空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken- 作:甘味RX
「あ、そういえば」
ようやくセフィロト内部に進入して、その中を進む途中ルークがふとしたように俺を呼んだ。歩調を調節してルークの隣に並び、どうかしたのかと首をかしげる。
すると彼は声をひそめて話を続けた。
「お前もレプリカなんだよな。戦闘なんかして大丈夫なのかよ。……その、劣化とか」
さっき聞いたイオンさまの話が気になっていたのだろう。
真剣に俺を見つめてくる翠の目に照れ臭さを覚えながら、顔の前で手を横に振った。
「いやいや、ルークだってガンガン戦闘してるだろー」
「まあ俺はそうだけどさ」
「俺の劣化もルークと一緒で健康にくるものじゃないから大丈夫だよ」
「そうなのか?」
ほっと肩の力を抜いて聞き返すルークから、俺はほんのすこしだけ目をそらして、苦笑した。
「能力はそんな問題なかったみたいなんだけど……なんていうか、度胸、とか、そんなのが劣化したみたい、な……」
言ってて情けなくなってくる。
資料や人の話を漏れ聞くかぎり、剣の腕は差異がないようなのだが、怖いもの知らずの熱血正義漢だったというオリジナルに対し、俺はあまりに。
横目に窺い見たルークは、ぽかんとした顔をしていた。
「お前も自分が嫌になったりするのか」
え、ちょ、なにそれ。
あからさまにショックを受けた表情だったのか、ルークが慌てて「いや、ジェイドへの態度とかわりと迷いなさそうに見えたから」と付け足す。
ジェイドさんが大好きだということは確かに変わらないけど、その他もろもろ、迷いなんかありまくりだよ、と返すのもまた何か情けなくて、俺は当初の話題へと会話の流れを引き戻しに掛かった。
「身体的な劣化とかそういうのは、定期的に大佐に診てもらってるから、異常あったら何か言われると思う」
例としてはとても少ないらしい完全同位体であるルークと共に、俺も前から定期健診はしてもらっているが、今のところ深刻な顔で「やあこれは大変ですねぇ頭が悪い」と言われたことがあるに留まっている。
「リックは完全同位体……ってのではないんだよな?」
「うん。でも――嫌な言い方になるけど――“現存”してるレプリカの中では俺が二番目に長く生きてるから、それで一応ジェイドさんも気をつけてくれてるみたいで」
まあルークより三年長いだけではあるが、譜業だって製造年が三年違えば故障の頻度も変わってくるから、気にしておくに越した事はないのかもしれない。大佐は元々、念には念をの人だし。
俺の話を聞いてなにやら考え込んでいたルークが、ひょいと首をかしげた。
「リックが二番目っていうと、一番目は……」
その問いが導き出す名前に我知らず渋い顔になりながら、みんながこの会話が届かない距離にいることを確認して、口を開く。
「ネビリム、さん」
レプリカのネビリムさんが今も生きていれば、の話だけど。
するとなぜかルークが驚いたように目を丸くした。
「なんかめずらしいな」
「え」
「ジェイドが好き…っつーか、あー、尊敬してる人か。えーと、好意的に思ってるもん、リックが嫌がるのめずらしくね?」
鋭い質問におもわず言葉に詰まって視線を泳がせた。なんだかどうも、バツが悪い。
だけど真横から刺さるルークに視線に、渋々と言葉を紡いだ。
「イヤってんじゃないけど……まあ…イヤではあるんだけど……その、」
入り混じる複雑な感情をなんとか取り出して、一番気持ちに近い文章を作り上げようとする。
正直を言えば、好きじゃないんだ。
被験者のネビリムさんも、レプリカのネビリムも。
だってそのひとの話が出るとジェイドさんは、なんだか悲しそうで、ジェイドさんを悲しませる人だと心が覚えてしまった。
だから好きじゃない。
だけど。
「……嫌いだけど、感謝してる」
ネビリムさんのことがなければ、ジェイドさんはレプリカの研究を続けてなかったかもしれない。そうしたら俺はジェイドさんに会うことが出来なかった。だから感謝してる。
「なんだソレ」
疑問符を飛ばしつつ半眼になったルークに、俺はぎくりと肩を揺らして眉をつり上げた。
「そ、そういう感じなんだよっ」
「ふ~ん……?」
やっぱり不思議そうに首をかしげながらもルークはひとまず納得してくれたらしい。
まあ言うなれば“右向いたら左だった”みたいな矛盾だし、俺としてもよく分からない。
だけどどうしても複雑な気持ちがあることは確かで、それはあまり口にしたくない類のものだったから、少しルークに申し訳なく思いつつもそこで話題を打ち切らせてもらった。
そして無事にパッセージリングの操作も終え、俺たちはセフィロトを後にした。
セフィロト内部は不思議な明かりが満ちていて視界に困る事はなかったけど、こうして外に出ればやっぱり太陽の明かりは格別だった。
それを味わいつつ伸びをしていたら、みんながもう歩き出しているのに気付いてわたわたと追いかける。
この後は大佐が思いついたという瘴気を何とかする方法が本当に有効かどうかを確認するため一旦ベルケンドに戻るんだっけ、と頭の中の情報を整理していた俺の耳に、驚いたようなルークの声が聞こえた。
「あれ……アストンさん!?」
最初は音の響きだけ。
次に、文字。最後に意味を理解して、勢いよく顔を上げた。
「ルークや! 元気か!」
そう声をあげながら近づいてくるのは、アストンさん。
音。言葉。視界。
全ての情報がようやく脳に届いた瞬間、俺は全力で地を蹴った。
「っアストンさぁああん!!」
「うおぅ!」
そのまま跳びつけば軽い悲鳴が聞こえてくる。
少しして、何が起こったか把握したらしいアストンさんが「新入りか!」と口にした。ああ、そういえばアストンさんには俺の名前を教えてなかったっけ。
「突然飛び掛ってくるんじゃないわ! お前さん年寄りを二つ折りにする気か!」
「ご、ごごごめんなさい!」
怒られてとっさにしがみついていた体を離せば、アストンさんがふぅと荒く息をつく。
本当にアストンさんだ。
たしかに今目の前で、生きてる。
アストンさんだ。
「お、おい」
アストンさんの困ったような声が聞こえたけど、目の前はとことんぼやけていてその表情は分からなかった。
「アスッ、アストンさん、アストンさん、ごっ、ご無事でほんとうに、よ、良か……~~っ!」
「……若いもんが簡単に泣くんじゃないわい! 調子がくるうじゃろ!」
「はい~……っ」
頷きながらもべそべそと泣き続ける俺に、まったく、と言いながら頭をかいたようだったアストンさんの声は柔らかくて、また泣きそうになったけど、瞬間後頭部へ走った衝撃に「へぐ」と変な声が漏れる。
「ジェ、ジェイドさん……」
「頭は冷えましたか?」
はたかれた場所を押さえながら泣き泣き振り返ると、そこには緩く笑みを浮かべたジェイドさんがいた。
ヘタレていた俺を怒るための打撃だと思ったのに、その笑顔もなんだか柔らかくて、俺は目を丸くする。
アストンさんが生きていた嬉しさのあまり幻を見てるんだろうか。
そう思うと同時に、告げられた言葉を思い出してはっとした。
頭、頭を冷やす。
そうだ、まだまだやらなきゃいけない事がいっぱいあるんだから、俺がこんなところでメソメソして時間潰してる場合じゃない。
服の袖で目元をぬぐって、元の位置まで下がる。
戻る途中でガイとかティアさんが、よかったねというように微笑んだり肩を叩いてくれて、俺はそれに何度も頷きながら改めて再会の喜びを噛み締めた。
「アストンさんはどうしてここに?」
そしてティアさんが話の流れを引き戻す。
アストンさんは、何もしないでいるとイエモンさん達のことを思い出してしまうからと、気を紛らわすためにアルビオールの三号機を作っていたという。
その試験飛行の途中で俺たちを見つけてきたんだと説明してくれているとき、アストンさんの背後にいつのまにか人の姿があった。
スピノザ。
彼は俺たちが気付いた事を知ると、小さく悲鳴をあげて逃げ出してしまう。
すぐさま追いかけて走り出したのはアストンさんで、みんなもその後に続いた。
だがタルタロスが停泊している場所の近くまで来たところでアストンさんが立ち止まっていた。ルークがとっさに問いかける。
「アストンさん! スピノザは!?」
「空を見ろ!」
言葉どおり見上げた空に、過ぎていく大きな譜業機関。
俺はちょこっとだけ、遠い目になった。
……もしかしてもしかして、懐かしのカー(?)チェイス再びなんでしょうか。
*
嫌な予想ほど当たるもので、見事な飛行艇チェイスを繰り広げたノエルとスピノザ。
だけどその途中で、スピノザの三号機が白煙を上げて落ちてしまった。
三号機は頑丈だから無事ではあるというものの、このあたりは魔物が強いから、近くの街に逃げ込んでいるだろうとの大佐の判断により、向かった先はベルケンド。図らずしも当初の目的地に辿りついてしまったことになる。
町に入るとスピノザはすぐに見つかり、ルーク、ミュウ、ガイの手で確保された。
あまり人目についても何なので、その身柄と共に知事邸へ移動する。
そして話を聞けば、メジオラ高原のとき、スピノザはアストンさんに謝ろうと思ったらしい。
逃げたのは怖かったからで、自分の行動を今は本当に後悔しているという。
大佐はそんなスピノザに瘴気隔離のための研究を任せた。
彼はヴァン謡将の研究者だから、俺たちに協力するとなれば殺されるかもしれない。それでもやると彼は言った。
「ねえ、リックもアイツ信じちゃうわけ?」
つんと袖口を引っ張られて隣を見下ろせば、なんだか厳しい顔をしたアニスさんがいた。目の前で進んでいく会話の脇、ひそめた声で語りかけられる。
「だってリック、イエモンさん達大好きだったんでしょ。アイツが殺したような……もんなんだよ。本当に信じるの?」
その言葉に、ちょっと考えてから口を開いた。
「確かにイエモンさん達の事があるから俺、あの人許せないけど、許してもいいかなと思います」
「なにそれ」
アニスさんの顔が怪訝そうに歪む。
それを見て、俺は慌てて言葉を続けた。
「な、なんか、そんな感じなんですよ。許せないなりに許す、っていうか……」
どうしたことか、思ったほどスピノザに対する悪意はなかった。
許せないという気持ちはあるような気がするのに、それが膨らむことはない。
どうしようもなく間違って、そして“償いたい”という想いの強さ。
それを目の前で見てきたからだろうか。
赤色の髪をちらりと窺って、俺は口元を緩めた。
「わけわかんないしー」
「あはは」
今度は、ぶぅ、と口を尖らせて言うアニスさんの姿に笑みが零れる。アニスさんの感情はとても真っ直ぐで心地いい。
その向こうでスピノザに激励の言葉を残して身をひるがえしたアストンさんに気付いて、俺はさっと敬礼をした。するとアストンさんがにやりと笑って片手を上げてくれる。
「……そんな簡単に、信じないでよ」
そのときアニスさんの声が聞こえた気がしたけど、ほとんど言葉としては認識できなくて、聞き違いかと目をしばたかせた。
「アニスさん。何か言いました?」
「べつに、なにも」
一応聞いてみるが、返って来たのはそっけない返事だけ。
やっぱり気のせいだったのだろうかと、頭の中の疑問を締めくくった。
(許されるかもしれない、なんて、おもわせないで)