空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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Act37.2 - 地核にてお話があります

 

 タルタロス全体の振動が落ち着いたところで、俺は詰めていた息をようやく吐き出した。

 

 地核。

 

 暮らしていた大地が浮いていると知ったときもそれなりに頼りない気持ちにさせられたものだけど、地下は地下でえも言えない圧迫感がある。思うとなんだか息苦しい気さえしてきたが多分これは気のせいだ。ああきっと気のせいだ。

 

「急いで脱出しましょう」

 

 大佐の言葉を聞いて、今度は百三十時間という数字が頭によみがえる。

 だけどそれはほとんど移動で消費したから、現時点での残り時間は……考えたくないがかなり短い。

 

 これで今度こそタルタロスとお別れなんだ。

 ほんの少しの寂しさに、艦橋から出る足が止まる。

 

「リック」

 

「は、はいっ!」

 

 だけど先を歩いていた大佐に呼ばれて、俺は背中を引く感傷を振り払い、みんなの後に続いて甲板へと走った。

 

 そうだ。とにもかくにも脱出しないと、感慨にふけっている間に俺たちまで地核の藻屑と消えてしまう。自分で考えておきながら不吉な未来に寒気がした。

 

 急いで飛び出した甲板で、なぜか立ち尽くしているみんなの姿に首をかしげる。

 彼らの視線の先を追って甲板を見渡したけど、そこに特別な事態は見受けられない。いつもの甲板だ。

 

「いつもの……」

 

 己の言葉を反芻して、ハッと肩をはねさせる。

 

「譜陣がありません大佐!」

 

「ハイよく出来ましたー」

 

 気付くのが遅すぎた俺に大佐は生ぬるい笑みを浮かべて棒読みで言った。

 そして改めて、イエモンさん達が言ってた譜陣がない、と辺りを見回したアニスさんが怪訝そうに呟いたとき、あたりに響いた声があった。

 

「ここにあった譜陣は、ボクが消してやったよ」

 

 緑の髪と、顔を覆う仮面。

 地核に突入する寸前、侵入者がどうとタルタロスが出していた警告を思い出す。

 

「シンク、おまえ」

 

 眉を顰めて零した声に、彼は嘲笑するように口元を歪めて、ちらりと俺のほうを見た。

 ぐっと拳を握る。お前は、お前ってやつは。

 

「っこんなおっきな譜陣ひとりで消したのか! 頑張ったな!」

 

「……何がとは言わないけど絶っっっ対にアンタが想像してる方法じゃないよ」

 

 言った後、気を取り直すように深く溜息をついたシンクは、再びルーク達を仮面越しに睨みつける。

 

「ここでおまえたちは泥と一緒に沈むんだからな」

 

 

 

 

 一対七ってやっぱり袋叩きっていうんじゃないですか、

 

「知りませんよそんなのこっちだって正義の味方じゃないんですから形振り構ってられません」

 

 ……なんてやりとりを大佐とかわしつつ、俺がやっぱり道徳的に微妙な気持ちを抱えているうちに、シンクとの決着はついた。

 

 確かに時間がないのは本当だ。

 このまま共倒れなんかしたら、イエモンさん達に合わせる顔がない。

 

 動きが止まったシンクを見据えて、念のためと剣の柄を握り直したとき、がくりとシンクが膝をつく。

 

 からん、と乾いた音がした。

 見れば甲板で揺れているのはシンクの仮面。

 

 その下に隠されていたのは、とても見覚えのある面立ちだった。

 

「やっぱり……あなたも、導師のレプリカなのですね」

 

 イオンさまのこわばった声が空気を揺らす。

 イオンさま。シンク。同じつくりの容姿。

 

「あなたもって、どういうことだ」

 

 慌てて問うたガイに、イオンさまはそっと言葉を付け足した。

 

「僕は導師イオンの七番目――最後のレプリカですから」

 

 その瞬間、前から抱いていた疑問の正体に気付く。

 だからヴァン謡将はイオンさまのことも、映さなかったんだ。

 

 決して俺たちを存在として捉えない青の瞳。

 

 思い出して軽く身震いをしてから、俺はふと、ジェイドさんのほうを見た。

 きっとイオンさまもレプリカだと前から見当をつけていたのだろう、普段どおりの赤がそこにある。

 

 最後のレプリカ。

 

 自分の手の平に目を落とし、数回握って開いてを繰り返した。

 

 イオンさまは導師イオンの最後のレプリカ。

 俺は、ジェイドさんが作った最後のレプリカだ。

 

 そう、最後だったから、俺は自分以外のレプリカを知らなかった。

 

 シンクが皮肉げに笑う。

 

「ゴミなんだよ……代用品にすらならないレプリカなんて」

 

 知らなかった。この旅を始めるまで。

 分からなかった。

 

 彼に、

 

「そんな! レプリカだろうと、俺たちは確かに生きてるのに!」

 

 ルークに、出会うまで。

 

 俺は手にした剣を床に転がして、ルークの隣まで飛び出した。

 驚いて俺を見るルークの顔を視界の端におさめながら、シンクに向けて首を振る。

 

「違うシンク、違う。俺達は代用品じゃないんだ」

 

「必要とされてるレプリカの御託は聞きたくないね」

 

 彼は確かに俺たちを映しているのに、その目は己を蔑む色をしていた。

 イオンさまと同じ緑の瞳。だけど、イオンさまと違う鋭い緑。

 

 それに負けじと真っ直ぐ見つめ返して、言葉を続けた。

 

「いくら外見や能力が同じでも、代用品になんてなれない」

 

「何が言いたいのさ」

 

 しらけたような物言いに、俺は慌てて頭の中で文章を構築する。

 いやだから、ええとダメだ、纏まらない。

 

「だからそのなんていうか、俺たちはどうあがいたって本物にはなれないんだよ!」

 

「……リック、なんかそれトドメ刺してない?」

 

 背後からぽそりと聞こえてきたアニスさんの声。

 隣のルークも少々混乱ぎみに俺を見ている。混乱したいのは俺だ。

 

「い、いや、違うんですよ!? つまり、その、俺達は絶対オリジナルの代わりになれないけど、オリジナルだって俺たちの代わりにはなれない!」

 

 そこでひとつ区切って、俺は小さく息を吸った。

 

 ずっとずっと、渡すのを引き伸ばしにしていた答えがある。

 それは答えを書いたまま、くしゃくしゃに丸めていた答案用紙だった。

 

 提出する状況は、想像していたのとは少し変わってしまったけれど。

 

「……オレ達は、“違う”んだ」

 

 口にしてしまえば、それは思ったよりもあっさりと胸に馴染んだ。

 ああそうなんだなぁと今更ながらの実感と、ほんのすこしの切なさ。

 

「リック」

 

 驚いたような大佐の声。

 肩越しに後ろを振り返って精一杯の笑みを浮かべる。

 するとジェイドさんはめずらしく、本当に驚いていたようで、赤い目が綺麗に丸くなっていた。

 

 顔の向きを戻して、俺は再び彼に向き直る。

 

 

 ――ずっと、レプリカとオリジナルは同じものだと思っていた。

 俺は彼で、彼は俺であると、一片の疑いもなく信じ込んでいたんだ。

 

 『 お兄ちゃんのにせもの! 』

 

 その驕りが、あんな結果を引き起こしてしまったというのに、それでも俺は気付かなかった。ただ、なぜ泣かせてしまったんだろうかとそればかりを考えて。

 

 でもこの旅で、生まれて初めて自分以外のレプリカとオリジナルに出会った。

 

 ワガママで意地っ張りで、だけど優しいルーク。

 悪人顔だけどわりと世話焼きで、ナタリアには甘いアッシュ。

 

「だからお前は“シンク”なんだよ!」

 

 答えは、ルークがレプリカだと知ったあの日から、出ていたんだ。

 

 

 

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