空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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Act35.2 - 提出日はいつですか

 

 集会所の前に全員が集まった昼過ぎ。

 ナタリアはまだ幾分不安そうではあったものの、それでも昨日よりはるかにすっきりした顔をしていた。

 

 キムラスカの人間として出来る事をやる、と瞳に強い光を宿した彼女の姿にほっと息をつく。

 どうやら吹っ切れたらしい。昨日何かあったのかな。

 

「覚悟を、決めましたわ」

 

 覚悟。

 

 僅かに残る迷いも断ち切るように紡がれた言葉に、首筋を冷たいものが撫でていくような感覚を覚えたが、かるく首を振ってそれを打ち消す。

 

 そして、バチカルへ行こう、と次の目的地を定めたみんなに、俺はひとつ深呼吸をしてから、そろりと手を上げた。

 

「あの」

 

 すると視線が一気にこちらへ集まる。

 そうしようって、決めたんだ。がんばれ俺。

 

「俺 ――……」

 

 

 

 

 

 

「新入り坊や! そこのスパナ取ってちょうだい!」

 

「はい!」

 

 そしてシェリダンのドック。

 俺は今、技術者の皆さんのお手伝いをしている。

 

 なんだかとってもデジャブな展開だけど、前とはちょっと違います。

 

 言われた工具をタマラさんに手渡すと、彼女は作業の手をとめて、スパナで肩をとんとんと叩きながら俺をかえりみた。

 

「だけど本当によかったのかい? あの子たちと一緒じゃなくて」

 

 その言葉に目を丸くした後、小さく苦笑してみせる。

 別の作業員さんが部品をくれと呼びかける声に身をひるがえしながら、タマラさんに向かって頷いた。

 

「はい!」

 

 俺は今回、自分の意思でここに残ったんだ。

 

 

 

 

「俺、ここに残ります」

 

 突然のことにみんながぽかんと俺を見る中、ジェイドさんの赤い瞳がすっと細められる。

 大好きな赤色だけど、いま直視したらせっかくの決断が揺らぎそうで、冷や汗をかきつつ視線をずらした。

 

 その後、まず意識を引っ張り戻したのはルークだった。

 

「ど、どうしたんだよリック」

 

 慌てて俺のほうに向き直ったルークが不安げに言う。

 その様子の向こうにアクゼリュスのことを思い出して俺は、あっと声を上げる。ルークはまた誰かが離れていってしまうのかと思ったのかもしれない。

 

 今度は俺が慌てて、首を横に振る。

 

「ルークちがう! ち、違うからな! 反対だとかそういうんじゃなくて、俺は、その……!」

 

「でも……リック」

 

「だからその俺はえっと、ルークが大好きなんだよ!」

 

「そんなん俺だってお前トモダチだもん好きだよ!」

 

 あれ、話ずれた?

 

「……お前ら、落ち着けって」

 

 混乱しきりの十歳と七歳の間に立ってくれた心のお母さんガイが、俺たちの肩をぽんと優しく叩く。

 

 さっきどさくさで言われたルークの、友達だもん好きだよ、という言葉を脳内でめぐらせて新たな動揺に襲われつつも、一旦 呼吸を置いてから、俺はあらためて口を開いた。

 

「俺、ただの兵士だし、陛下への謁見や交渉でお役に立てることが無いと思うんです」

 

「まあそうでなくても役には立ってませんけどね」

 

「うわーーーん!」

 

 とてもキレイな笑顔で大佐がさらりと告げる。

 それに背筋を正したままぼたぼたと涙を零すと、ガイが「話の腰を折るな!」と大佐に突っ込んでいた。ガイ忙しいな。

 

「それで?」

 

 柔らかい声でティアさんに促されて、俺はぐすぐすと鼻声になりながら言葉を続けた。

 

「俺はみんなに付いて行っても何も出来ないから、だから、俺はここでシェリダンの皆さんのお手伝いがしたいです」

 

 それだけではないけれど、この思いも嘘じゃない。

 このままぼんやりとみんなに付いていくより、今俺が出来る事をしたかった。これは俺が自分で考えてみつけた答えだ。

 

「そのほうが、俺もみんなの役に立てる気がするんです」

 

 短く息をはいて、俺は大佐の赤い瞳を見返した。

 大丈夫。揺らがない。

 

「大佐」

 

 そのまま、一瞬だけ時間が止まる。

 たぶん時間にして三秒にも満たないほどのことだけど、俺は狭いオリの中で肉を持ったままライガと二人きりにされるのと同じくらい精神力を消耗した。

 

 やがて大佐が、眼鏡を押し上げながら、ふっと溜息をついた。

 

「分かりました。リック一等兵、あなたに職人達の補助を命じます」

 

「……はい! 了解しました!」

 

 ぴかりと目を輝かせた俺を見て大佐がもうひとつ息をつく。

 そして僅かに眉を顰めて何かを言いかけたけど、結局何も言わないまま顔をそらされてしまった。

 

 ジェイドさん。

 呼びかけようとした声を寸前で引き止める。

 

 なんのために残ることにしたんだよ、俺。

 

 隙あらば下がりそうになる眉をなんとか引き締めて、精一杯の笑顔を浮かべながらみんなに敬礼をした。

 

「こっちは任せてください!」

 

「……頼んだぜ、リック!」

 

 それにルークも笑みで返してくれた。

 そうして二人で笑いあって、みんなは今度こそ背を向けて歩いていく。

 

 離れていく青い軍服に若干どころじゃない寂しさを覚えていると、最後尾を歩いていたイオンさまが、ふと振り返って小走りに戻ってきた。

 おや?と目を丸くするが早いか、彼は肩で息をしながら俺を見上げる。

 

「僕も、僕のやるべきことを頑張りたいと思います」

 

 いつになく強い光を宿した緑色の目。

 それはいつか、俺がこの街で口にした言葉。

 

「イオン様ー!」

 

 離れたところでアニスさんが呼んでいる。

 彼はその笑みを深めて、それからみんなのほうに帰っていった。

 

 少しの間その背を呆然と眺めていたが、みんなの姿が見えなくなったところで、俺は少し顔をうつむけて笑った。

 

「……そうですね、イオンさま」

 

 俺も、頑張りたいと思う。

 イエモンさん達の手伝いも、自分の中の整理も。

 

 次にみんなが戻ってくるときまでには、どちらも、きっと。

 

 なんとか眉をつり上げて何となく凛々しい顔を作り上げ、俺は再び集会所の扉を叩いた。

 

 

 

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