空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

89 / 197
Act41 - 僕の決戦前夜

 

 ケテルブルクまで戻ってくると、すぐにノエルが俺たちを出迎えてくれた。

 

 申し訳なさそうな顔をしている彼女に、ルークがどうしたのかと聞けば、この寒さでアルビオールの浮力機関が凍り付いてしまったという。

 

 ネフリーさんにも協力してもらって修理をしているが、一晩は掛かってしまうらしい。

 急を要する時ではあるけど、急げば成功するというものでもない。この間に準備をしようとの大佐の提案により、その場は解散することになった。

 

 なにせ、明日挑むのはあのヴァン謡将だ。

 各々考える事や、やっておきたいことがあるに違いない。

 

 離れていくみんなの背中を見送って、俺はひとつ息をついた。

 そしてその息が白くなって空に上るのを眺めた後、よし、と呟き、胸の前に拳を握る。

 

 

 

 

「リック、何やってんだ?」

 

「え? 雪だるま」

 

 ケテルブルクホテルの前。

 

 かけられた声に答えながら振り返れば、たった今ホテルから出てきたばかりのルークが、半眼で俺の手の中にある雪玉を指差していた。

 

「雪だるまぁ? どこがだよ。まだちっちぇーじゃん」

 

「それは作り出したばっかりだからだよ。ルークも出かけるのか?」

 

 他のみんなはあの場所からどこかに行ったけど、ルークだけは一度ホテルに戻るようだったので、俺もそれに着いてきたのだ。

 そこで中には入らず、こうして表で雪をいじくっていたわけだが。

 

 俺の言葉にルークはすこし気まずげに目を泳がせて、頭をかいた。

 

「ああ。ちょっと散歩してくるわ」

 

「そっか」

 

 そのまま、俺が手で丸めた雪玉を転がす音が響く。

 

 歩き出す気配のないルークを不思議に思い、改めて振り返ると、彼はちょっと情けない顔で俺を見ていた。

 

「……結局、お前も巻き込んじまったよな。いいのか? 明日、その、」

 

 言いづらそうにどもるルークの姿に目を丸くして、それから苦笑する。

 立ち上がり、腰を伸ばしながら今度はおもいきり笑って見せた。

 

「そんな顔してると俺みたいだぞー。ルークはリーダーなんだから、胸張んないと」

 

「べ、べつに俺がリーダーってわけじゃ……」

 

「ルークなんだって。だから、あれだよ、あれ。俺は親善大使だぞ!の感じで」

 

「リック! ~っあーもう!」

 

 昔の自分の話が恥ずかしいのか、ルークは顔を赤くしながら怒鳴ると、そのまま照れ隠しのように荒い足取りで歩き出す。

 

 俺はその背中に大きく手を振った。

 

「いってらっしゃーい!」

 

「……おー!」

 

 そしてぶっきらぼうに戻ってきた返事に、そっと笑みを零した。

 “ルークさん”も“ルーク”も、俺は大好きなんだけどなぁ。

 

「さて、続き続き」

 

 手の平サイズになった雪玉に、再び手をかける。

 

 

 

 

 ルークも出かけてしまってから、どれくらい経っただろうか。

 とりあえず雪だるまの胴体が完成して、今は頭の作成に取り掛かっているところだ。

 

 今のところ誰が帰ってくる気配もなくて、みんなどうしてるのかな、なんて思考をめぐらせたとき。

 

「何をやってるんですか、貴方は」

 

「あ、大佐! 見ての通り雪だるまです!」

 

「……それは見れば分かります」

 

 かすかな頭痛を堪えるようにこめかみに指を添えた大佐の姿に、首をかしげる。え、何でですか。

 

 脛くらいの高さになった頭用の雪を転がす俺を、大佐はそのまま静かに観察し始めた。

 どうするべきなのかも分からず、とりあえず俺はそのまま雪を転がし続ける。

 

 こちらに向けられた赤い目が何となく照れ臭い。

 いつも見てるのは俺のほうで、こうして見られることなんて中々ないからだろうか。

 

「リック」

 

 そのとき、ふいに名前を呼ばれて「はい?」と返事をしながら顔を上げる。

 さっきまでこちらを見ていた真っ赤な瞳が逸らされていた。

 

 遠くを見つめるジェイドさんの目が、すいと細められる。

 

「あなたは残っても構わないんですよ」

 

 雪を転がす手が止まった。

 

「これはもう、一兵士が関われる規模の問題ではない。ここで貴方が抜けたとて、誰も責任を問いはしません」

 

 リック一等兵。

 最後に俺をそう呼んで、彼はようやく視線をこちらに戻す。

 

 大好きな大好きな赤色を見据えて、俺はゆっくりと口元を緩めた。

 

「大佐、三回目ですよ。もー何回言わせるんですか!」

 

 軽い口調で返す中、小刻みに震える指先は、雪の冷たさのせいにしてしまおうか。

 

 正直怖い。

 

 落ちるかもしれない大地も、たくさんの魔物が待ち受けるアブソーブゲートも。

 

 ヴァン謡将。

 あの、痛いほど真っ直ぐな、覚悟をたたえた瞳も。

 

「俺はみんなが大好きです。ジェイドさんも、ルークも、みんなみんな大好きです!」

 

 怖い。怖い。怖い。

 

「だから」

 

 だけど。

 

「部外者にしないでください」

 

 ジェイドさんが、静かに俺を見返した。

 俺は精一杯の顔で笑ってみせる。

 

 やがてジェイドさんも小さく笑みを浮かべて、そうですか、とだけ呟くとホテルの中へ入っていった。

 

 ジェイドさんの背が完全に消えるまで見送って、俺はまた雪玉に手をかける。

 冷たさにしびれてきた手にもう少し頑張ってもらい、綺麗な雪の上を転がしていく。

 

 

 最初は、親書届けの旅。

 

 めずらしく俺も政治が関わる任務に同行させてもらったと思ったら、途中で盗賊団と追いかけっこしたりして、結構怖かった。

 

 親書の受け渡しのため立ち寄ったエンゲーブで、ルークと、ティアさんに出会った。

 イオンさまとチーグルの森に行った。

 アニスさん、ガイ、ナタリア。

 

 そしてルークが変わって、大佐も変わって、

 

 俺は、自分の罪を知った。

 

 

 雪の胴体に雪の頭を乗せて、俺はひとつ息をつく。

 冷え切った手を握り締め、しんしんと雪の降るケテルブルクの空を見上げた。

 

「…………ヴァン」

 

 

 全ては、明日。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告