空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken- 作:甘味RX
アルビオールでの移動中。
俺はそう広くも無い艦橋の中を、目だけでぐるりと見回した。
角のところにはイオンとアニスがいる。
地核を出てからずっと沈んだ顔をしていたイオンは、アニスと何か話した後 すこし元気になったようだった。
操縦席にはもちろんノエル。
シェリダンを過ぎた後から、あまりノエルには話しかけていない。なんて言ったらいいか分からなかったから。
きっとすごく辛いだろうと思うのに、それでも彼女にはアルビオールを動かして貰わないといけない事が申し訳ない。
でも今は、ノエルも必死に自分の出来る事をしているんだ。俺が口を挟めることじゃないんだろう。
ティアはさっきナタリアと一緒に備え付けの休憩室へ行った。
タルタロスのときと違って、アルビオールには休める部屋が少ない。だから普段はみんなこの艦橋で何だかんだ話しているのだが、今はノエルを含めて五人……と一匹しかいない。
ついさっきまで後二人この場にいたのだが、リックが俺たちにお茶を入れてくると簡易給湯室に行き、それを手伝うとガイも出ていってしまった。
今更無言が気まずいとか言う相手はいないけど、向こうでアニスとイオンが談笑しているのを見るうちに、ふと頭を過ぎった話題。
「なあ、ジェイド」
後部席に座っていたジェイドに、横から話しかける。
ジェイドは正面を向いたまま、どことなく疲れたように「なんですか」と言った。
こういう素の反応はめずらしいな、と首をかしげつつ、言葉を続ける。
それは今この場にいないあの男の話だった。
「前、ピオニー陛下に、リックがジェイドたち以外に懐くのめずらしいって言われたんだけどさ」
ジェイドの赤い目がそこで初めて俺のほうを向いた。
会話の続きをうながすような視線に、慌てて声をつなげる。
「その、あいつ別に人見知りじゃないっていうか……けっこう懐っこいじゃん」
こうして一緒に旅をしてきた限り、わりと誰にでも好意的であるような印象さえ受けた。本当にめずらしいのだろうか。
するとジェイドはなぜか俺をじっと見る。
蛇に睨まれた蛙じゃないけど、それに居心地の悪さと恐ろしさを感じた瞬間、ふいと視線がそらされて、かすかな溜息が耳に届く。
「あなたを人見知りしなかった段階で気付くべきでしたかねぇ」
「……は?」
「いえいえ。まぁそうですね、あの臆病さですから」
何かはぐらかされた気がするが、続けられた質問への答えにすぐ意識はそれた。
ジェイドがやたら優雅な仕草で眼鏡を押し上げる。
「確かに人を嫌う事はあまりありませんでしたが、必要以上に近づこうとする事もなかったですよ」
「あぁ、ビビリだもんなあ」
「ビビリですからねぇ」
相手の身分が上でも下でもとにかく脅え倒しているあの男が、対等な信頼関係を築くのは難しいだろう。まずスタートからして切れない。あいつアレでよく軍人になんかなったなぁ。
「……その懐っこさが、あの子本来の性格だったのかもしれませんね」
俺が呆れとも感心ともつかない頷きをついていると、ジェイドから独り言のように零された声にはたと顔を上げる。
だけど俺がその言葉の意味を問う前に、人数分のカップを持ったリックとガイが戻ってきたので、そこで自然と会話は途切れた。
*
そして向かった先はベルケンド。
ティアの検査をしてもらうためだ。
正直を言えばこのときの俺はまだ、さほど事態を重く考えてはいなかった。
念のため。そんな気持ちでしかなかったんだけど、事は思った以上に重大で、深刻だった。
ティアの体には大量の瘴気に汚染された第七音素が流れ込んでいた。
その原因はパッセージリングだ。
つまり大陸の降下を続ければその分ティアに瘴気が流れ込み、命の保障は出来ない状況になるという。
ティアは強がっていたけど、怖くないわけがない。
色々話して、最後に少しだけ弱いところを見せてくれたけど、その後はすぐいつものティアに戻ってしまった。
強いって、剣が上手いとかじゃなくて、こういうことを言うんだろう。
心配には違いないし、あいつはもっと弱音はいてもいいくらいなんだけど、そういうところは純粋にすごいと思いながら、二人で医務室を出た。
そうしたら、なんかリックがだだ泣きしてた。後ろでガイやイオンが困ったように笑っている。
「リック」
ティアが歩み寄り、リックの前で止まる。
あいつは滝のようにしたたる涙をぐしぐしと手の甲で拭いながら、ティアを見てさらに泣いた。
そして虫が鳴くほど小さな声で囁かれる言葉に、俺は後ろから耳を澄ます。
「なに?」
目の前にいるティアすら聞き取れなかったらしく、僅かに小首をかしげている。
するとやはり涙目のまま、リックが顔を上げた。
「や、やめましょう」
泣いているせいで盛大に震えている声はやはり聞き取りづらかったが、それでも何を言いたいのかは分かった。後ろのジェイドが眉を顰めたのが見える。
「やめましょう、止めましょうティアさん。だめです、ダメですよ、そんなの……」
ぺちん、と柔らかい音が部屋に響いた。
ジェイドを除くみんなの目が丸くなる。当のリックすら泣くのも忘れて、丸くした目でティアを見ていた。
その頬には、ティアの右手。
ティアは浮かべていた厳しい表情を緩めて、リックの頬に手を当てたまま苦笑した。
「ほんとに臆病ね。……私は平気よ、だから泣かないで」
それを聞いて、リックがぐっと涙を堪えて俯く。
ティアが背伸びをして自分より高い場所にある頭を撫でた。
そしてくすくすと笑う。
「もう……あなたのこと軽蔑しなくちゃならないじゃない」
冗談めかして言ったティアに、今度は俺が苦笑いをする。
リックは軽蔑、という言葉に反応してか急いで涙をぬぐった。
「…………はい」
まだまだ涙声だし、情けない顔のままだけど、それでも頷いてみせたリックを見てティアがほっと微笑む。
その向こうでジェイドも、なんだか困ったように口元に笑みを乗せていた。
まるで仕方がないなと言うようなその苦笑こそめずらしくて、俺はまたひとり、こっそりと首をかしげた。
止めるなんて言ったら軽蔑するところ、とルークに言った直後に「やめましょうやめましょう」って泣かれてしまってもう苦笑するしかないティアさん。
そのとき彼らは『給湯室inビビリとナイスガイ』
リック「なあガイ、カレー茶って……どうだろう」
ガイ「……止めといたほうがいいと思うな、俺は」
リック「そっか」
ガイ「……うん」
リック「トウフ茶は?」
ガイ「いや、茶じゃないしもう」
世界は大佐で回ってる。