朽ちぬ花   作:粗茶Returnees

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6話

 

 学校生活にも慣れてくると、初めは硬かったクラスメイトたちも各々気楽に教室で過ごすようになる。よく一緒にいるグループもでき始め、凛にも男子の中で一緒に行動する面子が固まった。入学式の日に話すようになった仲の廣坂と、既にある意味有名人となった阿田和だ。よく女子たちに「なんで阿田和くんと一緒にいるの?」と純粋な疑問で聞かれるのだが、その答えを凛は持ち合わせていない。気づいたら一緒にいるのだから。

 凛は誰と行動しようと構わない。常に一定の距離を保っているからだ。それ故に、廣坂が阿田和を拒まない限り凛も共に行動する。ちなみに、凛が距離を保てない相手は、身内である上里家と園子、そして距離感を無視する新聞部の先輩こと結実だけ。

 

「学校の制服って凄いですよね」

「え、いきなりどうした」

「とうとう下田も女子の制服の魅力に気づいたか!」

「それはないですけど」

 

 阿田和の声にクラス中がギョッとするも、淡白に否定する凛の言葉で落ち着きを得る。反対に阿田和は机に頭を打つ勢いで撃沈したが、廣坂も凛も気にしない。

 

「長袖でもある程度暑さを感じないで済むのに、冬の寒さにも対応できる。さすがに女子だと真冬はコートが必要ですけど、私達男子は学ランでも凌げます」

「言われてみればたしかに。どういう構造をしてるんだろうな」

「下はワンピースタイプだ。上からあのブレザーもどきを着るようになっている」

「女子の制服の話はしてねーよ!」

 

 制服というワードにのみ反応した阿田和に廣坂がツッコミを入れる。阿田和は最初のインパクトこそ強かったのだが、自分の考えをオープンに人に伝えているだけだ。発言そのものが酷いことは案外稀なのである。そのためか、男子の間で阿田和を避ける人間はそうそういない。せいぜい、人として合わないという場合のみだ。

 

「それより俺の話を聞いてほしい」

「一応聞いてやろうか阿田和くんよ」

「下世話なものでなければ」

「結城先輩の連絡先を入手できない!」

 

 凛と廣坂は顔を見合わせて首を傾げた。どこの誰とも分からない男子にいきなり連絡先を聞かれても、正直に答えないのは自然なことではないのかと。そして僅かな可能性として、友奈が教えないのも意外だと。聞かれたらパッと答えてしまいそうな印象が、普段の様子から伺えるのだ。

 だが、それはあくまで離れてみていたら、ということなのだろう。さすがにしっかりすべき時にはしっかりしている。

 

「俺も真っ直ぐ突っ込めばいいとは思ってないさ。だから、まずは顔と名前を覚えてもらおうと思ったわけよ」 

「阿田和にしてはまともな考えだな」

「それなのに! 尽く東郷先輩の妨害が入るんだ! ただお話したいのに!」

「下心が見えてしまっているからでは?」

「勘違いしてもらっては困る。たしかに俺は結城先輩とお近づきになりたい。しかしそれは恋人になりたいとかじゃないんだ。友達になりたいんだ!」

「なん……だと……!」

 

 凛と廣坂だけでなく、聞き耳を立てていたクラスメイトたちにも戦慄が走る。まさか阿田和が下心なしに友奈と仲良くなりたがっていたとは、誰一人として思っていなかったのだから。

 

「花はそこで咲き誇るから美しいのであって、そこに余計な要素が加わってしまっては価値が下がってしまうのだ! だから俺は、結城先輩とはあくまで、たまに遊べるくらいの関係がいい! そうなりたい!」

「阿田和さんって予想以上にまともなんですね」

「下田は案外酷くない!?」

「そうですか?」

「無自覚! 恐ろしい子!」

 

 休み時間も終わり、教員が教室に入ってくると立ち歩いてた生徒も自分の席に戻る。凛も自分の席へと戻り、教科書とノートを机の上に出す。予習を済ませており、今日の授業内容も事前に頭に入れているが、だからといって授業に手を抜くことはしない。もしかすると、自分の考えが間違っているかもしれないからだ。そうなることは早々ないのだが、凛は常に僅かな可能性を捨てない。

 それも大赦で過ごした影響だ。凛が大赦内で、勇者に関わる事に触れたことはないのだが、その担当の人間を観察していれば僅かに理解できる。どれだけ切羽詰まりながら全力を注いでいるのかを。

 

「ではこの点についてですが、犬吠埼さん分かりますか?」

「は、はい……!?」

 

 チラッと横を見ると、当てられてテンパる樹が見えるのだが、凛はそこではなく樹のノートに視線を送っていた。授業内容が纏められているが、空いているスペースには別のことが書かれている。

 

・喫茶店

・占い

・紙芝居

 

 箇条書きで三つ書かれているが、それの共通点が凛には分からなかった。紙芝居は勇者部の活動に関わるのかもしれないが、残り二つは当てはまりそうもない。趣味の可能性もあるが、わざわざ授業中に趣味を箇条書きで纏める理由が思い当たらない。

 そして、今の様子からして、その箇条書きを始めたあたりで樹が当てられたのだろう。そこまで把握した凛は、先生が聞いていることとそれに対するヒントをノートに大きく書き、樹に合図を送って見させる。

 

「あっ……」

 

 どうやらそれで分かったらしく、樹は先生の質問に答えることができた。樹が小声で凛にお礼を言い、凛がそれに返そうとした時だった。

 

〜〜♪ 〜〜♪

 

「誰の携帯ですか? 授業中は鳴らないようにしていてくださいよ」

「す、すみません!」

 

 先生がやんわりと注意し、樹が慌てて謝りながらスマホを鞄から取り出す。手早くマナーモードにしたのだが、音が鳴り止むまでタイムラグが発生した。しかし樹はその点に疑問を持つ余裕はなかった。

 

「え……?」

 

 スマホに見たこともない画面が表示されていたからだ。

 

『樹海化警報』

 

 赤く表示されたその文字の意味を樹は知らない。そしてようやく周りに起きている異変に気づいた。

 

 無音の教室

 不自然に動きを止める教師

 瞬き一つせず固まるクラスメイト

 

「なに……これ……。なんで……?」

 

 不気味な現象が起きた。自分だけが動ける。震える足で教室を出る。隣のクラスも同じだった。違いがあるとすれば、隣のクラスでは全員が動きを止めていること。

 

「お姉ちゃん……」

 

 いつも頼りになる姉はどうなのだろうか。他の人と同じなのか。それとも自分と同じで動けるのか。無事なのかも分からず、不安で潰されそうになる。

 

「樹!」

「っ! お姉ちゃん! これ、どうなってるの? みんな動かなくなっちゃって!」

「樹……よく聞いて。アタシたちが、当たり(・・・)だった」

 

 息を切らしながら話す風の言葉が理解できない。事情を説明していることは分かる。しかし樹には必要な知識が足りていなかった。風も動揺しているようで、詳細に話すことができない。

 水平線の先で光が発生した。幻想的とすら思わせるその光は、世界を塗りつぶしながら陸へ、樹たちがいる校舎へと迫り、その身を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ!? 犬吠埼さんは!?」

「消え……た……?」

 

 大混乱が生じる教室の中で、凛は冷静に状況把握に努めていた。樹のスマホから発生した着信音。それは樹すら知らない音だったようで、画面を見たときにその戸惑いを顕にしていた。表情が変わった瞬間に樹は姿を消したわけだが、凛はこの現象を知っている。その知識も合わせて導き出された結論は一つ。

 

(バーテックスの襲撃があった。そうなると、あの音が樹海化警報になるわけか)

 

 パズルのピースを当て嵌めるように状況を把握し、先生がこの場をどう収めるのか傍観する。

 バーテックスの襲撃が起きた場合、神樹が結界を発生させる。勇者以外の"時"が止まり、勇者たちは神樹が発生させた結界「樹海」にてバーテックスを迎え撃つ。そして戦いが終われば、元いた場所に近い祠へと戻される。それと同時に止められていた時間も動き出すため、勇者以外の人間は、あたかも勇者が消えたように見えるのだ。

 といった具体的な説明をするわけにもいかないのだが、先生は最小限の説明で生徒たちを静かにさせた。

 

「犬吠埼さんは、大赦のお役目に選ばれました。それは神樹様に選ばれたのと同義のお役目です。今後も、今回のように授業中にいなくなってしまうこともあるでしょう。ですが慌てないでください。どうか犬吠埼さんを応援してあげてください。いいですね?」

「「はい!」」

 

 生徒たちは利口だ。そして大赦という存在の大きさ、神樹という存在の偉大さも知っている。今の説明だけで十分なのだ。それだけ大変な役割を担ったのだと理解できる。

 

「それと、詮索はしないように。大赦に目をつけられてしまいますからね」

 

 茶目っ気を出して生徒全員に釘を刺した先生だが、それは全くと言っていいほど洒落にならない。総理大臣を凌ぐ発言力を持っているのが大赦だ。その組織に目をつけられるなど生きた心地がしない。

 生徒たちが引き攣った笑みを浮かべ、反対に先生はニコニコと楽しげだ。先生はきっとドSなのだろう。しかし教員としての仕事は全うするようで、すぐに授業を再開させた。

 

「し、失礼しまーす……」

 

 授業が再開してしばらくすると、いなくなっていた樹が教室に戻ってくる。授業もあと10分で終わるのだが、授業が終わるのを待たずに戻ってきたらしい。真面目な性格もあるが、勉強に不安を感じているのも密かな理由だ。

 樹は自分の席へと戻り、その途中で口々に労いの言葉をかけてもらう。状況がつかめず苦笑で返すしかない。引っ込み思案な性格なのは周知の事実であるため、それに異を唱える人は一人もいなかった。

 

「えっと……」

 

 授業がどれほど進んだのか、樹が把握できないのも無理はない。樹海化が発生する前に黒板に書かれていた内容と、今黒板に書かれている内容は違うのだ。ノートに授業内容を書くにしても、どうすればいいのか分からない。途中の内容を後で友達に見させてもらうとして、どれだけのスペースを空ければいいのか。

 

「犬吠埼さん」

「?」

「どうぞ」

「え……?」

 

 小声で名前を呼ばれ、隣を見ると凛がノートを樹に差し出していた。ノートを見せてくれる、ということは分かるが、今はまだ授業中だ。ありがたい申し出だが、それでは凛がノートを取ることができなくなってしまう。

 

「予習しているので大丈夫です」

 

 ノートは開かれた状態で差し出されており、そこに目を通してみると、黒板に書かれている内容だけでなく、これから話される内容も書かれていた。本当に予習をしているようだ。

 

「ありがとう。すぐに返すね」

「ゆっくりでいいですよ」

 

 凛は視線を前に戻し、樹は凛のノートを写す作業に入った。幸いにも、樹が教室を離れる前の内容から、そこまで進んでいない。時が止まっていたのだから、それは当然なのだが、戦いを終えてから教室に戻ってくるまでに少し時間を要した。何よりも、教室に戻ってみたら黒板に書かれている内容が変わっている、ともなれば焦るのも無理からぬこと。

 内心の焦りも無くなり、樹は安堵のため息をついて自分のノートに書き写していく。凛が内容を分かりやすく纏めているのもあり、聞けなかった授業内容も頭に入ってくる。テストが近づいたら、分からないところを相談するのもいいかもしれない。そう思ったときにチャイムが鳴り、授業が終わってしまった。

 

「明日の授業までに返してもらえれば大丈夫ですので、焦らなくていいですよ」

「ごめんね……下田くん」

「お気になさらず。授業内容は理解してますので」

 

 凛のノートは一旦樹が預かることとなった。その後の授業は恙無く終わり、HRも終わったところで凛は担任に声をかけられる。話が大赦関連、つまりは勇者関連ということもあり、教室から階段の踊り場へと移動する。最上階は副教科の教室が多く、他の生徒も少ない。踊り場にいれば、他の生徒に気をつけながら話ができる。

 

「さて、分かっているとは思うが、勇者に関係のあることだ」

「はい」

「彼女たちのお役目が始まったわけだが、下田はこれからどうするつもりだ? こちらはサポートが仕事だと聞いているが」

「今までと変わりませんよ。サポートとは少し違いますし、それは今後派遣されるもう一人の勇者様が行うでしょうから」

 

 大赦で勇者となるべく訓練を受けている少女の一人。誰が選ばれるのか、あるいはもう選ばれたのか。それは凛の知るところではないがともかく、大赦から直々に一人の勇者が派遣される。今の勇者に足りないものは、その者が補うだろう。

 

「私の仕事は、勇者様から離れたところで見守ること。何か起こさないか監視すること。それ以上でも以下でもないです。そしてそれは、これまでと同じ学校生活を送らせてもらえれば問題ありません」

「なるほど……。それならばこちらもそれを踏まえて振る舞おう。話はそれだけだ。悪いな、時間を取って」

「いえ。必要な確認ですから」

 

 凛は教室へと戻り、鞄に荷物を入れてから再度教室を出る。向かうのは当然部室。そちらへと向かいつつ、凛は園子との会話を思い返していた。予想で話していたことが、正しかったのだと今日判明したのだ。

 

『それで、あっきーは勇者の話がしたいみたいだね?』

『……なぜそうだと思われたのですか?』

『なんとなくかな』

 

 直感で見破った。天性の才能は、直感をも鋭くするらしい。見破られた以上隠す必要もなく、暁葉は予想を口にした。

 

『勇者たちは、お役目のことを知らないかもしれません。おそらくは、犬吠埼先輩が意図的に隠してるのかと』

『……そっか。それも一つの選択だもんね。わっしーも記憶が無いわけだし。それで? あっきーはどうしたいの?』

『どう……とは……?』

『ふふっ、私にこの話をしたということは、何か悩んでるからじゃないの?』

 

 隠していたわけでもない。そもそも暁葉は、自分が悩んでいたとすら思っていない。園子の親友が、記憶が無い状態とはいえ、再度同じお役目を背負うかもしれない。それを園子に伝えてもいいのか、という悩みはあったわけだが。 

 しかして園子はその事に触れなかった。どうしようもないから、というのもあるだろうが、そこには親友への信頼もあるのかもしれない。暁葉にそれを推し量ることはできない。そうだというのに、園子は暁葉自身が気づけていない心中を気にかけていた。暁葉はそれが分からず、園子の言葉を待った。

 

『うーん、これは今回だけだよ? 私はこういうの(命令するの)好きじゃないし』

 

 その前置きに頷く。頷くしかなかった。

 

『あっきーは、勇者たちの味方でいてあげてね。距離を詰める必要はないよ。予定通り遠くからでいい。ただ、一般人としてでも気付ける何か(・・)があったら、支えてあげて』

『分かりました』

 

 園子からの頼み。それはたしかに暁葉の原動力となるが、それとは別に暁葉は視界がクリアになった気がした。今の頼みが、暁葉自身でも気づけなかった悩みを解決したから。

 それを改めて胸に刻み、暁葉は凛として学校生活を送るのだった。

 

 

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