更新ペースは大して上がってない気がしますね! 致し方なし。
赤嶺ちゃん引けませんでした!!
入学式も恙無く終わり、クラス順に体育館を後にしていく。担当教員を先頭に、クラスへと移動するとそれぞれ自分の席へ。座席表は黒板に貼られているが、入学式が行われる前にまず教室に入っている。今から座席を探す生徒もいない。
小学校であれば、男女関係なく名前順だったのだが、中学校はそこにも変化が出ている。男子が名前順に座り、その後から女子も名前順に座っている。大まかに言うと、教壇から見て左側が男子。右側女子といった具合だ。
なお、出席番号順ではないのは、男女の出席番号が混ざっているからだ。例えば、樹であれば犬吠埼であり、出席番号は3番。その前に男子が二人おり、4番目は女子、5番目が男子、といった具合だ。男女で番号の数え方を分けてもいいのだが、必要以上に男女を分けないことを心掛けているのだ。
「皆さん静かに。HRを始めますよ」
一度職員室に行っていた担任が、クラスに戻って声をかける。生徒たちはそれに従って口を閉ざす。小学校からの付き合いのある者同士で話したり、中学校で知ったもの同士で話すなど、好きにしていたのだが、すぐに切り替えられるのは教育の賜物か。
隣の席に座る廣坂と話していた凛も、話をやめて前に視線を向ける。そこに立っていたのは、今朝話をした教員だった。偶然か、それとも意図的に分けられたのか。どちらにせよ、凛にとってはありがたい教員だ。
「改めまして、ご入学おめでとうございます。今日から皆さんは中学生、という前口上は校長先生がしましたのでカット。皆さんの担任を務める佐藤厚です。担当科目は社会科です。よろしくお願いします」
丁寧な物腰での挨拶。初めは誰もがそうするわけなのだが、この教員はずっとそれが続くのだろうと誰もが思った。それほどまでに、佐藤先生の雰囲気は誠実さが溢れている。
「皆さんも自己紹介をしてください。何を話しても構いませんが、1分間は続けること。一応黒板にお題は書きますが、それはあくまで補助。自分で話したいことを話してもらって構いません。名前は必須です。それでは順番は──」
「はい! やります!」
「元気がいいですね〜。では、阿田和くんから席順で行っちゃいましょうか」
出席番号1番の阿田和が名乗りを上げたことで、自己紹介の順番も決まった。この手のことが苦手な生徒が、嫌な顔を浮かべるのも必然。しかしそれも阿田和の自己紹介で変わることになる。
「阿田和賢治です。気軽にあだ名をつけてもらって大丈夫です。小学生の時は、アッちゃんとか賢ジィとかケンケンとかアバターとかケンシンとかたくさんありました。なので本当に侮蔑的な表現でなければOKです──」
明るく話している様子から、それが嘘ではないことが分かる。凛の目からしても、阿田和が嘘をついているようには見えなかった。いたって好印象な滑り出し、クラスのムードメーカーになりそうな男の子。
そう思っていた人たちは、後に一斉に自分を殴りたくなったと語る。
「好きな科目は国語で、源氏物語とか好きです。あの時代にハーレム作れるとか羨ましい。むしろあの時代だからこそなのでしょうか。西暦まじいいなぁ。俺だっていろんな女の子を取っ替え引っ替えしたい。美少女大歓迎。寝取りたい興奮する。そういえばこの学校、先輩に美少女がいましたね。赤毛で活発なお姉さん。お近づきになりたい。以上です!」
「はい。1分以上の自己紹介ありがとうございました」
佐藤先生以外、誰も拍手をしなかった。凛ですら若干引いた。
人の趣味はそれぞれ異なる。価値観も異なる。それを重々承知しているつもりだった。しかし、凛の認識はまだまだ甘い。知らない世界もあれば、理解し難い世界もある。それらに直面した時、どう向き合うのか。その手段を手に入れていくのが、成長と呼ばれるものに繋がるだろう。
「いや〜、こうやって最初から自分を曝け出すと、スッキリしますね! 後々のイメージ崩壊とか無くてすみます!」
「偽らずに自分を見せる。難しいことですが、それをできるのは素晴らしいと思いますよ。では次の方行きましょう」
なんとも言い難い空気が出来上がったのだが、ある意味ハードルは下がったと言えよう。なにせ阿田和が真面目な空気を壊したのだ。あの自己紹介に近いことを言わなければ、まともな感性をしていると印象づけられる。
そうして自己紹介が続いていき、時折インパクトの強い自己紹介が混じった末、凛の順番が回ってくる。
「下田凛です。今年の春で引っ越してここ讃州市に来ました。口調が固いのは緊張ではなく癖なので、慣れてもらうしかありません。そこは一つ、よろしくお願いします。苦手科目は特になく、得意な分野を強いて言うなら、歴史になるかと思います。あくまで他と比べて、ですけど。運動は嫌いではないのですが、部活は文化系に入ろうかと思っています。最後に、趣味はピアノを弾くことです。趣味程度なので、腕前はあまり期待しないでください。3年間、よろしくお願いします」
本人が自覚している通り、固い印象を全員に与えることになったが、それでも悪印象を抱かれることはなかった。多くの生徒の中では、常識人という認識になり、一部の生徒は凛の容姿に変なスイッチが入っていた。その影響を受けるのは文化祭の時なのだが、今は誰も知る由もない。
全員が自己紹介を済ませると、明日からの予定を教員が伝えていく。教科書の配布であったり、始業式であったり、先輩たちとの対面式であったりと、通常授業が始まるのは少し先になる。
「今日はこれで終わりです。皆さんのお顔とお名前を他の先生方が覚える期間を考慮し、席替えは来週の金曜日に行います。くじ引き形式にしますので、引いた後に文句を言わないように」
佐藤先生が釘を刺し、別れの挨拶を済ませて入学式の日程が完全に終わった。これから家族と合流する者たちが圧倒数。中にはさっそく遊ぶ約束をしたり、いくつかグループのようなものができていた。凛はこの後の予定など特になく、配布物を丁寧に鞄に仕舞って教室を出た。明日には部活紹介があるため、これから見学に行く必要もない。買い出しも兼ねてお昼を食べに行くつもりだ。
「あの……下田くん……!」
「? どうかしました? 犬吠埼さん」
下駄箱で靴を履き替えていると、少し息を切らせた樹が声をかけてきた。どうやら運動は苦手なようだ。走って追いかけてきたということは、大事な用件があるのだろうし、教室で声をかけられる前に出てきてしまったことに、凛は申し訳なく思う。
「えっと、この後は……ご家族とお食事ですか?」
「いえ。家族はいないので、お昼を済ませてから買い出しに行こうかと」
「ぁっ……ご、ごめんなさい……」
「? お気になさらず。それで、犬吠埼さんのご用件は?」
樹と凛の考えはズレていた。凛は「親とは離れて暮らしているから、今は独り暮らししている」というつもりで言い、樹はそれを「不幸なことがあって独り暮らししている」と受け取ったのだ。だから樹は表情を曇らせたのだが、凛はそれに気づかず小首を傾げていた。
「あの、これからお姉ちゃんと……うどんを食べに行くんですけど、そしたらお姉ちゃんが、下田くんも誘おうって」
「なるほど。特に断る理由もないですし、せっかくのお誘いなのでご一緒させてもらいますね」
「本当ですか!? よかった〜。あ、お姉ちゃん呼んできますので、下田くんはここで待っていてください!」
「分かりました」
走って戻っていく樹を見送る。運動に慣れていないはずなのに、走って戻っていくということは、行動力があるということなのだろうか。しかし、凛が少し話してみた印象では、引っ込み思案で行動力もあまり無さそうに受け取っている。
(やれば出来る子、ということなのだろうか)
姉の風は堂々としていたし、初対面でも気兼ねなく話せている。姉妹が同じになるとは考えないが、そんな姉を慕っているのだ。樹もそれに近づく可能性は考えられる。
「お待たせ〜」
「そんなに待ってませんよ」
「そう? それじゃ、『かめや』に行きましょうか!」
「かめや?」
聞き慣れない単語に首を傾げる。かめやということ、亀が売られているのだろうか。いや、それではうどんを食べに行くという話しと合わない。
「かめやっていう名前のうどん屋があるのよ。アタシ一押しの店よ!」
「なるほど。それは楽しみですね」
「本当にそう思ってるのかしら……」
「あはは……」
表情が変わらず、平坦に話す凛からは、感情面があまり読み取れない。自分を作り、個性を殺し、大赦の一員として過ごしてきた弊害だ。凛はその事に後悔しておらず、今から直そうとも思っていない。勇者を陰から監視するのだから、むしろ直してしまっては任務に支障が出るという判断だ。
(それはそれとして、多少不便ではあるか)
目立たないようにするには、周りに溶け込むのが一番だ。それはつまり、他の生徒たちのように振る舞う必要がある。要は、硬いままでは浮いてしまって目立つのだ。個性と言えばそれで済むのだが、目立つのも事実。
デメリットも考慮した上で、それでもやはり凛は直さないという結論に至った。今まで自分で培ったものを、そう簡単には壊さないということか。
「アタシが先導するから、後ろをついてきて。横に広がらないように一列で、飛び出しとかにも気をつけてね」
「分かりました」
学校を出てから自転車に跨ぐ。風を先頭に、樹、凛の順で進んでいく。入学式後であるため車の通りが多く、さらにお昼時となって一般人の姿もよく見る。安全第一で進み、しばらくしてから風一押しのうどん屋『かめや』に到着する。店の外観では広い印象がなかったが、中に入ってみると40人ほどは入れそうな広さがある。
「あら風ちゃんいらっしゃい」
「こんにちは、おばちゃん」
「樹ちゃんもいらっしゃい。それと入学式おめでとう」
「ありがとうございます」
店員とは顔見知りのようで、名前を覚えられているらしい。何度も来ていることが伺える。店員の目が二人から凛へと移り、少し驚いた表情になる。
「見かけない顔ね。ここに来るのは初めて?」
「そうですね。最近引っ越してこの町に来たので。下田凛です。犬吠埼さんと同じで、今日讃州中学に入学しました」
「あらあらそうなの。ようこそ凛くん、讃州へ。それと、凛くんも入学おめでとう」
「ありがとうございます」
丁寧に挨拶した凛の印象が良かったようで、店員は優しい表情で凛の入学も祝った。どうやら、この店員は人当たりがいい人のようだ。
「風せんぱーい! 席とっときましたー!」
「おっ、よくやった友奈! 混んでないけど」
友奈と呼ばれた赤毛の少女が手招きをし、そこに風と樹が近づいていく。友奈がいるテーブルには、長く美しい黒髪の少女も座っている。二人が並んで座り、その対面に椅子が三つ空いている。友奈の向かいに風が座り、その横に樹、端に凛が座った。
「風先輩、その子が朝一緒になった子ですか?」
「そうよ。しかも樹と同じクラス!」
「さらには一緒にお昼だなんて。さっそく学友に恵まれたね、樹ちゃん」
「ま、まだお友達になれたわけじゃ……」
「そうかなー? こうして一緒に外でご飯食べたら、それはもう友達だよ!」
「友奈は判定が広いわね〜」
「友奈ちゃんの魅力です」
四人の談笑が早速始まり、今日全員に初対面である凛は、そのやり取りに置いて行かれた。彼女たちのやり取りに混ざりたいわけでもないのだが、これではいる意味ないのでは、と対応に困る。そんな凛に素早く気づいたのは、笑顔が絶えない友奈だった。
「あ、ごめんね! 置いてけぼりになっちゃったよね!」
「いえ。気にせずに話していただいて結構ですよ。聞いているだけでも楽しいですから」
「それなら、一緒に話せたらもっと楽しいよね! 私の名前は結城友奈。この春から讃州中学2年生で、勇者部に入ってます!」
「勇者部……」
「勇者部って聞いても分からないよね。『人のためになることを勇んで実施する』それが勇者部だよ!」
「すごい部活ですね」
友奈は勇者部のことが大好きなようで、勇者部のことを楽しそうに紹介していた。さらに、凛の言葉で破顔させ、眩しいばかりの笑顔を咲かせる。すぐ隣で東郷が成仏しそうになっているが、凛はそれに気づかなかった。
『困ってる人を放っておけないだろ?』
彼女がいたら、きっとこの部活に入っていたのだろう。役目など関係なくとも。凛は内心でそう思っていた。勇者という単語。活動内容。トラブルメーカーという体質もあれど、人知れず行動し続けていた彼女。一度しか会ったことがないのに、その姿を連想させられる。
「──でね、勇者部は他にも」
「友奈それくらいで。部のことを話してくれるのは嬉しいんだけど、お昼まだだし、東郷の自己紹介もまだよ」
「あっ、そうでした! ごめんね東郷さん!」
「はっ! いいのよ友奈ちゃん」
「東郷……あんた今の今までトリップしてたの……」
姉妹の冷ややかな視線が黒髪の少女こと東郷に刺さり、凛と友奈からは疑問の眼差しが向けられる。それを東郷は、何もなかったように左手で髪を耳にかけ、凛を真っ直ぐ見つめる。
「友奈ちゃんと同じく新2年生の東郷美森です。私も勇者部に所属しています。それと、名前じゃなくて、名字で呼ばれることを希望しているから、あなたにもそうお願いしたいのだけど、いいかしら?」
「構いませんよ。私はいつも皆さんを名字で呼んでますから」
「ありがとう」
「それでは、私の自己紹介ですね。新1年生で、犬吠埼さんと同じクラスになった下田凛です。今日は皆さんのご厚意に甘えさせてもらい、ご飯をご一緒させてもらってます。よろしくお願いします」
「……んー!! 固いわ!!」
凛の自己紹介に風が叫んでツッコむ。東郷にとっては違和感なくむしろ好印象な自己紹介なのだが、風にとってはツッコみたくなる自己紹介だった。友奈は苦笑いを浮かべ、樹は教室での自己紹介を思い出していた。
自己紹介も終わり、うどんを注文してまた雑談へ。順番に料理が運ばれてからは、麺が伸びてはいけないということで、各々食事を始めた。食事中にも話題は尽きず、彼女たちの話題は次第に部活のものへと戻っていく。勇者部は依頼が届けばそれをやり遂げる部だ。どうやら、まだ残っている依頼があるようだ。
「猫の里親探しはねー、どうしても長丁場になるわね」
「同じ方に何度も引き取ってもらうわけにもいきませんからね」
「そうなのよね〜。凛何か案ない?」
「校内でのチラシやHPに載せているのであれば、後は直接のお願いしかないと思います。他に依頼が来たときに、その方にお願いしてみる、というのはどうでしょうか犬吠埼先輩」
「やっぱそうなるか〜」
風はまるっきり案がない状態で聞いたのではない。自分の頭にある案以外にもないか、僅かな可能性を求めて凛に聞いたのだ。しかし凛は基本に忠実な性格だ。飛躍的な発想は苦手であり、他の案を提示できるわけでもない。
「というか、アタシのことは風でいいわよ。友奈と東郷もそうしてるし、樹もいるから犬吠埼じゃややこしいでしょ」
「それは……………………いえ、このままにさせてください。下の名でお呼びするのは、躊躇われます」
「そう? ま、強制もしないし、先生たちには当然名字で呼ばれてるから、それでいいか」
「私もそれでいいと思います。慣れないことを無理にする必要はないかと」
「ありがとうございます」
風と樹の呼び方が、それぞれ「犬吠埼先輩」「犬吠埼さん」に決まった。凛は昔から相手を名字呼びで続けている。例外は身内であるかなたと園子のみ。凛はそれを特例だと解釈している。かなたは身内であるのだから言わずもがな。園子は、仕事の内容に関わり、立場のこともあって、そう呼ぶように言われた結果だ。
そうして処理しているのだが、凛には分からないことが一つあった。風のことを下の名前で呼んだほうが、ややこしくないのは確かだ。だからそうしようかと考えたのだが、何故かそれに頷けなかった。園子の姿が脳裏に過ぎり、それがしこりとなり、その結果名字呼びとしたのだ。なぜ園子の姿が脳裏に過ぎったのか、それが凛には分からなかった。
「それにしても、凛くんは優しいよね!」
「いきなりどうしたのですか?」
「だって、勇者部じゃないのに、真剣に考えてくれるんだもん」
「里親見つかってほしいですからね」
「ふふっ、その心があるなら、凛くんも勇者だ! かしら、友奈ちゃん」
「うん!」
『その心があれば君も勇者だ!』
(……今日はやけに思い出すな)
これまではなかったこと。銀のことを忘れたことはないが、その声が脳内で再生されることは無かった。それが今日という1日だけで二度も再生し、園子にいたってはその姿が思い起こされた。
「さてと、宴もたけなわってことで、お店を出ようかしらね。この後買い出しもあるし。樹、今日は入学祝いだから盛大に行くわよー!」
「お姉ちゃんうどん5杯食べてるのに!?」
「うどんは女子力上げるわよ〜?」
「意味分かんないよー」
二人のやり取りが締めとなり、会計を済ませて店を出る。凛と樹は入学祝いということで無料となり、それに申し訳なくなった凛は、また食べに来てくれたらいいという言葉で引き下がった。
「犬吠埼先輩って、妹さんを溺愛してますよね」
「そりゃあそうでしょ。樹は可愛いし妹だし、姉は下の子を愛するものなのよ」
「そういうものですか」
「そういうもんよ」
(来週末はかなた姉さんにも会いに行こう)
仕事としてではなく、プライベートとして姉に会いに行こう。そう思った凛だった。