空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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Act35.3 - しまっておいた答案用紙

 

 シェリダン、ベルケンドの職人入り混じっての大仕事。ドックはまるで嵐のようだった。

 

 上を真ん中へ、真ん中を下へのめまぐるしい時間が続き、比喩でなく昏倒した職人が常に二、三人は冷たい床に転がっていたり、少しして復活するとまた作業に戻り、今度は別の人が昏倒しの地獄絵図。

 

 職人という仕事はもしかすると俺たち軍人以上に過酷なのかもしれない、と認識を改める中、俺は今 束の間の休憩時間をめ組のみんなと過ごしていた。

 

「ふい~」

 

 イエモンさんがお茶を片手に背筋を伸ばしている。

 主に作業場で働く彼らと、上のモニター室で働くベルケンドい組さんは大抵休憩も別だ。

 

 たまにはみんな一緒に休憩したらいいのでは、と何も知らない俺は思うけど、ガイから聞くかぎりめ組とい組にはそれなりの確執があるようなので、とりあえず黙殺する。

 

「お前さん、あの子らと喧嘩でもしたのか? ん?」

 

「ぃへ?」

 

 突然の問いに、俺の持っていた湯のみが傾いだ。

 中のお茶が零れかけ、慌てて持ち直しながら改めてイエモンさんのほうを見やる。

 

「なんでですか?」

 

「この前はなんだかんだ寂しがっとったのに、今度はなーんも言わんからのう」

 

 その言葉に、はは、と苦笑を零した。

 前回シェリダンで留守番したとき、イオンさまに頑張るとは言ったし、実際泣き言は言わなかったと思うけど、それでも皆の話はよくした。

 

 ルークは優しいとか、ジェイドさんがかっこいいとか。今考えるとそれは寂しさゆえのことだったのだろう。

 

 そのことに気付いていたらしいイエモンさん達のほがらかな表情にがっくりと肩を落とす。

 しっかりと齢を重ねてきたみんなに、たった十年しか生きてない俺が敵うはずもなかったようだ。

 

 アストンさんがふうと荒く息をつく。

 

「喧嘩しとらんなら何なんじゃ。まったく、若いもんが静かじゃ調子が狂うわい」

 

「いや……ハハ」

 

 笑ってごまかそうとして、すぐ止めた。

 もぞもぞと湯のみを持つ手を揺らしながら、情けない顔で俯いた。

 

「この老いぼれでよければ、話してごらんなさいな」

 

 俺の顔を優しく覗きこんだタマラさんの言葉に後押しされて、顔を上げる。

 脳内でつたなく情報をまとめながら口を開いた。

 

「オレ……前、ある人達にひどいことをしてしまって」

 

 みんなは俺が話すのを静かに待っていてくれる。

 俺から見れば気が遠くなるくらい年を重ねた人たちがかもし出す空気は穏やかで、肩の上にあった緊張がほぐれていくのを感じた。

 

「泣かせてしまったんです。オレは、ずっとそのことが罪だと思ってた」

 

 泣かせてしまった。あの女性を、あの女の子を。

 じん、と右頬が熱を持った気がした。

 

「でもこの間 気付いたんです。ちがうって。オレの、本当の罪は――」

 

 『 ぼくでもいいじゃないか 』

 

 一度目を伏せて、開く。

 喉を圧迫するような重い酸素をゆっくりと吐き出した。

 

「―― もっとひどくて、 ……もっと、残酷なことをしていました。残酷で、傲慢な、思い違いをしていたんです……オレは」

 

 ずっと分からなかった。

 彼女たちの気持ちが、分からなかった。

 

 この旅をしていなかったら、ずっと気付かないままだったかもしれない。

 気付かないまま、この鉛のような後悔も知らず、平々凡々と暮らしていたかもしれない。

 

「それに気付いたらなんだか胸がぐちゃぐちゃして、少し、考える時間がほしくて……その」

 

「ここに残ったのかい?」

 

「で、でもっ! 皆さんを手伝いたいと思ったのは本当です!」

 

 慌てて言葉をそえると、タマラさんが愉快そうに笑って「分かってるよ」と言った。

 それに安堵の息をついてから、ぐにゃりと泣きそうに表情を歪める。

 

 湯飲みを地べたに置いて、うう、と頭をかかえた。

 

「オレ、最低なんです。最悪だったんです。どうしようもない劣化野郎です……」

 

「劣化?」

 

「い、いえ」

 

 思わず口を滑らせた単語に首をかしげたイエモンさんに冷や汗を流しつつ首を横に振った。それから今一度溜息をはく。

 

「ひどい、奴なんです……」

 

 そうしてべそべそと泣き始めた俺を、大佐だったら即座に「うっとうしい」蹴り飛ばしたところだろうが、め組のみんながなぜか声を上げて笑いはじめる。

 

「ふぉふぉ! なにを考えこんどるかと思えば!」

 

「だって、オレ、間違って、どうしようって……」

 

「おや、分からないかい?」

 

 タマラさんが少女のように顔をほころばせた。

 傍に落ちていたボルトをひとつ拾って、俺の手に乗せてくれる。

 

「気付けたってことは、直せるってことだよ」

 

 それだけで進歩なんだと言う彼女に、ぱちくりと目をしばたかせた。

 

 だって気付いたって、気付いただけじゃないか。

 あの子は泣いてしまったし、鈍感だった自分もなかったことにはならない。

 

 分かっていない様子を汲み取ったイエモンさんが、俺の手にあったボルトを取り上げて、やっぱり傍に落ちていた歪んだナットに嵌めるとそれを回した。

 

 だがボルトは完全に嵌ることなく、途中で止まってしまう。

 すると彼は一度ナットを取り、それを小さなハンマーでガンと叩いた。

 

 それから再びボルトを嵌めれば、今度は二つがすとんと噛みあう。

 

「どんな音機関だって故障箇所が分かれば手の施しようがあるわい」

 

 鮮やかな手並みに寸の間目を輝かせるも、はっとして眉尻を下げる。

 

「でも、故障した場所が分かっても、直らなかったら……」

 

「そのときは使える部品をとって次の音機関に使ってやればいい。そうすればそいつは別の音機関の中で生き続けるからの」

 

 ぶっきらぼうに付け足したアストンさん。

 それを見て笑みを零したタマラさんが続ける。

 

「使える部品がなくたって、壊れてると分かればしめたものさ。魚の家や鳥の巣にできるもの」

 

 みんなの言葉がふわふわと自分の中で揺れた。

 古ぼけた湯飲みを、そっと手で包み込む。中身はもうぬるくなっているようだったけど、なんだか温かかった。

 

 波紋を描くお茶をどこかぼんやりと眺めながら、ぽつりと呟く。

 

「壊れたところ、直せますか?」

 

「さあのう」

 

「直らなくても、何かには変わりますか?」

 

「坊やしだいねぇ」

 

 女の子の頬に零れる涙が、すっと脳裏を過ぎった。

 

「後悔は、先に立たないけど」

 

 次に思い浮かべるのは赤色。真っ赤な瞳。

 眩しいものを思うように目を細めて、俺は続ける。

 

「……後には、立ちますかね」

 

 この気持ちを、次の何かに変えていけるのだろうか。

 イエモンさんが顔一杯に笑みを浮かべた。

 

「もちろん。それが若者の特権だからの」

 

 力強い言葉に、俺は浮かんできた涙をぐいと袖でぬぐって、顔をあげた。

 め組のみんなを見返して、俺もめいっぱいの笑顔を返す。

 

「はい!」

 

 するとタマラさんが「ようやく笑ったねえ」と言いながらお菓子を進めてくれた。

 それがちょっと気恥ずかしかったけど、例え俺が外見どおり二十五歳だったとしても、きっと同じ対応をされるんだろうと思った。皆にしてみればまだまだヒヨコだ。

 

 イエモンさんが少し苦笑する。

 

「若いうちは間違いに気付いてもそれを修正できる力がある。だが年を取るとそれも簡単ではないんじゃよ」

 

「偏屈になるんだろうねぇ。間違ってると分かっていても、素直になれなくて」

 

 続けたタマラさんの後に、アストンさんがふんっと鼻をならした。

 だけどその横顔にもいつものきつさがなくて、俺ははたと思い至る。

 

 め組と、い組。

 

 ずっと競い合ってるっていうことは、それだけ長い付き合いなんだ。

 お互いの悪いところも、もちろん良いところも、気付いているに違いない。

 

 だけど一度始めた綱引きはそう簡単には終わらせられなくて。

 

 少し考えて、俺は口を開く。

 

「いつでも喧嘩ができるのはすごい友情なんだぞって、ピオ……俺の名前をつけてくれた人が言ってました」

 

 真正面からぶつかりあうことが出来る相手。

 何度もぶつかりあって、でも離れていかない誰か。

 

「喧嘩ってちゃんと相手を認めてないと出来ないことだから。憎たらしいときもあって、たまに見直したりもして、それも友情のカタチなんだって教えてくれました」

 

 俺はルークとは喧嘩が出来ないでいるけど、それでも……ともだちだと思う。

 一緒にいるっていうのもカタチのひとつで、カタチは色々ある。

 

 め組とい組の関係も、このままでもうひとつのカタチなんだろう。

 

「俺にはめ組さんとい組さん、すごく仲良しにみえますよ!」

 

 そう言って笑えば、イエモンさんは僅かに黙った後、ぷいとそっぽを向いた。

 

「ふん。あいつらと仲良しなんて虫唾が走るわい!」

 

 やっぱりなぁと苦笑する。

 これくらいでどうにかなるようなら、当の昔にもっと違う関係になっていたはずだ。まあでも、このほうが彼ららしくて良いのかもしれない。

 

 みんなにお茶のお代わりを注ごうとポットに手をかけたとき、イエモンさんがごほんと咳払いをした。

 

「わしはもう腹いっぱいじゃ。新入り坊主、残った菓子をなんとかせい」

 

「え?」

 

「上にでも投げ捨ててこんかい」

 

 そう言い残してお茶を飲み干すと、イエモンさんはさっさと改造中のタルタロスのほうに戻って行ってしまう。

 

「素直じゃないわねぇ」

 

 ぽかんとする俺の耳に届いたのは、タマラさんの笑い声。

 

 上。

 ……うえ?

 

 そしてその意味に気づいた時、俺は思わず声を上げて笑った。

 

 いってらっしゃい、とタマラさんの言葉に押し出されて、お菓子の乗った器を手に立ち上がる。

 

 すぐさま昇降機に飛び乗って、上がりきるのも待ちきれず、ぴょんぴょんと跳び上がりながら俺は上階のモニター室のみんなに向けて声を上げた。

 

 

「ヘンケンさーん! イエモンさんから差し入れですよーっ!!」

 

 階下から「こら坊主!」と焦ったようなイエモンさんの怒声が聞こえてきて、俺はまた笑い転げる。

 

 

 

 答えを書いたまま胸の奥にしまいこんでいた答案用紙。

 

 ジェイドさん。

 貴方が戻ってきたら、それを今度こそ渡したいと思います。

 

 

 





サブイベント『闘技場』にて偽追加会話
ルーク「あいつだったら嫌がるだろうなー。戦闘だもんな」
ジェイド「確実に生命の危険がないと分かっていれば意外とやるかもしれませんよ。剣術自体は好きですから」
ルーク「あー。そしたら勝ち進めると思うか?」
ジェイド「そこそこ行くんじゃないですか。でもあの子の戦法はちょっと“守”寄りで、兵士としてはバランスがいいですから」
ルーク「つまり?」
ジェイド「地味です」

エンターテイメントな場ではかなり致命的。
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