空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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Act6 - タルタロスの車窓から

 

「ルーク・フォン・ファブレ。お前らが誘拐に失敗したルーク様だよ」

 

 …………!!!

 

「公爵子息さまとは存じ上げず大変なご無礼をぉおお!」

 

「あのファブレ公爵のご子息ですか」

 

 光の速さで土下座しようとした俺の頭を大佐は見もせずに片手でがしりと掴んで止めると、何事も無かったみたいに会話を続けた。

 

「……さすが、慣れてるぅ」

 

 そんなタトリン奏長の呟きがひっそりと部屋に響く。

 ところで今ので首が痛いです大佐。

 

 

 

 

 

 二人に簡単な説明をし終えたあとに部屋を出ようとする大佐を慌てて追いかけようとすると、大佐が突如足を止めた。

 勢いあまってぶつかりそうになったのを何とか堪える。

 

「リック。あなたは彼らにタルタロスを案内してあげてください」

 

「あ、はい」

 

 俺が敬礼したのを見てから、大佐は部屋を出ていった。

 ドアが閉まる簡素な音が響いて部屋の中に微妙な沈黙が下りる。

 

 ふと視線を感じて見れば、じっとりとした奏長の目。

 

「タ、タトリンそうちょ、」

 

「……チッ、お邪魔虫が……」

 

 いつもの声から数段低い呟きにビクッと肩を震わせる。

 その直後、お二人の、艦内を歩いてみようかという話が聞こえてきた。

 

 すると奏長は即座に身をひるがえして、とても愛らしい声で「私がご案内しま~す!」と満面の笑みを浮かべた。

 

 さっきの声とのギャップが凄まじい。

 ……あ、そうか玉の輿……なるほどお邪魔虫……。

 

 一連のつながりに納得しつつ隅っこで小さくなっていると、部屋を出ようとしたルーク、もとい公爵子息さまが俺のほうを振り返った。

 

「? なにしてんだよ。オマエ、案内してくれんだろ?」

 

 俺も行っていいんですか。

 なんか涙が出そうなのはその優しさのせいか、それとも彼の向こうで俺を睨んでる奏長への恐怖からなのか。

 

「ぜひお供させてください! 公爵子息さまっ!」

 

 だけど涙ぐみながらもこう言えたんだから、優しさのおかげかもしれない。

 

 

 

 

「あなたは、ただの兵士ではないのね」

 

 案内の途中。

 おもむろにグランツ響長にそう言われて、目が丸くなる。

 

「へ? いや、すごい下っ端ですよ」

 

 宮殿の庭掃除をやるぐらい底辺の兵士だ。正直にそう告げると響長が首をかしげた。

 

「だけど……それにしては大佐と親しそうだったわ」

 

「親しそうですか!? そうみえますか!? そうだと嬉しいですねぇ!」

 

「それで、もしかすると将軍なのかと思って」

 

「あ、いえ、俺は大佐の直属部下なんです」

 

 だからこそ大佐の手伝いが出来るわけだ。

 ただの下っ端なら雑務で会うことはあれど、こうして大佐の後をついて回るなんて出来なかっただろう。その点ではこの称号にとても感謝している。

 

「あの眼鏡の直属ねぇ、ご苦労なこった」

 

 それまで俺たちの会話を傍観していた公爵子息さまが、疲れたような溜息交じりに言った。

 今までの二人のやりとりを考えれば、そう思うのも無理はないと苦笑する。

 

「いえいえ、確かに怒られたり譜術をくらったり、戦闘でオトリにされたり研究の実験台にされたりと大変ですが、大佐の傍で働けるのは嬉しいですよ」

 

「……それ、本当に嬉しいか?」

 

 もちろんです。そうに決まってます。本当です絶対です。

 

「目ぇ泳いでんぞ」

 

「本当です!」

 

 ちょっと涙声になったなんて気のせいです。

 

 確かに大佐は普段ああだけど、あんなだけど、あんなんだけど、本当はすごく優しいんです。

 そういえばその事を一朝一夕で信じてもらえなさそうな辺りも、彼は大佐に似ているかもしれない。

 

 

「あっ、ここを出ると甲板になります。風が強いので、響長も公爵子息さまも気をつけてください」

 

 外に出る扉の前で俺がそう言うと、なぜか公爵子息さまが顔を顰めた。風に当たるのが嫌なんだろうか。

 じゃあもう少し室内で見て回れるところを、と頭の中にタルタロスの地図を浮かべたところで、彼は仏頂面で頭をかきむしりながら、あのさ、と言った。

 

「はい?」

 

「その“公爵子息さま”っての止めねぇ? 長ったらしくてウゼーんだけど。 ルークでいいよ」

 

 その言葉に俺は目を見開いて、それから情けなく眉尻を下げた。

 

「えぇええ……」

 

「なんだよ、文句あんのか?」

 

「……いや、文句っていうか……だって……」

 

 彼は公爵子息。俺は下っ端兵士。

 

 軍という強烈な縦社会で生きてきた俺は、目上の人間を前にすると本能が絶対服従を言い渡す。

 そんな俺に対して彼を呼び捨てろとは群れのリーダーに吠えろというようなものだ。

 

 煮えきれない態度でモゴモゴと口を詰らせていると、目に見えて苛々してきた彼が叫び声を上げた。

 

「だーっ!! めんどくせぇ! じゃあ命令だ!めーれー!」

 

「命令ですかぁ!?」

 

「とにかく公爵子息さまーは止めろ! 命令なら聞けんだろ!?」

 

 確かに、命令といわれれば聞かないわけには行かない。

 だけどなぁ。やっぱりなぁ。まずいかなぁ。

 

 迷っているのがバレたのか、翠の目がギッと俺を睨む。

 

「る、ルークさん! ルークさんで!」

 

 さすがに呼び捨ては勘弁してください。

 

 彼もそのあたりは俺の立場を考慮してくれたようで、仕方ねぇなぁとばかりに肩をすくめた。

 

「では、ルークさん! 甲板に出ますよ!」

 

 あとは敬語も止めろと言われないうちに、俺はわざとらしいほど明るく扉を開けた。

 

 

 

 甲板には大佐と導師さまがいた。

 

 巻き込んでしまった事を詫びる導師さまに、せめて話を聞かせてくれれば、とルークさんが溜息を吐く。

 

「つうか、マルクトの連中がキムラスカに来てなんで戦争が止まるんだっつーの」

 

「あ、それはですねぇ、俺たちが陛下からの親書を、」

 

 続いて呟かれたソレに答えようと笑みを浮かべて指を立てる。

 すると背後から聞きなれたコンタミネーション音。

 

「おやリック随分 頭が重そうですねぇ軽くしてさしあげましょうか?」

 

 ひと息で言ってのけられた言葉と同時に笑顔で突きつけられた槍。俺は弾かれたようにホールドアップの姿勢をとる。

 そうでした。機密事項。

 

「ったく、なんなんだよ……」

 

「それには僕の存在も影響してるんです。だからジェイドも慎重になっているんですよ」

 

 導師さまが言葉を継いで、意識が俺たちから逸れたときに、口ぱくでジェイドさんゴメンナサイと伝えて、ようやく槍は離れていった。

 何食わぬ顔で横に並んだ大佐がルークさんたちに届かない程度の声量で話しかけてくる。

 

「常日頃からネジが一本抜けてるとは思っていましたが……とうとう一般人に国家機密を漏らすほど壊れましたか?」

 

「すみませんすみませんすみません……いや俺だってまさか口を滑らすとは……」

 

 確かに色んなところでバカはやるが、これでも軍人だ。今まで任務に関わる事をうかつに喋ったりしたことは無かったのに。

 大佐のいうとおり壊れたんだろうか。頼めば大佐が直してくれるかななんて怖すぎてシャレにならない。

 

「……なんか、ルークさんの傍だと気が緩むみたいなんですよぉ……」

 

「しっかりしてくださいよぉ?」

 

 冗談めかした笑顔が返って怖い。

 

 気をつけます、と青ざめた顔で頷いた。

 

 そのまま恐怖から逃れようと視線を遠いところに持って行ってしまった俺は、怪訝そうに僅か首をかしげた大佐に気付く事はなかった。

 

 

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