空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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Act37 - 臆病な子供、育つ心

 

「失策だな、リグレット」

 

「すぐに奴等を始末します」

 

 

「こんな年寄りでも障害物にはなるわ」

 

「仲間の失態は仲間である俺たちが償う」

 

 

 

「行きなさい!」

 

 子供はたった一度、振り返ろうとした動きをすぐに止めた。

 真っ直ぐにタルタロスへ向かって走る背中を見ながら、ジェイドはすいと目を細めた。

 

 

 

 

 ユリアシティ。 

 もう幾度目かになる幻想的で無機質な光景を眺めていたジェイドは、背後から聞こえた足音にひとつ溜息を零す。

 

「皇帝が一人でうろうろしないで下さいよ」

 

「世界の危機ってときに皇帝も何もないだろ」

 

 それに軽い調子で肩をすくめたピオニーがジェイドの隣に並び、手すりに肘をついて階下を見下ろした。

 こうなるとどうせ何を言っても動きはしまい、と釘を刺す事すら諦めたとき、ピオニーがどこか芝居がかった口調で「そうだ」と声を上げる。

 

 少し面倒くさく思いながらもそちらへ視線をやった。

 それを受けて、ピオニーもジェイドの赤い目を覗き込む。

 

「リックのやつ、シェリダンに残ったんだってな」

 

 口調同様、作り物めいた笑顔で告げられた言葉に、眉根を寄せる。

 

 グランコクマでリックの姿が見えない事を尋ねられた時、シェリダンに残ったと伝えはしたが、詳しい話が出来る状況ではなかった。それを承知していただろうピオニーも、当時はそれ以上追求してこなかったのだが。

 

 ええ、といつもの調子で返してみせると、ピオニーはまた無駄に軽い語調で続ける。

 

「結果的に良かったじゃないか。おまえ、聞かれたくなかっただろ?」

 

 “ホドのこと”

 

 言葉にされなかった声が聞こえた。

 先ほどの会議で、ホド消滅の真相は明らかにされた。

 

 直接指示したわけではないとはいえ、それは間違いなく、フォミクリーを生み出した者の罪。自らが作った技術が、どんな惨劇を引き起こしたのか。

 

「…………」

 

「……いつもの減らず口も無しか。肯定と取るぞ」

 

 眉間の皺を深めて黙り込んでいると、ピオニーは先ほどまでの芝居じみた態度を止めて、いつもの気の抜けた顔でふうと息をついた。

 

「正直、今更だと思うがな」

 

 体勢を手すりにもたれるようにだらりと崩したものに変え、頭をかきながら、ピオニーが溜息まじりに零す。

 

「何聞かされても、あいつはお前を憎みやしないぞ。例えば他の被験者や消えていったレプリカたちに一生恨まれるとしてもだ」

 

 そこで言葉を区切ると、彼は笑って続けた。

 

「あいつはお前が大好きだからな」

 

 ジェイドはとっさに開きかけた口を一度閉じてから、再び開く。

 

「私が処分してきたレプリカはほとんどが生まれたての状態です。憎もうにも、彼らは憎悪という感情すら持ち合わせていなかったでしょう」

 

 その中でただ一人、全身で死にたくないと訴えて泣いた子供。

 あのときの泣き声と、普段のバカみたいな笑顔が脳裏を過ぎる。

 

「はぐらかしたな。まあいい、だがな、ジェイド」

 

 笑みを含んだ意味ありげな声に、眉を顰める。

 

「子供はいつまでも子供じゃないぞ」

 

 やけに自信たっぷりに告げられた言葉と笑顔から顔をそらして、またひとつ、溜息をついた。

 

「違う人物にも似たようなことを言われましたよ」

 

 

 頭では分かっている。

 だけどどうしても、自分には子供としか映らなかった。

 

 あれは、いつまでも臆病な子供でしかないと。

 

 『ジェイドさん、俺、怖いんだ』

 

 ――そう、思っていた。

 

 

 

 

 艦橋。

 無言の空間に、ただ音機関を操作する音だけが響き続けている。

 

 かち、とキーを叩く動きを止めて、ジェイドは後方から聞こえる音に耳をすませた。

 そして規則的に聞こえてくる操作音を聞き、すぐ自らの動きも再開させる。今は一刻の時間も惜しい。

 

 だが。

 

 作業を進める手はそのままに思考する。

 艦橋の外には、まだ立て続けに起きた衝撃から抜け出せずにいる子供たちがいる。

 

 ガイもなだめ役としてまだあちらにいるはずだ。

 だから今現在、この場にいるのはジェイド一人になるはずだった。

 

 背後のパネルで作業を手伝うリックが、いなければ。

 

 シェリダンであれだけ似合わない取り乱し方をしていたのだから、間を置かずしてのシェリダン港での出来事が堪えていないはずはないだろう。

 

 それにしてもやけに静かだ。

 そのことに内心首をかしげつつ、口を開く。

 

「とりあえず私だけでなんとかなりますから、向こうにいたらどうです」

 

「いいえ、大丈夫です」

 

 戻ってきた返事はとてもしっかりとしたものだった。

 

 軽く目を見開いて、肩越しに振り向く。

 そこにはめずらしくぴしりと伸びた背中があった。

 

 その隙間から、てきぱきと休まず動く手元が見える。そこに間違いはなく、正確な操作だった。限られた時間の中、使える人間がいるというのは大いに良い事だが……。

 

 拭い去れない違和感を抱えつつ、とにかく準備をとタルタロスのパネルに向き直ろうとした時、視界の端に入ったモノに動きを止めて、再び彼のほうを振り返った。

 

 そこにはさっきと変わらず黙々と操作を続ける背中が見えたが、よく見れば、流れるように指が滑るパネルの上に先ほどから何かが落ちている。

 

 ぼたりぼたりと絶え間なく落ちるソレを見て、ジェイドはふいに表情を緩めた。

 

「……ま、そうじゃなくちゃ、あなたじゃありませんね」

 

「大佐、何か言いました?」

 

 いつもどおりの声。

 ゆるりと目を伏せて、ジェイドはまたパネルに向き直る。

 

「いいえ、何も。ところで“汗”はちゃんと拭わないと、打ち間違えますよ」

 

 絶え間なく続いていた操作音が、一瞬だけ止んだ。

 

 

「……はいぃ~ッ!」

 

 そして一気に震えた声になった返事の合間、布で雑に何かをふくような音が聞こえてきて、ジェイドは静かに笑みを浮かべた。

 

 

 

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