朽ちぬ花   作:粗茶Returnees

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中学生編
1話


 

 讃州市は、香川県最西端の市である。人口は決して多くはないが、地域住民は温厚な性格の者が多く、活気に溢れている。市内の中学校は、伊吹島にある中学を含めて5校。そのうちの一つである讃州中学校に、上里暁葉こと下田凛は通うことになる。自転車通学が認められており、凛は自宅のあるマンションから自転車で通うことにしている。

 凛は入学式以前に引っ越しを済ませた。町の地図を頭に入れるために、自転車で散策し、家から学校までの距離、途中に何があるか、家や学校の周辺に何があるかを確認。今後の生活サイクルがどうなるのか、ある程度予測を立てている。

 今日は入学式当日。真新しい制服に袖を通し、鏡で自分の姿を確認。制服が少し大きく、袖口から指が出ている程度。裾は内側に折って縫っている。これから成長期を迎えることを考慮し、少し大きめの制服が支給されている。

 かなたは、もう一サイズ大きいものを用意させようとしたらしいのだが、その時はその時だと母親が言いくるめていた。その事を凛は知らない。

 

「観葉植物でも用意したほうがいいのかな」

 

 持ち物を確認しながら鞄に入れていき、その時にふと周りを見渡して思った。今のところ最低限の家具しか用意されていない。今いる部屋には、机と本棚とベッドとタンス。リビングにはソファとテーブルとテレビ。冬にはこたつが届けられるが、今はまだない。

 自室は質素でもまだいいのだが、リビングが殺風景だと思った。もう一つの部屋には、グランドピアノである。防音加工されている部屋であり、演奏していても迷惑はかからないが、まさかそれを用意されるとは凛も思っていなかった。「かなた姉さんかな……」と、予想を立ててぼやいたが、これには園子も一枚噛んでいる。

 

「観葉植物はひとまず置いといて……。そろそろ出ないとね」

 

 鞄を持ち、窓の鍵を閉めたか、電気を消したか、一つ一つ確認してから凛は家を出た。玄関の鍵も閉め、駐輪場へと向かう。使用人達は電動自転車を用意しようとしたが、凛が「変に怪しまれて、お役目に支障が出る」と断った。目に見えて落ち込まれたため、本家に置くことで手を打っている。

 讃州中学へと向けて自転車を漕ぎ始める。緩やかな坂道を快適に下り、商店街では挨拶を交わしていく。学校に近づいて行くに連れ、同じ制服を来た生徒が増えていくのだが、凛はふと思った。

 

(自転車で入学式来てるの、私だけでは?)

 

 入学式の案内で、自転車で来るなとは書いていなかった。何も違反をしているわけではない。ただ、浮いてしまっているだけだ。他の者は親子で歩いていたり、家族揃って歩いていたり、車で来ていたり。この3パターンのみ見かける。一人で自転車で入学式に来ているのは、凛だけだった。

 

「まさか自転車で入学式に来る生徒がいるとは」

 

 正門で新入生を待っていた教員が、凛に自転車から降りるように指示しつつ、感心したように呟く。

 

「いけなかったでしょうか?」

「いや、そんな事はないよ。珍しいと思っただけだからね。君、名前は?」

「下田凛です。自転車はどちらへ置けばよろしいでしょうか?」

「下田……君が……。っと、失礼。自転車置き場は君から見て左手奥。グラウンドの奥になるね」

「分かりました。ありがとうございます」

 

 一礼し、凛は自転車を押して歩いていく。教員の反応からして、凛の事情を知っていることが窺える。一人でいることに追及しなかったのも、それの裏付けとなる。はたして教員全員が知っているのか、それとも一部の教員だけなのか。それを探るのは悪手であるが、図らずしてその一人を知れたのは大きいだろう。

 自転車を置き、グラウンドに目をやる。グラウンドはそれなりに広く、サッカーをするには申し分ない広さである。野球も同時に2試合できそうだ。

 

「うぅ〜、やっぱり歩いてきた方が良かったよ〜」

「いいじゃない。注目を浴びた方が、友達も作りやすいわよ? 話題になるし」

「目立ちたくなかったよ〜!」

「まぁまぁ。アタシ達以外自転車で来てる人なんて……」

 

 声がした方に向き直る。自転車を押して歩く女子が二人。やり取りや仲の良さから、凛はこの二人が姉妹だと考える。

 二人は凛を見て石化したように固まった。話の途中だったため、口は開いたまま。どうすればいいのか凛が悩んでいると、姉の方が糸の切れた人形の如く首を垂れ、壊れたように笑い始める。隣にいる妹ですらドン引くほどだ。

 

「ふっ……ふふっ……! そなたも同じ目論見であったか!」

「同じ目論見とは?」

「隠さずともよい。友人を作るきっかけとして、あえて入学式に自転車で来て話題を用意するという目論見であろう!」

「違います。家が遠いので、自転車で来ただけです」

「あれ? そうなの?」

「お姉ちゃん……」

 

 凛にバッサリ否定され、妹から冷ややかな視線を向けられる姉。笑って誤魔化そうとするも、何も誤魔化せてはいない。自転車を停めたらどうだと凛が助け舟を出し、それで空気が変わっていく。

 姉と妹はどうやら対象的であり、妹の方は初対面の凛におどおどしている。

 

「せっかく会ったんだし、自己紹介しましょうか。私は今年で3年生になる犬吠埼風。この子の姉よ。女子力を上げたかったらアタシに相談しなさい」

「お姉ちゃん。この人男の子だからね?」

「…………え?」

「なんで間違えるかな……。お姉ちゃんがごめんなさい! 今日入学する……犬吠埼樹です」

 

 「男装じゃないんだ」と呟いて再度硬直する風に代わり、妹の樹が慌てて謝罪する。この手の間違い方をされたのが初めてだった凛も、軽くショックを受けていたが、樹の謝罪でなんとか立ち直る。

 

「下田凛です。よろしくお願いします」

「……本当に女子じゃない?」

「お姉ちゃん!」

「これでも男です」

「そう。ごめんね、変なこと疑っちゃって」

「いえ。男らしさがないとは自分でも思っていますので」

「ほんとにごめん!!」

 

 素早く深々と頭を下げた風。うっかりすることがしばしばあるが、彼女はいじめなど嫌いである。相手を思いやる心だって持ち合わせており、責任感も強い事から周りにも慕われている。ただ、偶に発生するうっかりが時に傷なだけなのだ。

 そこまで謝られると、凛としても逆に居心地が悪い。そもそも凛は、多少ショックを受けたとはいえ、自分でも思っていたというのも本当の事。風の人柄は悪くないのだと、その誠意からも読み取っている。許容できる範囲だ。

 

「大して気にしていないので頭を上げてください。時間に余裕があるとはいえ、ここに長居する必要もありませんし、クラス分けを見に行きませんか?」

「なんて寛大な子……!」

「本当にお姉ちゃんがごめんなさい」

 

 クラス分けの紙が提示されている場所は、校舎の玄関口付近。つまりは正門の方になるわけで、三人は会話を交えながらそちらへと向かっていく。樹はまだ慣れないようだが、風が持ち前の気さくさで会話を円滑に進めている。もっとも、凛はその性格故、樹とは別の意味で固さが抜けることは無さそうだ。

 

「神樹館小学校!? なんであそこからわざわざこっちに!?」

「諸事情で引越することになりまして、それでこちらの中学に入学することになりました」

「あー、引越は仕方ないわよね〜」

 

 親の仕事の都合で引越、というのはよくある話だ。凛が入学式に一人で来ていることから、親はそれほど多忙な仕事に就いているのだろうと風と樹はあたりをつける。その真相を知る由もないのだが、凛が一人なのとは理由が異なる。

 校舎へと近づけば新入生たちも多くなり、小学校が一緒だった友人とクラスが一緒だと喜ぶ生徒もいる。公立の小学校であるため、クラス数も多くなく、友人と同じクラスになるのも珍しくはない。

 

「みんな若いわね〜」

「年寄り臭いよ」

「そんな……! っとまぁそれはさておき、二人のクラスはどこかしらね〜」

 

 張り紙の前に留まり続けないように教員たちが声をかけるが、浮かれている新入生たちの捌け具合はあまり良くない。冷静な保護者たちのおかげで、なんとかなっている程度だ。しかし近づいていかなければ、クラスも確認できない。群れる生徒たちに紛れ、自分の名前を探していく。

 

「1組には二人ともいなさそうね」

「2組ですね。犬吠埼さんの名前もありましたよ」

「マジで!? あ、ホントだわ! 樹あんた2組よ!」

「う、うん。分かったからお姉ちゃん落ち着いて……」

 

 どっちが新入生なのか、分からなくなるほどはしゃぐ風。樹が恥ずかしそうにしつつも、姉が喜ぶ姿に頬を緩ませている。その二人を凛が誘導し、とりあえず空いているスペースへと移動した途端、風の限界が訪れた。

 

「樹がとうとう中学生に……! これは夢じゃないのよね!?」

「現実ですよ」

「お姉ちゃん泣かないでよー。うぅ、恥ずかしい……」

「大目に見てあげてください。それだけ嬉しいのでしょうし」

「それは……そうですね。ありがとうお姉ちゃん」

「うぅぅ!! ってかあんたら会話硬いわね! 同じクラスになったんだし、もっとフランクにいきなさいよ!」

 

 距離の詰め方は人それぞれなのだが、なまじ自分が簡単に人との距離を調整できる分、風からすれば二人のやり取りがぎこちなく見えた。特に妹の樹だ。年上相手に敬語を使うことは分かっているのだが、同年代ならもっと砕けた話し方になるはず。それにも拘わらず、今の樹は戸惑いながら大人を相手にしているようである。

 

「そう言われましても、私はこれが癖ですので」

「うーん、どうやら凛はそうみたいだけど……一人称は(・・・・)そうでもないでしょ」

 

 確信を持って風は指摘した。凛の話し方が素ではないのだと。それはたしかに当たっているのだが、100%そうというわけでもない。凛は表情を崩すことなく、風がそう指摘した理由を聞いた。

 

「……と、言いますのも?」

「私っていう言い方に慣れてるってだけで、それなりの仲の人相手なら、違う言い方じゃないかしら?」

「一応そうですね。家族内だけですけど。よく分かりましたね」

「女子力よ」

「そうですか」

「…………ツッコミいれてよ! まぁでも、身内だけなら、外では私でも仕方ないか」

 

 風はボケをスルーされたことに嘆いた。しかしそれは仕方のないことだ。凛は女子ではなく男子。「女の勘はよく当たる」という認識を抱いており、風はそれを女子力と言い換えているのだと思ったのだから。

 そして、身内には一人称を変えている、という嘘は見抜かれなかった。今後、知らないふりをする場面も出てくるだろう。それが通用すると確認できたのは、凛にとって収穫だった。

 ツッコミが入らなかったことにツッコミを入れ、変に疲れたと肩を落とす。悪いことをしたのかと樹に視線を向けるも、気にしなくていいとジェスチャーで言われる。

 

「そろそろアタシ生徒会の手伝いに行かないといけないわね。二人とも教室に向かいなさい」

「分かりました」

「お姉ちゃん頑張ってね」

 

 駆け足気味に体育館へと向かう風を、二人で手を振って見送る。少し離れてすぐに風が素早く戻ってきて、凛と樹の頭に手を置いた。

 

「二人とも、入学おめでとう!」

 

 ニッと笑顔で祝し、凛と樹も笑顔でお礼を言う。凛は表情が固く、笑顔と呼べるのかは怪しいところだったが。

 今度こそ風は生徒会の手伝いへと向かい、その姿が見えなくなったところで、樹と凛は校舎へと入っていく。二人になった途端、会話がなくなる……という事態にもならず、意外にも凛が話題を振っている。

 

「素敵なお姉さんですね」

 

 本心でそう思った。今日初めてあった他人の子を、自分の妹と同様に祝していたのだから。お世辞でも社交辞令でもなく、本気で祝していた。それが伝わり、凛は風に尊敬の念を抱く。

 

「ありがとうございます。自慢のお姉ちゃんです。……えっと、下田さんは、ご兄弟とかいますか?」

「いますよ。私も姉が一人います。年子なので、今年で中学2年ですね」

「そうなんですね! どんなお姉さんなんですか?」

 

 姉を持つもの同士。そんな共通点がさっそく見つかり、親近感を抱く樹。凛の姉なのだから、きっと真面目な人なのだろうと予想をつけてみる。そんな樹に、凛はスマホを取り出して画面を見せた。今朝届いたかなたからの連絡(祝辞)が画面に映されている。

 

「うわー……。お姉ちゃんって、みんな似た感じなんですかね」

「どうなのでしょうね」

 

 姉を持つもの同士。そしてお互いの姉が姉バカ。また新たな共通点が見つかるのだった。

 

(そういえば犬吠埼先輩。僕が一人でいることは聞かなかったな)

 

 そして、風のさり気ない気遣いに、また感嘆するのだった。

 

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