空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken- 作:甘味RX
「あらん、坊やたち」
シェリダンについた俺たちを最初に出迎えたのは、なんと。
「お、おまえっ!」
おののいたルークが目の前の三人を指差して声を上げる。
俺もケセドニア以来の再会に驚きつつ、組織名を思い出そうと頭を捻った。
「あーと、えーと、各国の翼!」
「漆黒の翼。おまえこの間も間違えたな」
ヨークに呆れた声で即座に訂正されて、目を泳がせながら手の平に拳を打ちつける。ああ、そういえばそんなだった。
聞けば彼らは今アッシュに金で雇われていて、ここへはベルケンドの研究者――ヘンケンさん達か――を運ぶために来たという。
とばっちりを喰うからアッシュをあまりカリカリさせるなと言ってみんなの間を裂くように歩いてきたノワールが、俺の前でふと足を止めた。
「どうだい? 調子は」
そう小声で言って、真っ赤な紅の乗った口元を緩めたノワール。
俺はちょっとばかり気恥ずかしくて、目を逸らしながら頭をかいた。
「……まだ、うまくは出来てないかもしれないけど、がんばってるよ」
がんばるのを、がんばってるよ。
言葉にしなかったそんな部分も感じ取ったのか、彼女はすいと目を細めて、また笑った。
「そうかい」
それは“女”よりも母性を感じさせるような柔らかいもので、俺は思わず目を丸くする。
だけどそれについて俺が何か言うより先に、三人はさっさと街を出て行ってしまった。
「なになに、リック、あの年増となんかあったわけ?」
「ケ、ケセドニアでみんなを待ってるときに、ちょっと話を……」
怪訝そうに俺を見上げるアニスさんにそう返しながら、俺は彼女たちが去った方向を呆然と眺める。
さっきの、無意識だろうがまるで小さな子供を見るような笑顔。
ケセドニアの酒場の外で盗み聞いた会話を思い出す。いや、まさか中身が製造から十年だとは気付かないだろうけど。女性の勘あなどるなかれ。その言葉が再び頭の中をめぐった。
……ゆ、油断しないでおこう。
*
「にしてもアッシュとルークってイマイチ仲良くないよね」
集会所に向かって歩きながら、アニスさんはそう言って肩をすくめた。
すぐに「ま、仕方ないんだろーけど」と付け足した彼女に苦笑して返す。
「あはは、そうですねぇ。二人とも意地っ張りですから」
まず手に手を取って、なんていうことにはならないだろう。
でもどちらも根底は優しい人だと思うから、ちょっとしたきっかけさえあれば、どうにかなるかなぁ。並大抵のことではどうにもならなさそうだけど。
「へ? あ、うぅん、ていうか、」
するとアニスさんはなぜかぽかんとした顔をして、その後もう一度 言葉を練り直すように首をかしげた。
そして少し気まずそうに上目遣いで俺を見上げ、ゆっくりと口を開く。
「やっぱりお互いすっきりしないとこあるでしょ」
「はい?」
俺が返すように首をかしげると、彼女は幾分声を抑えて、続けた。
「レプリカとオリジナルだもん。そりゃあ色々わだかまるよねって」
「そ、」
そうですね。
出しかけた言葉が喉元で凍りつく。
ルーク。アッシュ。レプリカ。オリジナル。
俺。――彼。
頭から、真水を掛けられたようだった。
その水が自らで作り出した矛盾を浮き彫りにしていくのを、止める術もなく、呆然と見つめる。
「ほえ? どうしたの?」
アニスさんに顔を覗きこまれて、俺はびくりと肩を揺らした。
「……いえ、いいえ…な、なんでも……」
「でもリック、」
浮かべようとした笑みが失敗するのを感じて、俺はとっさに袖口で口元を隠す。
アニスさんが不思議そうに首をかしげるのが見えた。
「顔 青いよ?」
冷や汗が背筋を伝う。
急速に体温を失くしていく手足の感覚を感じながら、もう一度「なんでもないです」と慌てて首を横に振ると、アニスさんはちょっと肩をすくめてから、前を歩き始めてくれた。
その気遣いに感謝しつつ、おぼつかない足取りで後に続く。
冷たくなった手を、きつく握り締めた。
ダアトでガイに言ったばかりの言葉を思い出す。
分からない、と俺は言った。
分からない。違う、俺は……知っていた?
『 どうせ同じなら、ぼくでもいいじゃないか 』
よみがえるのは過去の声。
そしてその直後、ルークとアッシュ、ふたつの赤が脳裏を過ぎる。
違う。彼らは、違う。俺はそれを知っている。
レプリカ。オリジナル。
喉が空気を吸いそこねるように、揺れた。
(じゃあ、自分と、……彼は?)
すっと頭から凍っていくような感覚を覚えた、次の瞬間、
「ぅえふッ」
臀部に衝撃が走り、体が前方へと吹っ飛んだ。
例によって例のごとく顔面で着地してから、俺はガバッと後ろを振り返る。
そこにはどことなく顔を顰めた大佐がいた。
「ご、ごめんなさい……?」
「心当たりがなくてもとりあえず謝るのは止めなさい」
一転、輝かしい笑顔になった大佐に内心ひぃと悲鳴を上げる。俺としては真顔よりこっちのほうが怖い。
「で? 何をぼさっと突っ立ってるんです」
「い、いや、なんというか……」
突然思考の中から引っ張り出されたゆえに頭の中が纏まらず、曖昧な返事をした俺を見て大佐がひとつ溜息をついた。
「貴方の心配事はアレじゃないんですか」
言われた言葉に、え、と間抜けな声をあげて、大佐が視線で示したほうを見やる。
その先には、いつのまに着いたのかシェリダンの集会所があって、ルーク達がその前にいる人と何かを話していた。
それで、その前にいる人は。
「タマラさんっ!」
引いた血の気が一気に上がった。
勢いよく起き上がり、元気そうなタマラさんと、無事に着いたらしいキャシーさんの傍へ駆け寄る。
俺に気付いた彼女が、おや、と声をあげた。
「あのときの新入り坊やだねぇ」
「はい! あのっ、イエモンさん達は!?」
「ああ、みんな無事だよ。兵士くらいなんでもないさ」
その返事に目が輝くと同時に、肩の力が抜けていくのが分かる。
そして言葉どおり、集会所の中には元気そうに喧嘩をするイエモンさん達とヘンケンさん達の姿があった。
「イエモンさーん!! みなさんご無事で本当に良かったぁ!」
勢いそのままに飛びつけば、イエモンさんは「大げさじゃのう」と豪快に笑った。
そのあとすぐ、お年寄りに全力で飛びつくなとみんなに怒られたけど。
ああでも、ぜんぶ俺の思い過ごしだったんだ。そうだよ嫌な予感なんて、たいして当たった事もなかったじゃないか。
まったく、俺ほんとにビビリなんだなあ。でももうなんでもいいや。良かった良かった!
「これで杞憂と分かったでしょう」
イエモンさんから引っぺがされた俺に、大佐がやれやれと再び息をつく。
「分かったらバカみたいに落ち込まないでください。うっとうしい事この上ありません」
「はい! ジェイドさん!」
すがめられた大好きな赤色を真正面から見返して笑う。
さっき俺が考えていたのは、たぶんジェイドさんが思っているのとは違うことだったけど、うっとうしいからでも何でも、気にしてくれたんだと思うとそれだけで嬉しかった。
「では肝心の話をしますので、とりあえず大人しくしていなさい」
「はぁい!」
洗い落とされて、むき出しになったばかりの答えが胸を締め付けるけど、あともう少しだけ、気付かないふりをさせてもらおうと思った。
この身の内で激しく渦巻いている感情を受け入れられるまで、あと、すこしだけ。
答えは、すぐそこにあった。
(ジェイドさん。あなたも、こんな気持ちだったんですか?)