空飛ぶ にわとり -The Flying Chicken-   作:甘味RX

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Act42 - にわとりになったひよこ

 

 ぎぢっ、と鋼同士が強くぶつかり合う音。

 

「……ほう」

 

 目の前には、俺が何より恐れていた青がある。

 

 体が震えた。

 心臓の音が脳に痛い。破裂しそうだ。

 

 彼が大佐に切りかかる寸前、俺は振りかぶられた剣の前へ飛び出していた。

 本能はむしろ止めろと鋭い警告を発したのに、それを払いのけたのは、この体。

 

 自然と小刻みになる呼吸の中、交差した剣を支えることだけに集中する。

 

 彼の剣は恐ろしいほどに、重い。

 僅かでも気を抜けば即座に切り捨てられてしまうだろう。

 

 俺の後ろで大佐が詠唱を再開したのが聞こえた。その声が少し硬い。

 

 すさまじい恐怖と、目の前の男が発する威圧感に虚ろになりかける意識を必死に留めて、柄を持つ手に力を込める。

 

 ヴァンが嘲笑うように口の端を上げた。

 

「臆病者のレプリカが、大胆なことをするものだな」

 

 その言葉に息を飲む。

 

 ああそうだ。俺はどうしようもないほど臆病だ。

 自分の命が何より大事で、死ぬより怖いことなんてない。

 

 貴方のように命を賭けられるような覚悟を、知るはずもない。

 

 だけど、だけど。

 俺は張り付いた喉に空気を流し込んで、彼を真正面から、見据えた。

 

臆病者(ビビリ)にだって、守りたいものがあるんだよ!!」

 

 張り上げた声はみっともなく裏返ってしまったけれど、そのとき、痛いほど真っ直ぐな青がはじめて“俺”を映した気がした。

 

 それまではいかにも下らない物を見るようだった目に、光が走る。

 

 お互いの剣は均衡を保ったまま、ヴァンが口を閉ざした。

 無言の青に、自分の奥でずっと溜まっていた何かが、引きずり出される。

 

 『大丈夫ですよ、少し疲れただけですから』

 

 『まさか、封印術!?』

 

 『……気持ち悪ぃ』

 

 『いたいよぅ……父ちゃ……』

 

 『俺は、悪くねぇッ!!』

 

 『最悪の模造品だ』

 

 『私、本当の娘ではないのかもしれませんのよ』

 

 『雑魚に用はない、あれは劣化品だ』

 

 『イオン様を護れたなら、本望です』

 

 『ほんとに臆病ね。……私は平気よ、だから泣かないで』

 

 いろんな人の顔や、声が、頭の中を流れていく。

 

 『ゴミなんだよ……代用品にすらならないレプリカなんて』

 

 『ママの仇!!』

 

 

 『こんな年寄りでも障害物にはなるわ』

 

 『仲間の失態は仲間である俺たちが償う』

 

 

 『良い名前じゃの』

 

 『ありがとうねぇ、リック』

 

 

 助けられた人、助けられなかった人。

 様々な人たちがみせた思いや、覚悟。

 

 それら全てが体の中でうずまいて、

 

 

 『 お兄ちゃんのにせもの! 』

 

 

「…………っ」

 

 あふれ出す。

 

「俺が!」

 

 腕に力を込める。

 さらに強く剣が擦れ合った。

 

「俺がもっと、強かったら!」

 

 すばやく剣を引いて、薙ぐ。

 それを最小限の動きで受け止めたヴァン。

 

「賢かったら!」

 

 二撃、三撃とつなげるも彼はそれをことごとく受け止める。

 ぎりっと歯を食いしばり、正面から思い切り剣を振り下ろした。

 

「バカじゃ、なかったら!!」

 

 甲高い音を立てて再度二本の剣が交わる。

 

 俺が、バカじゃなければ、間違うことはなかった。

 

 “間違った”ということしか分からないなんてことも。

 自分の本当の罪に気付かないなんてことも。

 

(あのひとたちを、)

 

 浅く息を飲む。

 

「あのひとたちを、泣かせずにすんだかもしれないのに」

 

 それはもう、ほとんど声にはならなかった。

 

「……いやなんだ」

 

 開いた扉はもうふさがらない。

 後は言い切るだけだ。

 

「いざってときに自分に言い訳して逃げるのは嫌なんだ。ビビって動けないなんて嫌なんだ。大切なひとを守れないのは、もう、」

 

 刀身を引く。

 

「嫌なんだよっ!!」

 

 そして渾身の力を込め、それを振りぬいた。

 

 またも激しい音を立てて銀が交差する。

 軋みあう剣の向こう、青がふいに真摯な色を帯びた。

 

「……なるほど」

 

 肩で息をする俺とは反対に、呼吸ひとつ乱していないヴァンは、吐息と共にそう呟く。

 

「ならば私も、真剣に相手をしよう」

 

 瞳の青が深みを増したと思った。

 次の一瞬。

 

 剣が上に弾かれ、

 

 がら空きになった腹部に、鋭い熱が、走った。

 

 目の前が赤く染まる。

 後ろで大佐の詠唱が止まったのが分かった。

 

 

 がくんと両膝をつく。

 長い刃は、腹に深々と突き刺さっていた。

 

 指先が震えだす。力が抜ける。

 だけど真っ直ぐに俺を見据える青の殺気を感じて、緩みかけた手に力を込めた。

 

 強く剣を握り直し 下から睨み上げる。

 するとヴァンは、少しだけ笑った。自然と俺の口元も緩む。

 

「――――見事だ」

 

 そしてひと息で剣が引き抜かれ、押さえられていた血液が一気に噴出すのを感じながら、俺はその場に倒れ込んだ。

 

 

「……ぅわああああぁあ!!」

 

 泣きそうな顔をしたルークが向こうから突っ込んでくる。

 ヴァンはすばやく刃から俺の血を払い、身をひるがえしてその剣を真っ向に受けとめた。

 

 それを援護するようにガイが続く光景を、どこか遠くに見ていると、ふいに体の向きが変わる。

 

 背中に温かい腕の感触。

 視界には、カーテンみたいな金茶と綺麗な赤。ああ。

 

「馬鹿か、お前は!」

 

 険しい表情の大佐が開口一番そう怒鳴る。

 

「なぜこんなことをした!?」

 

 真剣な大佐には悪いけれど、俺にはめずらしく敬語を忘れている大佐がおかしかった。

 

 どうしたんですか。いつもの嫌味な大佐じゃないですよ。

 嫌味じゃなきゃ、大佐らしくないじゃないですか。

 

「動くな。今、ティアかナタリアを」

 

「だめ、です、みんな、いそがしいんだか、ら」

 

 ティアもナタリアもずっとこちらを気にしているが、今は前線で戦う人たちの援護で手一杯だ。

 

 だから、俺を気にしちゃダメだナタリア。攻撃が避け切れなくなってしまう。

 ティアさんも、詠唱に集中していいんです。ルークを助けてあげてください。

 アニスさん。アニスさん、泣かないで。

 

 緩々と視線を戻し、揺れる赤色をひたりと捉える。

 

「わ、かってる、くせに」

 

 なんで今みんなが、押されているのか。

 

 どんなに危ない局面でもみんなが的確な行動を取れるのは、いつだって冷静な人がいたからなんですよ。

 

 惨いくらい前しか見せてくれない人が、いたからなんですよ。

 

「あなたが、そんなに、取り乱してちゃ、ダメじゃ、ない、ですか」

 

 いつもみたいに、倒れた人間より目の前の敵に集中しろってみんなを怒らないと。

 

 そんな面倒な役をいつも引き受ける貴方が、時折もどかしくもあるけれど、そんな不器用な貴方が、俺は大好きなんです。

 

「ねぇ、大佐」

 

 すると彼はかすかに目を見開いたあと、微かに溜息をついて、そして困ったように笑った。

 

「まったく……臆病者の、くせに……大した口を利きますね」

 

 浮かべられた笑顔はなんだか痛々しくて、でもそれはとても、人間くさい、笑顔だったから。

 

 今、俯き加減に黙り込んでいる大佐は、やがて彼らの元へ行くだろう。

 いつもの喰えない笑顔を浮かべて、私がいないとてんでダメですねぇ、なんて言いながら、派手な譜術をぶちかましてくれるはずだ。

 

 だから俺は背中に添えられた腕が自分から離れていく前にと、鉛のように重くなった腕を無理やり持ち上げた。

 

 あらためて見た自分の手は血だらけで、このまま触れたら汚れるかなと一瞬ためらったものの、まぁ、役得、または無礼講ということにしてもらおうと(それでも出来る限り丁寧に)彼の頬に手を伸ばした。

 

 声を出そうと息を吸うと、ヒュゥと嫌な音がする。

 

「ジェイド、さん」

 

 触れた頬は温かい。

 ああ、俺はようやく、大切なものを。

 

「――――まもれた」

 

 それが嬉しくて嬉しくて、痛みなんか無くなるくらい嬉しくて、笑えば目からぼろぼろと涙が溢れた。

 嬉しくて泣くなんて、俺はなんて幸せなんだ。

 

 五感が波のように引いていく。

 手の平が頬から滑り落ちた。視界が狭まる。

 

 ジェイドさんが何か言っているのが、かろうじて見えたけれど、

 どうしてだろう、聞きとれない。

 

 なんて言ったんですか?

 ねぇ、ジェイドさん。

 

 ふたたび動いた彼の口は、俺の名前を紡いでいたように見えた。

 それがまた何だか嬉しくて、笑みを浮かべる。

 

 ジェイドさん。ジェイドさん。

 俺もう声出ないけど、聞いてくださいジェイドさん。

 

 

 勝ってください。

 

 

 俺の大好きなひとたちを守ってください。

 俺の大好きなジェイドさんを、ジェイドさんが守ってください。

 

「…………――――」

 

 全ての感覚が消えうせる直前、暖かな何かが顔に落ちてきた気がしたけれど、

 

 

 俺にはもうそれが何かは分からなかった。

 

 

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