空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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Act31.3 - 夜に願いを

 

 ベルケンドで唯一の宿屋にたどり着いてみると、ロビーで待っていたアッシュの隣にたたずむノエルの姿に気付いた。

 無事だったのか、と嬉しげに笑みを浮かべたルークに続いて、俺も彼女に詰め寄る。

 

「うわぁ良かったノエル~!」

 

「リックさん」

 

「ディストにいじわるされなかったか!?」

 

 慌ててそう尋ねた俺に、後ろで大佐が呆れたように息をつく。

 自分を二十五歳だと思いたいならせめて「危害は加えられなかったか」と聞けということだろう。すみません、とっさのことで。意地悪はないよ俺。

 

 するとノエルはくすりと笑って「大丈夫です」と言った。

 

「あの人、私が気がついてそうしない内にどこかへ行ってしまいましたし、その間もなんだか『ごめんなさいごめんなさい』ってぶつぶつと……」

 

 何も知らない彼女にしてみれば確かにおかしな話でしかないだろうが、続けられた説明に俺はぎこちない笑顔で「へぇ」と頷くしかなかった。

 

 そうだな、絶対零度のあの笑顔を見た直後だっただろうからな。

 正直俺も笑い事じゃない。あれは本当に怖いんだ。いや、その笑顔の後が怖いというのか。

 

 

 聞けばアッシュに助けてもらったのだというノエルは、大丈夫という言葉どおり怪我をしている様子もなく元気そうだった。

 アルビオールの飛行機能を封じられてしまったのは残念だけど、とにかく無事で良かった。

 

 そんなこんな話をしていると、ふとアッシュが一冊の本を取り出して、大佐に手渡した。渡すようイオンさまに頼まれた物だという。

 

 その本をざっと見た大佐が、少し驚いたように目を見開いた。

 

「これは創世暦時代の歴史書……ローレライ教団の禁書です」

 

 同時に学者としての好奇心も刺激されたのか、言いながらも赤い瞳は文字を追っている。

 俺は傍に立つアニスさんのほうを向いて首をかしげた。

 

「禁書って、あの借りられないやつですか?」

 

「それは禁帯でしょー、規模が違うよ。禁書は教団が有害指定して回収しちゃうんだもん」

 

 禁書。それでアッシュはあの場で渡してくれなかったのか。見張りのオラクル兵もいたしなぁ。

 

 イオンさまはその禁書を大佐に渡せば外殻降下の手助けになると言っていたらしい。

 それを聞いて、大佐はそのまま何ページか軽くめくった後、ぱたんと本を閉じた。

 

「読み込むのに時間が掛かります。話は明日でもいいですか?」

 

 大佐が読めなければお手上げなんだからみんな反対する理由はない。

 今日のところはこの宿に一泊することになった。

 

 

 俺達はいつものように男女別で二部屋を取り、アッシュは自分で別に部屋を取った。

 

 集中して禁書を読めるように大佐ももう一部屋借りたらいいのでは、という話も出たけど、お金のこともあるし、第一それくらいで集中できなくなったりしない、と当の大佐に一蹴されてしまった。

 

「後はそうですね、あなた達さえ騒がないでくれれば大丈夫ですよ」

 

 そのとき綺麗な笑顔を浮かべてやけに明るい声で言った大佐に、俺とルークは玩具のように何度も頷いた。

 

 でも本当に騒いだところで、大佐は気にしないんだろうと思う。

 いや、怒るのは怒るだろうけど、真剣に研究やら書類やらをいじっている時の大佐の集中力はすごい。周りの音なんて大した障害にはならないはずだ。いや……怒るけど。

 

 

 そして、夜も更けた部屋の中。

 断続的に聞こえてくる紙をめくる音。

 

 真っ暗な室内には小さな音素灯がひとつ煌々と輝いている。

 それの明かりを借りて剣の手入れをしていた俺は、ふと手を止めて顔を上げた。

 

 そこには黙々と机に向かうジェイドさんの背中がある。

 

「ジェイドさん、まだ寝ないんですか?」

 

 剣身を拭う布を小袋の中にしまいながら、すでに眠っているルークとガイを起こさないように小声で問いかけた。

 

 俺も先に寝ていいと言われたのだが、剣の手入れを口実に今まで起きている。

 やらなくてもいいような細かい所まで整えて時間を稼いでいたのだが、いよいよ手を掛けられる場所がなくなってしまった。

 

「ええ。これを今夜中に読み終えないといけませんから」

 

「そうですか」

 

 よく本を読みながら返事が出来るなぁと真剣に感心しつつ、諦めて剣を鞘に収める。さすがにこれ以上磨いたらすりきれそうだ。

 

 そして手入れ道具と剣を脇において、ぼふりと寝台に寝転がった。

 ちゃんと洗濯されたシーツの香りが眠気を誘う。

 

「……俺にも、ジェイドさんの手伝いが出来れば良いのになぁ」

 

 本に集中している時は聞こえないだろうことを承知の上で呟いた。

 

 いや、無駄話じゃなければ返事はしてくれるし、その内容も問いに合った正確なものだけど、集中しているジェイドさんは言うなれば高性能な自動応対音機関なのだ。この間は返事だけで、記録はされない。

 

 ふぅと溜息をつく。

 

 そう、手伝えたらいいけど、現実は厳しく、本の中身は俺にはチリほども分からない。

 

 ごろんと横向きに転がって、音素灯の中に浮かぶジェイドさんの背中を眺めた。

 少しずつ意識がぼやけてくるのを感じる。

 

「そうしたら、」

 

 瞼がゆっくりと重くなっていく。

 

「……そうしたら、ジェイドさんが大変なの、少しは……」

 

 少しは、違うんだろうになぁ。

 

 俺がもっと、賢かったら。

 オレがもっと、もっと。

 

 ――もっと。

 

「……ジェイドさん」

 

 

 

 

 

 

 三つ目の寝息が聞こえ始めた部屋の中、机に向かっていたジェイドが振り返る。

 そして一番この机に近い寝台に、布団も掛けずに転がって間の抜けた顔で眠るリックを見た。

 

「気持ちだけで十分ですよ、おバカさん」

 

 すっかり夢の国へと旅立った子供は、その柔らかな声と表情を、知らない。

 

 

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