空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken- 作:甘味RX
差し出されたイオンの手を払いのけて、シンクは地核へと堕ちていった。
彼が消えた方向を眺め、少しばかり寂しげに立ち尽くすリックの背中を一度だけ見やってから、ジェイドは消された譜陣を描き直すべく、ティアとルークに声を掛けた。
そして無事に再構築を終えて、アルビオール。
乗り込む直前にティアがローレライと思しき存在に意識を奪われるという、信じがたい事態も発生したが、今更常識だなんだと言い出すのも馬鹿らしい。大体がして人の持つ知識など世界のひとかけにも満たないのだ。
肝心の脱出だが、この分だとぎりぎりながら間に合うだろう。
油断は出来ないものの、ジェイドがひとまず息をついた頃合を見計らったように、隣から小さく声がかかる。
「あの、ジェイドさん」
「……なんですか」
とりあえず普段どおりに見える子供の様子を確認して、問い返しながら、脳裏を巡るのは地核での言葉だった。
『オレ達は、“違う”んだ』
自分とオリジナルは同一の存在であると、頑なに信じ込んでいたリック。
どんなきっかけがあったのかは知らないが、どうやら彼も変わりつつあるらしい。それと同時に、少し前から様子がおかしかったのはそれでか、と内心 納得する。
そんなこちらの思考に気付くわけもなく、リックはいつもの情けない顔で言葉を続けた。
「六神将には、どんな目的があるんですかねぇ」
「ヴァンではなく六神将ですか?」
「ええと、その、ハイ」
あと少しで地上に着く。リックはしかしまだ窓の外に広がっている地核の光景に目をやった。
「今までそんなの考えた事もなかったんですけど……でも、なんか、簡単な想いで出来ることではないじゃないですか」
確かに、生半可な覚悟や精神ではこの世界を揺るがす計画に加担することは出来ないだろう。
そこにはおそらく各々の過去や、預言を憎むに足る理由があるはずだが、正直それは我々の知ったところじゃない。
しかしめずらしく自分の頭で考えた疑問を述べている子供に、そう切り返していいものだろうかとジェイド自身もめずらしく迷ったとき、リックがふと真面目な顔を見せた。
「だってシンクは、あんな大きな譜陣を一人でゴシゴシ消すくらい俺たちを止めたかったんですよ。普通やりませんよ。できませんよ。三分の一くらいでヘコたれますよ!」
「……それは引っ張ってやらないほうがいいんじゃないか」
奴を思うなら。
さほど広くない艦橋の中、いやでも耳に入る会話に突っ込んだのは例のごとくガイだった。
いつになく真剣な顔で口にするのがこれでは、まだ成長は遠いかもしれない。
ひとつ溜息をついてから、ジェイドはリックに向き直った。
「彼の言葉を借りるなら、己が代用品である事への何か怨恨のようなものだと思いますが、人の感情は一言でくくれるほど単純ではないでしょう。すべて他者の勝手な推測に過ぎません」
その言葉にリックが少し肩を落とす。
物悲しげに眉根を寄せながら、でも、と呟いた。
「シンクは、悪いやつじゃなかったと思いますよ……たぶん」
接触の機会もあまりなかったというのに、随分気にかけたものだと思ったところで、ふと気付いた。
これが本当だとしたらかなり脱力する事実だ。くいと片眉を上げる。
「前……ザオ砂漠のときでしたか。シンクの傍にいると落ち着くと言いましたね?」
突然の問いに目を丸くしながら、リックがハイと頷く。
なんとなく安心するのだと言う彼の言葉を聞いて、眉間の皺を深めた。
「イオンさまの傍にいるときはどんな感じですか?」
「なんかホッとします」
「もしかするとルークの傍にいるときも、同じような感じですか?」
「あっ、ハイそうです。よく分かりますねぇ大佐」
あっけらかんと笑う子供を前に、頭痛がしてくる心持ちでこめかみを押さえる。
これはまた、なんというか。
「あれ、大佐?」
黙り込んだジェイドを、リックが不思議そうに覗き込んでくる。
その顔を見下ろして、溜息と共に言葉を押し出した。
「あなた本っ当に単純ですねぇ」
「な、なんですか! なんでいきなりそんな見下した視線なんですか!?」
「同属嫌悪の逆ですか……同種意識とでも言うんですかね……」
「え、な、なんすかぁ!?」
慌てふためく子供から顔ごと視線をそらして、ちょうど今 魔界まで上がりきった窓の外にうつす。
本来であれば不安を誘うものである紫色の霧が、今度ばかりは懐かしく見えた。
もちろんそれだけじゃないけど、同じ匂いを感じ取るのかレプリカの傍に居ると落ち着く傾向にあるリック。
だけど今まで他のレプリカと接触した事が無かったので、イオンさま&ルークの時点ではその方程式に気付かなかった大佐。
そして外殻大地編のAct6『タルタロスの車窓から』からとなる伏線に、この度めでたくハッと気付く。「……あなた本っ当に単純ですねぇ」