空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken- 作:甘味RX
あのあと、ミュウの説得でなんとかユニセロスの誤解も解けた。
ティアさんが瘴気を吸っててどうこう、とも言っていたらしいけど、それはよく分からなかった。見た限り彼女に変わった様子もないし、本当に勘違いだったのかもしれない。
ユニセロスがいた場所のすぐ近くにセフィロトの扉もあって、俺達は無事に振動周波数の測定を終えた。
そしてシェリダン。
ルークが観測結果を渡すと、職人のみんなは今タルタロスを改造しているところだとタマラさんが教えてくれた。まだ準備には時間が掛かるからゆっくりしていていいとのことだった。
「なあ、ちょっといいか?」
だけど集会所を出たところで、ルークがおもむろに立ち止まり、口を開いた。
大陸の降下は自分たちだけで進めていいのだろうか、と。
マルクト、キムラスカ両国にもちゃんと話を通したほうがいいのでは。
そう真剣に話すルークの横顔を見ながら、俺は少し、視線を落とした。
(俺にも、ずっと考えている事があるよ、ルーク)
良い機会なのかもしれない。
そんなことをふと思ったところで、ナタリアが迷うように声をあげた。
「……少しだけ、考えさせてください」
外殻降下を協力して進めるためには、インゴベルト陛下をもう一度説得しにいかないといけない。
最後に、ごめんなさい、と言って場を後にしたナタリアの背中を目で追いながら、口にしようとしていた言葉をひとまず飲み込んだ。
もう少し、考えさせてください。
それは俺の言葉でもあったかもしれない。
*
ナタリアは一晩だけ待ってほしいと言った。
そして静かな一夜が過ぎ、明朝。
いつものように男女別でとった宿の中、俺は、扉にびったりと張り付いていた。
「……リック」
「うん?」
寝台のほうから、ガイの呆れたような声。
それに生返事をしながらも俺の意識は扉の向こう、ひいては外に向かっていた。
ガイがひとつ溜息をはく。
「盗み聞きはよくないんじゃないか?」
「だって気になるじゃないか!」
潜めた声で叫んで振り返ると、ガイは苦笑して頬をかいた。
その脇でイオンさまも似たような顔をしている。大佐は我関せずで例の禁書を読み返していた。
「ガイだって、ちょっとは気になるだろ?」
「いや! まあ、そりゃ、少しは」
目を泳がせたガイを見てから、俺は再び扉に耳をつける。
今現在、宿の前ではルークとティアさんがなにやら会話中だった。
もしかしたら、もしかしたら、なんか良い雰囲気になるかもしれないじゃないか。
そう思うといてもたってもいられず、こうしてやじ馬と化している。
「フリングス将軍のときといい、本っ当そういうの好きですよねぇ」
「はい!」
おそらく本から目は離さないままで発されたのであろう大佐の言葉に、こくりと頷く。このとき隣の女性部屋でアニスさんが同じように扉に張り付いていたとは、知る由もなかったが。
「俺が――なかったら、ナタリアは――と……」
向こう側の不鮮明な音声を聞き取ろうと耳を澄ます。
「自分が――なかったら――て仮定は無意味よ」
頼りなげなルークの声と、凛としたティアさんの声に、俺はちょっと苦笑する。
ううん、あの二人だとそうそう色っぽい展開にはならなさそうだ。
そう考えて体の力を抜いたとき、また、ティアさんの声が聞こえた。
「あなたはあなただけの人生を生きてる」
不鮮明な音の中で、それはなぜか、とてもクリアに響いた。
温度の無い扉にそえた手に、僅か、力を込める。
「あなただけしか知らない体験、あなただけしか知らない感情。それを否定しないで」
指の先がじんと痺れた。
浮かべていた笑みが消える。
「あなたはここにいるのよ」
肺の一番ふかいところにあった空気が、音もなく流れ出た気がした。
「おーい、リック。本当にもうそろそろ止めとけよ」
柔らかく いさめるようなガイの声に、俺はそっと扉から耳を離して立ち上がる。
振り返って、へへ、と苦笑しながら頭をかいた。
「ごめんごめん。分かったよ、やめる」
「ったく。お前もたまーに俗っぽいんだよな」
「だって気になるだろー」
部屋の奥に戻りながら、ガイが腰掛けている寝台の傍にある椅子に座った。
「いやっ、だからそりゃ、なんだけど、やっぱりプライバシーとかな、うん」
俺の言葉にガイがちょっとだけどもる。
うん、やっぱりわくわくしちゃうよね。人間だもの。
「でも盗み聞きは確かに悪趣味ですよ」
本から顔を上げたジェイドさんが、赤い目に俺を映して笑みを浮かべる。
いつもの笑顔だけど、その奥にしっかりと真剣な光があるのを見て、俺はへなりと眉尻を下げた。
「……ごめんなさい、ジェイドさん」
「ま、楽しいというのは否定しませんが」
後はもういつもどおりに肩をすくめたジェイドさん。
それに、アンタな、と半眼でつっこむガイと、ほんわかと微笑むイオンさま。
そんなみんなをぐるりと見回して、俺も笑った。
ごめんなさい。
ごめんなさいジェイドさん。
俺もあとすこしだけ時間をもらうことにします。
自分の気持ちに、今度こそ整理をつけるために。