朽ちぬ花   作:粗茶Returnees

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 前回言い忘れていました。上里家や園子など、周りの人間が暁葉と呼ぶ時は、地の文でも暁葉です。讃州の方にいる時は、凛になります。
 要は、上里暁葉として過ごせる時に「暁葉」。下田凛として過ごす時に「凛」となるのです。


4話

 

 身支度を整え、特にこれといった用意もなく暁葉はかなたと車に乗る。母親こと葵は既に出発していた。というのも、今日は大赦の上層部での会議があるからだ。大赦の中でも名家とされる者たちの話し合い。その内容は身内でも明かされていないが、葵が「大した話し合いでもないから暇」と子どもたちに言ってのけている。それは本音なのだろうが、忙しくしていた時期があることも暁葉とかなたは知っている。

 

(それが2年前……。園子様たちが勇者としてお役目を始める少し前から)

 

 神託が下れば襲撃のタイミングが分かる。そしてかなたは巫女だ。大赦にいる間に、巫女たちに神託が下った。かなたもそれを受けた。その時から大赦は平常とは異なる空気に変わった。最大限のバックアップとして何ができるのか。当時勇者たちの教師として最も近い場所にいた人物を介して支援を行った。

 ただ、大赦は徹底した秘密主義だ。暁葉はそれを身に沁みて実感しており、その経緯も知っていることから納得している。しかし、母親である葵はあまりその事に良い顔をしていない。必要なことだと理解はしていても、度が過ぎていると感じているのだ。

 

「散華の機能は勇者様に話しておくべき」

 

 と夫に愚痴を溢したこともある。さらに、20回の散華をした園子に謝罪し、乃木家にも赴いて謝罪したことも。今では水面下で着々と動いている程に、超秘密主義な大赦に嫌気が差しているらしい。

 母親がそうしていることを、暁葉とかなたは知らない。自主性を重んじる教育方針もあり、巻き込んでは身動きに制限を課させてしまうという考えで、知らされていないのである。

 

「それじゃあ暁葉。2週間ぶりの再会だからって、粗相を犯さないように」

「かなた姉さんは、私がそのような事をすると本当に思っているのですか?」

「まさか。念には念を入れるってだけよ」

「そうですか」

 

 軽やかな足取りで車から降りたかなたを見送り、暁葉も大赦の仮面を付けてから降りる。その時に僅かに感じた。自分の内側で何かが固定される感覚。それと同時に思い出す。自分が大赦の1歯車になると決めた時のことを。自分をどう低く評価しようと、上里家の長男であることに変わりはない。

 その煩わしさから逃げるように、暁葉は自分という個性を消すことにした。それに都合が良かったのが、大赦の仮面である。全員が同じ仮面を付けるのだ。個性を殺し、1歯車になりたかった暁葉には願ってもないアイテム。

 自己暗示にも等しいそれは、今になっても機能する。暁葉は自分の内側で感じたものに気づきつつ、それについて考えない。黙々と真っ直ぐ園子の部屋へと歩いていった。

 

「失礼します。園子様」

 

 部屋へと入り、園子がいるベッドに近づいたところで、閉じられていた園子の左目がゆっくりと開かれた。眠っていたわけではないのだろうが、何もすることがない時はこうして瞳を閉じているようだ。

 

「おかえり、あっきー」

「ここは仕事先なので、ただいまと言うのもおかしいと思うのですが」

「え〜、私とあっきーの仲なのに〜」

「何を仰っているか分かりません」

 

 言葉を淡々と返されるが、園子は気にせずに微笑んでいた。暁葉がまたここに顔を出しに来たこと、そして変わらず元気そうにしていることが嬉しかったから。暁葉は変に固くする時があるため、食事も簡素なものになっていないか。生活を切り詰めていないか気にかけていたのだ。それが杞憂に終わった。仮面を付け、制服で体を隠しているが、暁葉の声が変わらないことが、その証となるのだ。

 

「ご飯はちゃんと食べてるみたいだね?」

「生活に必要なものですから。3食欠かさずに取っています」

「栄養は?」

「朝は簡素なものですが、昼は給食がありますし、夜も考えて作っています」

「お〜、料理できるんだね〜」

「まだ簡単なものだけですよ」

 

 感心する園子に首を振って否定するが、園子の輝いた瞳は戻らない。その理由を暁葉は知らない。それもそのはず。園子と一年間会話をしたが、園子は自分のことをあまり語っていないのだから。暁葉が知っていることは、年上であること、親友が二人いて、三人で勇者として御役目に励んだこと。その結果今の状態にあること。小説を書くことを趣味としていること。その程度なのだ。

 ないにも等しい情報を精査し、園子の言動と今の様子を分析して憶測を立てる。少し意外ではあるが、園子の出で立ちを考えれば不思議なことでもない。

 

「園子様は、お料理ができないのですか?」

「あははー、バレちゃった〜」

 

 明るい様子から一転、僅かな時間だけ暗くなる。

 

「焼きそばの作り方も、教わってないからね」

「焼きそば、ですか?」

 

 こくりと小さく頷く。それはかつて交わされた約束。料理ができた親友に教わろうとしていたこと。そこまでの事情は暁葉が知ることでもないが、特別な思いが込められていることは、その声色から分かる。

 何事もなかったようにすぐに元の様子に戻るのだが、暁葉がそれに合わせなかった。暁葉の仕事は話し相手であり、自ら課していることは園子に笑っていてもらうことなのだから。

 

「焼きそばの作り方を勉強しておきます」

「え?」

「園子様が動けるようになられましたら、お教えできるように。烏滸がましいことではありますが」

「ううん。そんなことないよ……。ありがとう、あっきー。私に料理教えてね?」

「はい。……ん? 料理?」

 

 園子があえて言葉を変えたことに遅れて気づく。その意図が掴めないでいると、園子は目を細めて楽しんでいた。

 

「せっかくなんだし、焼きそば以外にも教えてほしいんよ」

「それでしたら、料理人に聞いたほうがいいのでは?」

「私はあっきーに教えてほしい。駄目?」

「駄目というわけでは……」

「なら決定だね〜」

 

 綺麗に嵌められた。暁葉はそう思ったが、第三者からすれば暁葉の失態というだけの話だ。一つ一つの言葉に耳を傾けていれば、このような嵌められ方はしていない。そして、一年前の暁葉であってもこうはならなかった。これを退化と呼ぶのか、それとも変化と呼ぶのか。それは人によって違うだろう。

 園子のために何かができる。少しばかり出てしまった欲がこの結末を招いた。たしかに嵌められたわけだが、暁葉は嫌な気はしなかった。むしろ少しばかり心が弾んでもいた。

 

「あっきーの得意料理は何?」

「得意料理と呼べるものがあるほど、まだ料理をしていませんよ」

「それもそっか〜。うーん、あっきーはレシピ通りにやるタイプだよね? アレンジとか全然加えなさそう」

「そうですね。完璧にできるようになれば、アレンジは考えるかと」

「真面目〜。子どもができたら門限付けるタイプだー」

 

 さすがにそこまで固くはしない、とは言えなかった。時間を大切に考える暁葉だ。実際に子供ができた際、安全面も考慮して門限を設定する未来の自分が、たしかに想像できた。それは想像できたのだが、想像できないものが一つある。

 

「私に結婚相手が見つかるとは思えないのですが。政略結婚でない限り」

「えー、そうかな〜? あっきーには素敵なお嫁さんが見つかると思うよ。お姉さん以外で」

「何故そこでかなた姉さんが出てくるのですか……」

 

 僅かに走った胸の痛み。それに伴って息苦しさも出てくるのだが、園子はすぐにそれを抑え込んだ。暁葉に気づかれないように表情には出さず、自分の中で生まれようとしている何か(・・)を抑え込む。

 

(散華とは関係ないはずだけど……)

 

 自分の身に起きている異常とも呼べる状態。それは散華だけのはずであり、それ以外はあり得ない。そして今の痛みも散華とは関係ないはずだ。そこまでは分析できるも、その後が続かない。今は痛みが消えていることから、すぐに解明しないといけないことでもないと結論付ける。

 暁葉にこれを話すと、学校を休んでまで原因解明に時間を費やすだろう。自惚れとも言えるその思考に、園子自身は気づいていない。自然と暁葉はそうしてくれると考え、何一つ違和感を抱かない。

 

「それを言うのであれば、園子様はどういう奥方になられるのですか?」

「私?」

 

 裏で進めていた思考を止める。暁葉に投げかけられた質問に、すぐに答えることができないからだ。そもそもそのような事を考えたことがない。銀の将来の夢を聞いても、銀の将来像のみ考えていた。須美の将来像の話があった時も、自分のことは考えなかった。

 それを今聞かれたのだ。一対一の状況で。

 

「うーん、どうなんだろう……。結婚しても今と変わらない気がするかな〜」

「たしかに、ずっと落ち着いている園子様は想像できませんね。旦那様が苦労しそうです。それなりに対応力が高い方じゃないと厳しそうです」

「むぅ、そこまで言われると思うとこがあるんよ」

「申し訳ございません」

 

 わざと眉間に皺を寄せた園子に、暁葉はすぐさま謝罪した。頭を下げている暁葉に園子の視線がジーっと刺さる。それもすぐに解かれ、園子はコロッと雰囲気を和らげて暁葉に頭を上げさせる。

 

「もし……、あっきーはもし相手を選べるなら、どういう人と結婚したい?」

 

 聞こうとしたことを取り下げ、違う話題を口にする。聞いてみたい気持ちもあったが、それ以上に知りたくないことだと思ったから。知ってしまいたくない話、それをわざわざ口にする必要もないのだ。

 園子のそんな心境を知ることなく、暁葉は真剣に考えた。園子同様、いや園子以上に暁葉は自分の将来像を考えたことがなかったのだから。

 

「……分かりません。家族を大切にする人でしょうか」

「あはは、幅広いね〜」

「申し訳ありません。異性をそういう考えで意識したことすらないので」

 

 それは園子も予想できていたことだ。かなたから聞いている話、暁葉との会話を元に考えられる。そして本当にそうなった事に苦笑した。暁葉が意識する対象の少なさ、分かりやすさ。それらは残念なところでもあり、愛嬌でもある。どう受け取るかは相手次第だが、少なくとも園子は愛嬌だと思っている。

 

「あっきーはこれから意識するようになるのかな?」

「どうしてですか?」

「だって讃州中学にいる間は、大赦の人間として動くわけでもないでしょ? ほとんど一般の人と同じように過ごすわけだし。そうなると、青春するのかな〜って」

「なるほど。私には何とも言い難いことですが、おそらくはそうならないかと」

「なんで?」

 

 可能性の話をしているわけだが、暁葉は讃州中学で色恋沙汰とは無縁の生活をすると考えているらしい。その言葉こそ断定ではないのだが、何やら予感しているようで力強い口調になっていた。

 

「私が意識するような相手がいないからです」

 

 そもそも暁葉がその手の意識を持つこともない。中学生活をそれなりに満喫するだろうが、讃州中学に入学した経緯が経緯だ。暁葉の性格上、お役目の面が大きくなる。そんな暁葉が恋愛するようになるとするならば、それは誰かが暁葉にそういう意識を持たせるようにしなければいけない。そんなことが可能なのは、暁葉自身も分かっていない暁葉のタイプに合った相手のみ。

 だが、暁葉はそんな相手は讃州中学にいないと既に踏んでいる。

 

「同学年にいなくても、上級生とかにいるかもよ?」

「上級生にもいませんよ。部活動の一環で、校内全クラスの人たちを見ましたし」

「……そうなんだ」

 

 『意識して見たわけじゃないでしょ』とは言わなかった。そのツッコミは的確で、もしこれを言えば、暁葉は意識して他の生徒を見るようになるかもしれない。そうなれば、暁葉にも気になる人物ができる可能性もある。

 それがなんとなく嫌だった。一度全校生徒を見て、恋愛対象になるような人はいないと暁葉が決めたのだ。掘り返す必要もない。

 可能性が存在しないということに無意識で安堵し、園子は暁葉の部活について聞くことにした。

 

「あっきーが入った部活って、どんな部活なの?」

「新聞部があったので、そこに入りました。今後の部活動を円滑にするために、ほぼ全ての全校生徒と顔見知りになる必要がある、とのことだったので、その時に上級生も含めて挨拶に回ったのです」

「なるほど〜。ね、お話してくれる?」

「園子様のお望みとあらば」

 

 いつぞやの時のように、暁葉は語り部となって園子に部活動の話を始めた。

  

 




 
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