声で問うていた。

 

 

 情報入手のためにスピノザを絞り上げるべく第一音機関研究所に向かった俺達は、その入り口でオラクル兵に呼び止められた。

 早々に見つかったと一瞬肝を冷やしたが、どうも様子がおかしいと思ったら、話を聞くに兵士はルークのことをアッシュと勘違いしているらしかった。

 

 ヴァン謡将が“アッシュ”を呼んでいるとのことで、絶好の機会だからこのまま連行されてしまおうという大佐の言葉に、きゅっと胃を締め付けられたのがついさっき。

 

 

 迷路のような研究所の中を兵士に挟まれて進みながら、声を潜めて問いかけた俺に、大佐が少し眉を顰めた。

 

「……そうですねぇ」

 

 ちょっと悩むような語調に、あれ、と目を丸くする。

 俺がビビった事を言うといつもウザイで一刀両断または無視なのに。

 

「しかしここまで来ると、もう後戻りはできません。出来るだけ後ろで控えていなさい」

 

「あ、はい。そうですよ……ねぇ」

 

 一も二もなく返ってくると思った言葉が気持ちばかり濁されたことに内心首をかしげつつ、曖昧に相槌を打った。

 

 それにしてもヴァン謡将とは、アクゼリュス以来だ。

 

 隙あらば剣に伸びようとする手を必死に押し留める。

 この状況で剣なんか触ったら俺たちを挟んでいるオラクル兵に切り捨てられそうだ。そこで「違うんです精神安定のためなんです」という言い訳が通るかは非常に怪しい。

 

 やがて、ある扉の前で先頭の兵士がきちりと背を正した。

 

「ヴァン主席総長、失礼します!」

 

「入れ」

 

 中から聞こえてきた声に、びくっと肩が震える。

 こ、こわくない。こわくないぞ俺。がんばれ俺。ああやっぱ怖い怖い怖い。

 

 そして扉が開かれると同時に、ルークとティアさんがその中へ駆け込んだ。俺たちもその後に続いて室内へ足を踏み入れる。

 

 先導していた兵士が出て行くのを、視界の端に見送る。できれば一緒に出て行かせてもらいたかったがそうもいかない。

 

「兄さん! 何を考えてるの!? セフィロトツリーを消して、外殻を崩落させて……!」

 

 必死に言い募るルークやティアさんの言葉を一蹴して、ヴァン謡将は言う。

 

 ユリアの預言に頼っていては人類は死滅する。ローレライを消滅させれば、この世から預言は消える。

 外殻崩落で死んだ人類は、レプリカで代用させればいい。預言に縛られた世界はいらない、と。

 

「馬鹿馬鹿しい!」

 

 苛立たしげにそう吐き捨てたガイに、ヴァン謡将がひたりと視線を合わせて、笑った。

 

「では聞こうか。ガイラルディア・ガラン・ガルディオス」

 

 俺が一度も言えたことのないガイの長い本名を口にした彼が、

 ではホドを見殺しにした人類は愚かではないのか、と聞くと、ガイが僅か言葉に詰まる。

 

 それを見てまた口元を歪めたヴァン謡将が続けた。

 

 かねてからの約束。

 ガイの家は代々ヴァン謡将の家の主人で、ホド消滅の復讐を誓った同士だと。

 

 みんなの視線がガイに集まる中、ふと俺が控えている扉の向こうから物音が近づいてくる事に気付いた。

 

 なんだろう。こっそりと扉に耳をつける。

 どうも聞こえてくるのは荒い足音のような……。

 

「うっわ!」

 

 その瞬間に扉が開き、そこに顔を寄せていた俺は扉の動きに従い、見事に脇へスライドした。尻餅をつくのだけは何とか回避して壁にひっつく。

 

「アッシュ!」

 

 俺の声に驚いてみんなが振り返った中、ナタリアが上げた名前に驚いて俺も顔を上げた。アッシュ?

 するとバチカルで別れたアッシュが、殺気もあらわにヴァン謡将を睨みつけている。

 

「待ちかねたぞ、アッシュ」

 

 それを一切介せずにヴァン謡将はアッシュへ手を伸ばした。

 計画のためには彼の超振動が必要なのだという。

 

 だがアッシュはすぐさま断って、それならレプリカを使えとルークを顎で示す。

 ルークに一瞥もくれることなく、ヴァン謡将は言った。

 

「雑魚に用はない、あれは劣化品だ」

 

 心臓が脈打つ。かぁっと頭に血が上っていく。

 

「あ……っ」

 

 勢いよく顔をあげた先に、あの青い目が、見えた。

 

 それはこちらを向いていたわけじゃない。

 だけど、指先まで凍りついたように動かなくなった。

 

 強く手を握り締める。

 

「その言葉、取り消して!」

 

 ティアさんの声が聞こえる。

 

(俺も、言い返さなきゃ)

 

 ルークをバカにすんなって言い返さなきゃ。

 そう思っても、体はいっさい動かない。

 

 

 ヴァン謡将の、どこまでも真っ直ぐな青の目。

 それはティアさんの青によく似ていると同時に、全くと言っていいほど違った。

 

 まだ短い人生の半分以上を大佐の傍で軍属として生きて、世間一般に悪人といわれる人間をたくさん見てきた。暗い濁った眼を、たくさん見たんだ。

 

 だけど彼の目は違う。

 どこまでも真っ直ぐ、透明で、――怖い。

 

 

 俺は結局なにも言えないまま、うつむいた。

 

 

 

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