空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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Act40.2 - 吹雪の中のエトセトラ

 

 しんしんと雪の降るケテルブルクの空気は、とても冷たい。

 その冷たさを持ってしても中々冷めやらない熱い顔をどうしようかと考えながら、俺はみんなの後ろをゆっくりと歩いていた。

 

 『後で話してあげますよ』

 

 知事邸でジェイドさんが言った言葉を思い出す。

 へなりと眉が下がるのを感じながら俯いた。

 

 あとで、だって。

 

 ジェイドさんは確証のないことは言わない。

 そう言ったってことは、本当に後で話してくれるつもりなんだろう。

 

「……へへ」

 

 途方もなく熱いような、それでいてくすぐったいような、

 そんな嬉しい気持ちを抱えて、俺は小さく笑った。

 

 だがほてった心臓は向かったケテルブルクホテルにて、一気にマイナス765度まで冷え込む事になる。

 

「や、やめろ! やめて、死ぬーーー!!」

 

 通路で待つ俺たちの耳に絶え間なく届くのは、ある人物の悲鳴。

 自分の耳をサッと両手で押さえる。

 

 複雑な空気の満ちる通路にて、ルークが部屋のほうを力なく指差しながら俺を顧みた。

 

「……なぁ、あれ止めなくていいのか?」

 

「聞こえません。俺には何も聞こえません」

 

 目を逸らし、首を横に振る。

 背中に複数の視線が刺さっているのを感じつつも、決して振り返らずに目を伏せた。

 

「ジェイドっ、ごめんなさぁああい!!」

 

 部屋の中からひときわ大きく響いた声。

 わずかな沈黙の後、ルークがまたこっちを見た気配がする。

 

「リック……」

 

「きこえません!!」

 

 さらに強く耳を押さえたその向こう、ところでオマエ顔真っ青だぞ、というガイの呟きが聞こえた。

 

 

 

 

 あのあと平然と部屋から出てきた大佐が言うに、今のロニール雪山は地震の影響で雪崩が頻発しているらしい。

 それと奥のほうに強い魔物が住み着いているとか、なんとか。

 

 ああ、強い魔物のことも十分怖いけど今はまるで何事もなかったような大佐が恐ろしい。今回ばかりは内心ディストに合掌する。

 

「なぁ、ディストのやつ、可哀想じゃなかったか?」

 

 ちょうど公園のあたりを歩いているとき、ルークがひきつった顔でぽつりと零した。

大佐は、もうあれの話はいいじゃないですか、と返したけれど、その後思い返したようにふと俺を見た。

 

 もしかして昔のこと話してくれるのかな。

 さっき後でって言ってくれたもんな。

 

「…………」

 

 本当に話してくれるのかな。ほんとうかな。

 でもジェイドさんの昔の話、昔のはなし、むかしのはなし……。

 

「…………」

 

 大佐が一瞬だけ、めずらしく戸惑うように眉を顰めた気がした。

 そのとき「いっそ愛を感じるぞ」とガイにちゃかされて、ひとつ溜息をつく。

 

「奴が勝手についてくるんですよ、迷惑してます」

 

 陛下やネフリーさんと一緒にスケートに行ったとか、そこで転んで突っ込んできたディストを池に落としたとか。

 

 些細な昔話。だけど、初めて聞くことが出来た、ジェイドさんの口から聞くジェイドさんのこと。

 ……今なら自分の半径三メートルにある雪くらい溶かせる気がした。浮かれる俺の前で、ガイとアニスさんがなにやら話している。

 

「ディストには、どうしてそこまでされて、この鬼畜眼鏡についていくのかを聞いてみたいところだな」

 

「うーむ、マゾなのかもねぇ」

 

 そこで二人がくるっと俺のほうを振り向いた。

 

「なぁ、どうしてそうまでされてジェイドについて行くんだ?」

 

「……なんで俺に聞くんだよ」

 

 真顔で問いかけてきたガイに半眼で返す。今のディストの話だろ。

 しかし相変わらず真剣な顔のまま、ガイは俺を真っ直ぐ見つめてくる。

 

「いや、同じかなぁと」

 

「なにが?」

 

「いろいろ」

 

 なんだか腑に落ちないが、街の出口についてしまったことでその会話は途切れた。

 

 あ、そうだ強い魔物……。

 

 

 

 

 どれだけ怖かろうと、先に進めば着いてしまうのが世の常だ。

 そびえたつ山を見上げ、俺はひっそり涙ぐみながら息をついたが、それはすぐに真っ白く冷えて消えた。

 

「さぁ~む~いぃい~! ねえリック、なんとかして温めてよ~!」

 

「え!?」

 

 積もる雪をかきわけて歩く中、自分を抱きしめながら震えていたアニスさんに突如そう言われ、ぎょっと振り向く。

 

「なんとかって、俺、譜術つかえませんよ」

 

「別に譜術じゃなくても何でもいいよ~。もう抱きしめてギュッとかでもいいから~……うーさむ」

 

「……ギュッですか」

 

 この場合俺はどうしたらいいんだろう。あんまり軽々しく男が女の子にしていいことじゃないという情報はある。あるけど、こういうときはどうすればいいのかなんて何にも書いてなかったぞ。

 

 迷う俺を見てアニスさんはふと黒い笑みを浮かべる。

 

「ちなみにアニスちゃんをギュッってすること一分につき五万ガルド払ってね」

 

「俺が払うんですか!?」

 

「乙女のぴちぴちお肌に触れるんだから当然!」

 

 そう言いながらも最後は、にひ、と明るく笑ったアニスさん。

 どうやら俺はからかわれていたらしい。五万ガルドうんぬんはちょっと本気っぽかったけど。

 

 そのとき、ふいに吹雪が強さを増した。

 山の合間を抜けてくる風が甲高い音を立てて響き渡る。

 

「風の音か?」

 

「まるで女の人が泣いている声みたい……」

 

 ティアさんの言葉に、なんか怖い、とアニスさんが身を小さくした。

 言われてみれば、泣き声のようにも聞こえるだろうか。

 

 あらためて耳をすませようとしたところで、気付く。

 目を細めて何かを考える大佐の姿。

 

「どうしたジェイド。まさかあんたも怖いのかい?」

 

 同じように気付いたらしいガイが声を掛けると、大佐は、いえ、と静かにそれを否定した。その様子に今度は俺が目を細める。

 

「……昔の事を思い出しただけです」

 

 昔のこと?とナタリアに聞かれてまた話をすり替えていたけれど。

 俺がじっと見つめていると、大佐はみんなに気付かれない程度にそっと苦笑を零した。

 

 怪談が苦手らしく足早になったティアさんを先頭に、全体が進み始める。

 

 すると横を通り過ぎる間際、半ば睨むように大佐を見ていた俺の頭を、ぽんと軽く叩いていった、大佐の手。

 

 吹雪もなんのそのと熱くなった顔でもって、はくはくと声も出せず空気をはんだ。

 気にするなということらしいが、こんなのされたら黙るしかないじゃないか。

 

「……ずるいですよ」

 

 大佐の手が乗っかったところに一度そっと手を当ててから、俺もみんなの後に続いて歩き出した。

 

 

 足で雪を分けながら、ちょっと考える。

 大佐の言った言葉。昔のこと。

 

 別に確証があるわけでも、なんでもないけど、脳裏を過ぎるものがあった。

 

「…………」

 

 それは、すべての始まりにある、ひとりの女性の名前。

 

 今一度目をすがめて、俺はまた真っ白な雪を踏みしめた。

 

 

 

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